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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第五章 少女たちの聖誕祭
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聖週間の少女たち

 

 信徒たちは呆然と大司教の後姿を見守り、ざわざわと囁き始めた。外では相も変わらず怒声や爆発音が聞こえている。


「あなたはさっき、二つの方法で改変が行われていると言っていたけれど……もう一つの改変とは何?」


「貴様が考えていることで合っているよ」と、まるで私の心を見通すような口ぶりでルビーは言った。


「……聖別?」


「そうだ。聖別はこのシュアンで行われているのだ。大規模な現実改変魔法で、その効力はカルム全土に及ぶ。対象は魔法の発動者以外の全ての者だ」


「でも、だとすると大司教は——」


「その通り。とうに排斥されているはずだ。しかし、奴が今も生きている事実を考慮すると、ハルマテナには聖別を知覚できる何かがあるのだろう。だからこそ、たとえ聖別を発動することができたとしてもカルム全土の支配は不可能なのだ」


「先ほどの大司教との問答……」

 私は顎に手を当てる。「洗脳と聖別の効果の違いを確認していたのね?」


 ルビーは目を細めた。「ご明察」


「待って。でも、確認するにはあなたも聖別の効果を把握している必要があるわ」


「そうだな」と、ルビーはコクリと肯いた。「今この聖地には聖別の干渉を受けない人間が少なくとも二人いる」


「一人は聖別の発動者でしょう?」と、指を折って私は言った。「もう一人……?」

 話の流れから言っても一人しかいないけど。そのもう一人は、不敵な笑みを浮かべて私を見ていた。


「そう、オレは聖別の対象外だ」


 ハッとする。

 私が私でなかった時の記憶を思い出した。


「だから……私をお姫様と……何度も何度も……」


「シュナは怒っていたな」


「てっきり馬鹿にしているのかと……」


「ダリアは喜んでいたが」


「あの子は褒められるのに弱いから……」

 私は手で顔を覆う。「あなたの言っていた異常や変化とは聖別のことだったのね。教えてよ。あの時、あなたには私がどう見えていたの?」


「どう、か……」

 ルビーはキョロキョロと辺りを見回す。だが、何も見つからなかったのか、私に限りなく接近すると、私の頭を掴み、強引に自分の顔に近づけた。


「この通りだよ」


 ルビーの真っ赤な瞳には一人の少女が映っていた。

 銀髪の髪に、薄紅色の目をした女の子だ。この髪は月の光の下で輝き、赤い瞳は闇夜の中で仄かに燃える。この髪も、火眼の色もとても珍しいもので、同じものはまず見たことが無い。これが私、ルチル・カルバンクルス。


「聖週間の彼女たちは……私だったのね」


「だからこそ、どこにいても、誰になっていても、すぐに見つけることができた」


 聖別によって、私は他の少女たちと入れ替わっていた……。

 だから、私には彼女たちの記憶がある。


「それが聖儀式の正体なの? 私が入れ替わることに、一体何の意味があったというの?」


「さあな。それを確かめに行くんだ」


 ルビーは床を指した。


「そうね、彼らに聞きましょう。全ての真相を……」


 私は大きく肯いた。


「でも……どうしてあなたには聖別が効かないの? ワーミーたちにさえ効いていたはずでしょう?」


「これは推論だが……」

 一瞬、ルビーは確かに言い淀んだ。「心が二つある者は、もう一つの心で記憶を補完できるのだろう」


「心が二つ……?」


 審問官のような——と言いかけ、やめる。あれは人格が分かれているのであって、心は一つのはずだ。一体どういうことなのだろう。圧倒的な実力、そして美貌……傍目にも普通の人には見えないけれど……この人は一体何者なのだろう。


「さて、いつまでもここで遊んでいる時間はないぞ」

 ルビーは大広間を見回した。まるで、自分自身を話題にするのを避けるかのように。


「ルビー……あなた、もしかして人間じゃ——」


 私の言葉を遮るように、入り口を塞いでいた教戒師たちが吹き飛び、怯える信徒たちの群れに落ちて来た。


「はっは~!」


 ババが入って来る。目を爛々と輝かせ、周囲を見回し、次の獲物を探していた。興奮している時のシュナにとてもよく似ている。やっぱり母子だな。彼女の後ろから二代目たちも意気揚々と乗り込んで来た。彼もまた、倒すべき相手を探しているようだった。しかし、英雄譚に刻むに足る悪人がいないことが分かると、露骨にがっかりしていた。そんな二代目たちを掻き分けてディオニカが現れ、私たちの方へと駆けて来る。最後に、島民たちがなだれ込んで来た。信徒たちは悲鳴を上げ、逃げ惑った。


 しかし、島民たちは信徒たちを見てさえいなかった。

 彼らが見据えていたのは、内陣の巨大な聖人像。

 光の加減で、像の周辺は影となっていた。深い陰影が聖人の厳格を際立たせていた。まるで導かれるように、島民たちは聖人像の前へと集まって来る。目に涙を浮かべている者もいた。一人では立っていられないほどに震えている者も。ババだけが殴る相手を求めてうろうろしていた。


 やがて、一人、また一人と膝を折る。

 彼らは祈り始めた。

 この世界には自分と聖人様以外の何も存在しないかのように——。

 失われた時間を取り戻そうとするかのように——。

 深い静寂の中に沈み込んだ。


 日の光の下で、私はその光景を眺めた。誰もが言葉を失った。信徒たちは困惑し、互いに見合う。私を見る者もいた。

 でも結局。

 初めからそう決まっていたかのように。

 信徒たちは島民たちの周りに集まり、手を合わせた。


 やはり、祈りを捧げる彼らの姿は弱弱しく、そして現実逃避にしか見えなかった。

 この大聖堂はもはや祈るに値するものではない。

 それは誰にも分っていることだ。

 聖なる地は穢れにまみれた。

 人々は堕落した。

 聖人像は影にのまれた。


 それでも、彼らは聖人様を信じている。

 信じることをやめることができない。

 そうだ。

 これこそが本当の信仰じゃないか。

 みんな、信じたいものを信じるんだ。

 愛したいものを愛するんだ。


 島民たちは常に救いを求めていた。聖人様を求めていた。それは大聖堂に裏切られたとしても変わらない。彼らは聖人様を捨てることはできなかった。

 信徒たちは安寧を求めていた。変わらぬ平穏を求めていた。それは損なわれてしまった。大聖堂は彼らを護らなかった。彼らを救ってくれる者なんてどこにも存在しなかった。それが分かっているのに、彼らは聖人様を捨てることができなかった。

 だからこそ、祈っている。


 私は胸を打たれてしまった。

 できることなら、私も混ざりたい。

 でも、できない。

 もう、できない。

 私は聖人様を捨ててしまった。


 聖人様を見据えると、彼もまた物を言わずに私を見つめていた。

 私は無言のままに頷く。

 あなたの秩序は私が取り戻してみせる。

 聖地に蔓延った汚れを取り払ってみせる。

 そうしてこそ、私はまた敬虔な信徒に戻れるのだ。

 決意を胸に、私は聖人像に背を向けた。

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