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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第二章 シュナの大火
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祭りの中に

 聖週間と呼ばれる聖誕祭までの五日間は、都市全体がお祭りのように賑わう。


 みんながみんな日常の場所から少し離れた場所にいるような、つまるところ浮かれている感じがして、嫌でも楽しい気分になる。空気中に喜びが溢れているのを、肌で感じることができる。この雰囲気が私は大好きだった。


「ほら、シュナ! 行くよ!」


 露店の焼き菓子を見つめていた私の腕を、アテナが引っ張る。いつもは踏ん張れるけれど、予想外の強い力だった。それほど焦っているのだろう。華奢な腕のどこにそんな力がと驚いていると、アテナも同じだったようで、


「なんかいつもより軽いね」と、振り返って私を見た。


「そうかな」


「シュナ、こんなに小ちゃかったっけ?」


「酷いことを言ってるみたい」


「ごめんごめん」


 今日は聖週間二日目。大聖堂では花冠の儀が行われ、誰もが冠を作って頭に載せる。


 冠は、私とアテナがしたように、人と渡し合う習わしもある。人の手に渡った冠には贈った者と貰った者の幸せが付与されるそうで、したがって人の手を渡るほどに強いお守りとなる。片想いの相手と交換することができれば恋愛成就するともいわれており、若い人たちにとっては本来の意味よりもそっちの方が重要なようだった。


 アテナときたら出会った男ほぼ全てから冠を手渡されていた。彼女はひたすらすれ違う人へと手渡していたが、すぐに追いつかなくなった。困った彼女はどうするのか? いらない冠の処理の仕方は簡単だ。水路にぽいっと。数多の冠が水路に浮かび、湖へと向けて流れていた。その先には木で作られた巨大な聖人様がいる。


 アテナほどではないが、私もいくつか冠をもらえた。恐らくは私の悪評を知らない観光客なのだろう。冠を人に渡せるなんて久しぶりだから、ちょっと嬉しい。いや。とっても嬉しい。無知なる美男を狙いすまして手渡し、手持ちが無くなると湖で拾った冠まで渡した。アテナが抱えているのをもらおうとさえ思ったが、彼女の呆れた表情を見ては思いとどまるしかない。アテナは冠を水路に流し、無事に廃棄――いや、聖人様への供物にした。


 私とアテナは浮島から浮島へと進み、都市の奥を目指す。


 しばらく行くと、真横の水路を鉾舟だしが通り過ぎる。飾られた舟の上に、聖人様の像が乗っている。ギルドごとに作られたそのような数多くの舟が水路を巡っていた。


 ああ、いい。

 なんと素敵な雰囲気だろう。


 大型の鉾舟が通るため、連結橋が上がる。私たちは立ち止まって舟が通り過ぎるのを待った。


「そういや、街が動いてるのに鉾舟は通ってもいいんだね」


「事前に決められた時間に決められた路を通っているから。この聖地では全てが計画通りなの」


 そう言うアテナの目には、詰るようなところがあった。


「でもさ、どうして今日も島を動かしてんの? 一昨日のは劇場を動かすためだから分かるけど、今日は何? 美味しい飯屋でも大聖堂に近づけてんの?」


 怒られたくないので、話題を変えた。


「商工会議所を移動しているの。殿下がご視察なさるのよ」


 ギルドの偉い奴らが集まる場所だっけ? そんなところを見るなんて……。


「よっぽど暇なんだね~」


「大事なことよ。聖地の実情を王都にお伝えしてくださるんだから」


「でも、王女様ってまだ子供なんでしょ? そんなに気を使ってさ、馬鹿みたい」


「滑稽で結構。私たちは精一杯真心のこもったおもてなしをして、殿下にはご満足してお帰りになってもらわなくてはいけないの」


「なんで? 王様に悪口言われたら困るから?」


「平たく言えばね」


 さすがはウィンストン家の娘。こんなに小さいのに、既にこの都市の未来を見ているんだ。


 聖地シュアンは聖人領だから、大聖堂が一番偉い。でも、実際に都市の財政を握っているのはウィンストン家だってみんな言っている。ご当主様のアテナのお母さんは市長みたいなもので、ギルドにも強い影響力を持っている。アテナを前にした親方たちが小っちゃくなっていたのはそういう理由だ。


 アテナは声を潜め、私の耳元で囁いた。「でもね、こういう話もあるの」


「なになに?」


「都市の区画ってね……それ自体が魔法陣の役割をしているの。水路に流れを作ったり、美観を維持したり、都市には様々な魔法がかかっているでしょう? 大聖堂は区画を変えることで魔法陣を組み替えて、違う魔法を発動しているのよ」


「という噂」と、私は言う。


「そう、噂」、コクリとアテナは肯く。


「じゃあ、でたらめってことでしょ?」


「多分ね」


 クスクスと笑う。


 その類の話は外画でも耳にする。都市の区画があまりにも整然としているから、そういう話が出るのだろう。でも、魔法に詳しい人なんて誰もいないから、知りようもない。


 三つの鉾舟が無事に通り過ぎ、橋が下り始める。


「そうだ、シュナ聞いた? あの話……」


 私の手を握り、アテナは言った。


「うん。オブライエン家の子が行方不明になっちゃったんでしょ。ワーミーにさらわれたかもって。貴族だから狙われたんだよ。アテナも気をつけなよ」


「それもだけど……私が言っているのはコーデリア様の話よ」


「あー……。もちろん聞いたよぉ。使用人の子かなんかを虐めてたんでしょぅ? それを王女様に見られちゃったとか。何かの間違いだと思うけどぉ」


「当たり前でしょ! コーデリア様がそんなことするわけがないわ! きっとあの人の知らないところで酷いことが行われていたんだわ。それを殿下に勘違いされてしまって……」


「でもさぁ、騒ぎが大きくなっちゃったじゃない? 王女様も使用人の味方なんでしょう? コーデリア様はどうなっちゃうの? もう巫女じゃなくなっちゃう?」


「お母様の話では、巫女を変わることはないけれど、これまでほど強い権限は持てないだろうって。ジュノー姉様への交代が早まることになるでしょうね」


「ふぅーん。妹がいなくなって心配だろうに。ジュノーさんも大変だねぇ」


 私はアテナの綺麗な髪をいじりながら、独り言のようにつぶやく。「でもさ、コーデリア様に自由な時間が増えるなら、また劇に出てほしいよね」


「そうねぇ」


 私とアテナは同時に虚空を見上げ、在りし日に想いを馳せた。


 聖地の巫女、コーデリア様。

 彼女は私たち二人にとってのヒロインだった。

 私たちは観た。

 コーデリア様の演じたミラを。


 魂が揺さぶられるとはあのようなことを言うのだろうと思う。足のつま先から脳みその奥まで爽快が一気に駆け抜け、がくがくと身体が震えた。聖女ミラが本当によみがえったかのようだった。


 私とアテナはすぐに劇団に入った。


 平民・お馬鹿・華がないの最強三点セットを兼ね備えた私が入るには厳しい試験に合格しなければならなかったが、拍子抜けするほど難なく入団することができた。アテナが裏から手を回してくれたであろうことは想像に難くない。ウィンストン家とは聖地においてはそれほどの影響力を持っているのだ。


 初めから演者として認められたアテナに対し、私は雑用からだった。その後、衣装や美術とたらい回しにされたあげく、たまたま稽古で代役をしたところ、度胸と声の大きさでみんなをびっくりさせ、どさくさで役をもらえた。


 乞食の少女という木っ端みたいな役だった。台詞も数行だけで、いてもいなくても誰も気にしないような。


 それでも。演じるということの楽しさを私は初めて知った。泳ぐことも忘れ、演技の練習に没頭した。その次はもう少しまともな役をもらえ、出番も増えた。


 生まれて初めて、人に褒めてもらえた。


 自分とは生まれも育ちも物の考え方も全く異なる人間になり切ること。

 壮大な世界の中の登場人物になること。

 あらゆる物を取り込んで、小さな私がどんどんと大きくなっていくようで……。


 生まれてこの方、あんなに楽しいと思ったことはない。


 私とアテナは夢中で劇に興じた。あの日のコーデリア様のような素晴らしいミラを演じられるように……。市民が見守る劇場で、その中心にいられるように……。


 時が経ち、今年、アテナは見事にミラの役を獲得した。


 一方の私は劇団をやめ、死んだ魚を売る日々を送っている。


 めでたし、めでたし。


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