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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第五章 少女たちの聖誕祭
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不思議な都市と少女たち —ダリア②—

 中は天井や壁の一部が灯石でできているらしく、明るかった。狭い通路は三つに分かれていた。シュナは私たちを正面の通路に導く。少し進むと、部屋らしき場所が見えた。眼前に長方形に切り取った入り口があり、そしてロープのようなものが上から垂れ下がっていた。シュナはロープを掻き分け、中に入った。

 部屋の中は透明な床が敷かれていた。床の下には、前に装置で見たような球がびっしりと張り巡らされていた。天井からは視界が塞がれるほどたくさんのロープが垂れ下がっていた。よく見てみると、先端には魔鉱石の加工が施されており、陣が刻まれていた。部屋を横断する長い机の前で立ち止まると、シュナは上を指した。


「え!?」

「ギャッ!」

 私とルージュは思わず声を上げ、シュナに抱きついた。


 顔に覆いをした人が宙に浮いていた。天井から垂れるロープを背中に繋げ、吊られているのだ。ロープは結んでいるわけではなく、くっつけているようで、皮膚が盛り上がっているのが確認できた。


「何、この人? 何してるの?」

「え、趣味? 趣味なの?」

 パニックになる私たちの背中を、シュナが優しく叩いて落ち着かせてくれた。

 ウィンストンが机の上に立ち、間近で怪人を凝視していた。あの子も何してるの?


「何か聞き出せた?」


 シュナも机の上に乗り、ウィンストンの隣に立った。彼女は何も答えなかった。

 怪人は私たちの声が耳に入っていないかのように、ひたすら作業に没頭していた。何をしているのかと手元を見ると、どうやら新しいロープを製作中らしい。複数の色の紐を繋ぎ合わせ、太いロープにしている。


「体に刻まれている同様の陣と合わせることで結合しているのでしょう」


 男の背中を観察し、ウィンストンは言った。ロープの先端と背中に同一の魔法陣があり、それを合わせることで繋がっている……というわけだ。別にそんなことは気になっていなかったけれど。

 ウィンストンはおもむろに怪人の顔の覆いをはぎ取った。現れたのは、顔に真っ白の塗料を塗りたくったしわくちゃのおじいさんだった。あまりにも予想外の姿に、私とルージュはハッと息をのんだ。


「わっ、びっくり~」と、驚くほどびっくりを感じさせない口調でシュナは言った。


「きょ、教戒師みたい……。この塗料は何か意味があるのかな……」

 私はシュナに身を寄せる。思わず声が震えてしまう。「ほ、ほら……ここは死者の国でしょう? 亡者を模しているのかも……。す、水死体みたいに白いし……」


「怖いことを言わないで! き、きっとお洒落のつもりなのよ……!」

 ルージュは不憫なものを見るような目をして言った。「独学でお化粧の勉強をしたに違いないわ……。で、でも、こんな湖の下に籠っているから、正しい方法なんて分からなくて……。笑わないであげましょう……。ちょ、ちょっと変わった趣味もお持ちのようだし……」


「真面目な顔で馬鹿みたいなこと言わないで」

 私がそう言うと、ルージュは「はあ!?」と声を上げた。


 おじいさんは何を聞いても答えてくれなかった。これ以上は時間の無駄だと判断したのか、ウィンストンは部屋を出て行ってしまった。せっかく何かが分かるかと期待したのに……。私はちょっとだけ恨みを込めておじいさんを見る。すると彼は一瞬作業を止め、私を見た。びっくりして思わず瞬きすると、目を開けた時にはもう自分の作業に戻っていた。気のせい……なのだろう。ルージュを見ると、彼女は出口のところで必死で私を手招きしていた。シュナもいなくなっており、部屋には私しかいなかった。

「ちょっと……!」、私は慌てて出口へと走ると、おじいさんを残してルージュと共に部屋を後にした。


 通路を少し行った先で、シュナが待っていてくれていた。道は上り坂になったり下り坂になったり、外を通ったり、中に入ったり、別の場所と繋がったりでもうぐちゃぐちゃだ。もはやどういう道順を通ったのかも思い出せない。こうなっては進むしかない。

 このめちゃくちゃ具合を考えるに、ここは利便性よりも構造を優先しているのだろう。人が使うことも本来は考えていなかったのかもしれない。そうでなければもう少しまともに歩けるようにするはずだ。少し進むたびに目の前が壁で塞がれて通行不能になってしまうため、明らかに後から増設したらしき足場や外通路がたくさんあった。


 悪意の塊のような場所にイライラしているからか、何だかとても疲れてしまった。痩せているからに違いないが、私が四人の中で一番体力がないらしい。壁に手をつき、ささやかな休息をとっていると、ルージュが「疲れたの?」と、聞いて来た。


「すぐに追いつくから、先行ってて」

「ほら、負ぶってあげる」

 そう言うと、ルージュは私に背中を向けた。

「必要ない」

「いいから」

 ルージュは私の手を引っ張り、無理矢理に負ぶった。しかし三歩も行かない内にぐしゃりと潰れた。「ぐえっ」


「何遊んでんの」

 シュナが笑いながら私を立ち上がらせてくれた。


「私も疲れてた……」

 ルージュは悔しそうに立ち上がる。シュナは私の乱れた衣を整えてくれていたが、突然、ガバッと衣をめくり、背中を露わにした。


「な、何を――」

「酷い、何だよこれ……」


 私は慌ててシュナから離れると、衣を着直した。痩せているから衣がぶかぶかの分、背中を見られてしまった。


「何? 何のこと?」

 ルージュはキョロキョロと私とシュナを見る。


「コーデリアにやられたのか?」


 私は無言で肯いた。


「そんなになるまで……どうして誰にも言わなかったの?」


「誰に言えば助けてくれたの?」

 思わず、声を上げてしまう。「大聖堂だってあの女の味方じゃない。握りつぶされてもっと酷い目に遭うだけよ。ねえ、教えてよ。誰に言えばよかったの?」


 シュナは口を開いたが、すぐに閉じた。ルージュも口元を手で覆い、泣きそうな顔で私を見つめている。ウィンストンの姿は見えなかった。


「ずっと誰かに助けてもらいたかった! 聖人様にだって何度も祈った! でも、誰も助けてなんてくれなかった! 屋敷の人たちはみんな知っていたのに! 私を助けるどころか、虐めに加担したのよ! 私はどうすればよかったの? 死んでしまえって何度も言われたわ! 本当に死ねばよかったのかな?」


 溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように私は叫んだ。堪えようにも、涙は勝手に溢れ出て、顔がくしゃくしゃになってしまう。こんなこと、この人たちに言っても仕方がないのに。


 硬い表情で私を見ていたシュナは、突然私の腕を引くと、有無を言わせずに抱きしめた。

「ごめん」

 と、シュナは言った。「何も気づけなかった。同じ都市で暮らしているのに……お前がこんなに苦しんでいたのに……」


 強引な人……。でも、そこには剥き出しの優しさしか感じられないから、やっぱりズルい人だ。


「……当たり前だよ。外の人には気づかれないようにやってたんだから」


「ダリア、ごめんなさい。私、まだ何の話だか分からなくて……」


 ルージュの声に、私はシュナの胸から離れた。それから、するりと衣を脱いでルージュに背中を向けた。


「ッ――」

 ルージュは息をのんだ。


 あの地下牢で、コーデリアは私を鞭で打った。強烈な鞭は私の肌を裂き、肉を抉った。背中は熱を帯び、だらだらと血が流れた。気を失わないように、必死で意識を保ち続けた。気絶してしまうと傷に塩を塗られるのだ。あの、背中が沸騰するような猛烈な痛みを一度味わってしまえば、鞭打ちでさえ優しいと思える。それが分かっているから、コーデリアは容赦なく私を打った。彼女の狂気は刻印のように私の背中に刻まれている。


「酷い、こんなこと……ありえない……。女の子の背中に……どうしてこんなことが……」


 ルージュは口に手を当て、呆然と私を見ていた。すぐにその目が涙でいっぱいになる。


「虐めって……まさかこんな――」

 そして、私の肩を掴む。「ああ、ダリア……! あなたがこんな目に遭ってるなんて知ってたら――」


「いいよ、もう。分かってるから」

 私は笑みを浮かべる。多分、知ったところでこの子は助けてはくれなかっただろう。昔のルージュは平民の幼馴染よりも貴族の他人をとる人だった。彼女に何が起きたのかは知らないが、こんな風に泣いてくれることは絶対になかっただろうから、変わったのは確かなようだ。


 シュナはルージュ越しに私の肩を掴んだ。「でもさ、もう私が知ってるから」

 私を見つめるその目には、火のような煌めきがあった。


「それが?」、私は小首を傾げる。


「お前はもう一人じゃない。私はダリアの味方だよ。もしずっとこの聖地で暮らすことになってもさ、これからは私が力になるから」


「私もよ!」と、ルージュも声を上げた。「何があっても私はあなたの味方なんだから!」


 そんな言葉にはもはや何の意味もないことは分かっていた。


「……ジャンヌさんだってそう言ってくれたわ」

 私は顔を背けた。「みんな裏切るんだ。何度だって……もう誰も信じられない」


 分かっている。

 人に期待したって無駄だ。待っているのは絶望だけだから。優しい言葉に喜べば喜ぶほど、辛いのはいつだって自分なんだ。誰も信じちゃいけない。頼っちゃいけない。だからこそ、強くなるんだ。もう誰に身を委ねることのないように。自分一人で生きていけるように――。


 分かっているのに。

 私って、どうしてこう単純なんだろう……。今の顔を見られちゃいけない。ニヤニヤがバレてしまうから。


「じゃあとにかくさ!」

 シュナはパンっと手を叩いた。「これから一緒にコーデリアを殴りに行こう! 殴っちまえばそれはもう嘘じゃないでしょ? 私もあいつには借りがあるんだ!」


 明るい声でそう言うと、シュナはグッと拳を丸めた。

 ここがどこなのかさえ分からない私たちには、それはあまりにも無謀な話に聞こえた。でもだからこそ、とても魅力的な話にも。


「……どうやるの?」

「私がまずボディに一発入れる」


 シュナはルージュをコーデリアに見立て、お腹を殴る動きをした。「あいつはよろめく。こう、身を屈めるだろうからさ、顔が前に出るだろ? そこでお前が顎に打ち込め!」

 私の手を取り、グッと背中を押して殴打の姿勢をとらせると、そのままルージュの顎に私の拳を持って行った。


「人間は顎が弱点だから。脳が動いちゃうんだ。上手くいけばそのままぶっ倒れる。気持ちいぞ~!」

「失敗しちゃったら?」

「私がもう一発やる。あいつは終わり」

 そのあまりにも嬉しそうな笑みに、何だかとても楽しいことのように思えてしまった。私を微笑み、拳を丸める。

「分かった……やってみる」

「ひひっ、約束だよ!」

 シュナは拳を前に突き出した。私はしばらく見つめた後、コツンと拳を合わせた。

「暴力は賛成しないけど……」

 ルージュは私たちの拳をギュッと握る。「まあ、背中の傷の分くらいは丁重にお返ししてやりましょう!」

「もういいか?」

 遠くで、ウィンストンが抑揚のない声で言った。

「アテナも来てよ!」

 シュナが叫ぶが、彼女はプイッと後ろを向いてしまった。そのまま一人で先に進む。

「何か怒ってるのかなぁ」

 頭を掻き、シュナはウィンストンの後を追った。

 私とルージュは顔を見合わせる。私が小さく頷くと、彼女は苦虫を噛み潰したような顔をして頭を振った。


 コーデリアにウィンストン……。聖地から出て行く前に、後腐れの無いようにしておかなくちゃ。

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