王女の新しい侍女
私たちは廊下を歩いていた。
前を歩いている殿下は、不機嫌な声で、
「儀式の途中で連れ出すから何かと思ったわ。あれじゃ誘拐よ」と、言った。
「アハハ、驚かせてごめんなさい。でも、さすが殿下。あれじゃあのおばさん、もう何も言えませんよ」
殿下はフンと鼻をならした。
「そもそもハネズヒソウとベニタエクサを間違えるような人間が赤の巫女にふさわしいわけないのよ。愚かなコーデリア・サーベンス。昔はもっとまともな人間だったはず。権力が人を変えてしまったのね」
「世俗ですねぇ。どこら辺が聖らかなんだか」
そして殿下は振り返り、じろりと私を見た。
「それで、あなた誰?」
「あ、わ、私は……」
「ああ、水路に落ちた子ね。転んで料理を落としてたのもあなた?」
「は、はいっ」
「ダリアちゃんです。とってもいい子なんですよ。アタシの従士にするんです」
「弟子をとれる身分のつもり?」と、呆れたように殿下は言った。
「ふふん。アタシはすぐに騎士になりますからね。それまでは……そうだ! 殿下の侍女にいかがです? うん、それがいい! 同い年くらいの友達が欲しいっていつも言ってたじゃないですか! 寂しーって!」
殿下の顔が髪の毛と同じくらい真っ赤に染まる。
「そ、そんなこと言ってない!」
それから私をちらりと見て、「考えとく!」と言った。
玄関フロアには使用人たちが列を作って殿下が来るのを待っていた。
彼らは目を丸くして私のことを見ていた。
今朝の女の子たちなどは半ば放心しているようだった。
ジャンヌ様はマダムの前で立ち止まる。
「このおばさんが教えてくれたんだよ。ダリアちゃんが連れていかれた場所のこと」
ジャンヌ様は私にだけ聞こえるように声を潜めて言った。
「あの……下ろしていただけますか……」
「ほいよ」
私はジャンヌ様の腕にすがって何とか立つと、マダムに頭を下げる。
「マダム・へブラ、今までお世話になりました」
「ふん。せいせいするね。皆様方にご迷惑おかけするんじゃないよ」
そう言うと、マダムは顔を背ける。
「はい」
そして、私はサーベンスの屋敷を出た。
外に出ると、サーベンス家の浮島が変化していた。屋敷浮島は孤立させられ、周囲を教戒師たちが乗った浮島が取り囲んでいた。真っ赤な集団に睨まれ、明らかな不穏な雰囲気だった。
しかし、縁に立った殿下が不満げな態度を露わにすると、すぐに島が接続された。
教戒師たちが集まってきたが、
「どきなさい」
殿下の一言ですぐに私たちから離れ、遠巻きにする。彼らを引き連れたまま、大聖堂へと帰った。
聖域に足を踏み入れた途端、ルシエル様が飛んできた。
「殿下、お怪我はございませんか? ジャンヌ、お前一体何のつもりなんだ本当に! 自分が何したか分かってるのか! 儀式が中断するなんて前代未聞だ! マスターも廊下でのびてたし! お前の仕業だろう!」
「こっちも一大事だったのよ」
「聖儀式以上に大事なことなんてあるのか?」
「あったのよ」と、殿下が言った。
ルシエル様は驚いた顔をしたが、ジャンヌ様の背中にいる私に気づいた。
「後で事情は聞かせてもらうぞ、ジャンヌ。殿下、すぐに大聖堂に戻りましょう」
「ええ」
大聖堂の内部では上も下も大騒ぎ。
普段は穏やかな人たちが、怒声を上げて走り回っていた。
殿下の姿を見て、彼らは心底安堵したようだった。
「ありゃー……」
今になって、ジャンヌ様は事の重大性を理解したようだった。
憤怒に顔を染めたシューレイヒム卿がこちらに向かって来るのが見える。
ジャンヌ様は私を下ろすと、肩に手を置き、身をかがめて視線を合わせた。
「さあ、ダリアちゃん。まずは鳥になったって想像しようか」
「え?」、私は小首を傾げる。
「高い高い空の上から今のアタシたちを見て。ほーら、不安なんか吹っ飛んじゃったでしょ?」
笑顔でそう言うジャンヌ様だったが、額から流れた大粒の汗が頬を伝う。
「わ、私は何をすれば……?」
ジャンヌ様は手を合わせ、私に懇願した。
「一緒にマスターに謝って! お願いッ! アタシ、破門されたくないよぉ!」
聖週間の初日、殿下の侍女となった私が行った最初の仕事は、ジャンヌ様と一緒にシューレイヒム卿に頭を下げることだった。
第一章 ダリアの花冠 完




