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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第一章 ダリアの花冠
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魔石売り

 明日に行われるのは花冠式。


 言葉の通り、花冠を聖人様にお送りすることになっている。花冠は聖誕祭の日に聖冠として返してもらうのだ。


 ジャンヌ様が言うには、その花冠を作るために用意された花に問題があったのだという。殿下がお求めになったのはハネズヒソウ。王家の紋章にも使われているこのカルバンクルス王国を代表する花だ。しかしコーデリア様が用意したのは非常によく似たベニタエクサだった。それに殿下がご立腹なさっているそうだ。


「まあよく似てるから仕方ないっちゃ仕方ないけどさ……ふつうは間違えないよね? なんでちゃんとチェックしないかなぁ。あのおばさん、しっかりしてそうで杜撰だよね。巫女のくせに聖冠作りなんてどうでもいいと思ってるのかな?」


「さあ……私には何とも……」


 明け透けに物を言う人だ。私は決してコーデリア様の悪口など言わない。いや、言えない。使用人だからではない。この聖地に住んでいる人なら誰もがそうだ。


 私たちの会話は――それが悪口であってもそうでなくても、全て教戒師たちに聞かれてしまう。彼らは大聖堂に報告する。運が悪ければ、それだけで異端者として捕まって審問にかけられてしまうのだ。そんな恐ろしい目に遭うのは断固として御免こうむる。


「それでキミ、どうしたの? 何かあったのかい? お姉さんに相談してみなさい」


 唐突に、ジャンヌ様は言った。


「え……?」


「思いつめてる顔してたよ」


「そ、そうですか……?」


「ここなら誰も聞いてないよ」


 ジャンヌ様は辺りを見回す。私も同様に周囲をうかがう。彼女の言う通り、広い水路の真ん中には近くに舟もなく、道にも人の姿はなかった。


「実は……」


 私は屋敷で起きたことを掻い摘んでジャンヌ様に聞かせた。同僚を噛んでしまった。マダムにも酷いことを言ってしまった。もう帰れない。きっとコーデリア様は私を許してはくださらないだろう……。


 ジャンヌ様は時折相槌を打ちつつ、最後までしっかり私のつまらない話を聞いてくださった。話し終えると、顎に手を当て、薄い笑みを浮かべた。


「そりゃ向こうが悪いよ。やられたら倍にして返すくらいがちょうどいいんだよ。アタシはいつもそうやって来たもんね。キミは何も悪くない。ガタガタぬかす奴がいたらお姉さんに言いなさい。一人残らずぶっ飛ばしてあげるから」


 とんだ過激派だ。でも頼もしい。


「まあ、そんなに心配しないで。後でアタシから巫女さんに話してあげるからさ。子供どうしの喧嘩でしょ? 謝ったら許してくれるよ」


「そうでしょうか」


「ふふふ。キミは今、不安で視野が狭くなっちゃっているのだ。そういう時こそ広い視点で見なさいな」


 ジャンヌ様は人差し指を空に向ける。

 見上げると、澄んだ青を背景に一羽の鳥が漂っていた。


「例えばさ、鳥になったつもりで上から自分を眺めるの。アタシもね、昔はよくマスターと喧嘩してさ。ぶっ飛ばしたりしたもんよ。その時はさ、もう絶対に破門されちゃうとか、この世の終わりみたいなこと思ってるんだけど。自分を外から見れば、そんなに難しい問題でもないなって気づくわけよ。現に謝ったら許してくれたしね。うんと離れたところから自分を見る。他の人にとっても私の問題は大変なことなのか考えてみる。そうすると違う考えが浮かんでくるの。アタシのとっておきだよ。キミにあげちゃおう」


 師匠を殴打するのが難しい問題じゃなければ何が難しい問題なのかと思うが、しかしそういう風に客観的に物事を捉えるというのは良い考え方かもしれない。ジャンヌ様の言う通り、俯瞰で見ればただの子供の喧嘩なのかも。


 問題はコーデリア様だ。あの方は子供の喧嘩でさえ許してくれない。それが私ならばなおさらだ。しかしそれも誠心誠意を込めて謝れば殴打数発で、最悪でも鞭打ちで許してもらえるかもしれない。それにジャンヌ様も口添えしてくれると言う。ではもう問題は解決したも同然ではないか? 


 心に少しだけゆとりができ、私はほうっと息を吐いた。その瞬間、世界に色が戻ったように思えた。


「魔石はいらんかね~」


 その時、水路の向こうから一艘の舟がやって来た。魔石売りのようだ。被っている赤い仮面は、ゲブラーの仮面のようだったが、少し違った。露店で売っている紛い物だろう。一つに束ねた長い金色の髪が、陽光を浴びてキラキラと輝いていた。


 魔石売りは私たちに寄せ、舟を停める。


「これはこれは麗しいお嬢様方。魔石はいかがです?」


「いらん」


 端的にジャンヌ様は拒否を示した。


「まあまあそう言わずに! ほら、これをごらんください。世にめでたきは幸運を呼ぶ赤色せきしょく魔石!」


 魔石売りは足元の箱の側面を棒で叩く。カーンと高い音が鳴った。

 箱には何も入っていなかった。いや、よく見るとたった一つだけ赤い石が入っていた。後ろに布で覆った膨らみがあるが、在庫があるのなら出せばいいのに。


艱難かんなん汝を玉にすなんて気長に待つのもまためでたいが――」


「うるさいなぁ、いらねーつってんでしょ。用が済んだらさっさと行けってのよ」


 ジャンヌ様は明らかに怒っていた。こめかみに青筋が立っているのは、奥歯を噛みしめているからだろうか。今にも舟を転覆させかねない迫力があった。


 身の危険を感じたのか、魔石売りは私の方を見る。「それではあなた様に差し上げましょう」


「え、私にですか……?」


「私めの真心をお受け取りください、お姫様」


「あ、ありがとうございます……」


 差し出された魔石を、両手で受け取る。



 お姫様……? 


 こんな小汚い私に対して、お姫様? 


 皮肉なのかお世辞なのかは分からないが、褒められれば嬉しい。うつむいて魔石を見ているふりをして、ニヤニヤを隠す。透き通った赤い魔石だった。価値は分からないが、とても気に入った。


 魔石売りはなおも私に話しかけようとしていたが、ジャンヌ様の露骨な舌打ち、櫂を素振りするという明らかな威嚇行為に臆したのか、逃げるように去って行った。


 舟が再び動き出す。


「今の舟に、もう一人女の子が乗ってたじゃない? キミの知り合い?」と、ジャンヌ様は言った。


「え、本当ですか? 気がつきませんでした……」


 私は驚き、遠ざかる魔石売りを見る。すぐに水路を曲がり、見えなくなってしまった。


「布の下に隠れてた。顔を出したけど、キミを見て引っ込んじゃった。あの子が乗ってなきゃ水没させてやったのに」


 ジャンヌ様はやれやれと首を振った。「まったく何やってんだか」


「聖週間ですから」


「浮かれてんだね、みんな」


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