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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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大聖堂の戦い

 

 背中から激しく地面に叩きつけられる。


「がはっ!!!」


 受け身は取ったが、衝撃の全てを緩和できるわけではない。尋常じゃなく強い力だ。恐らく、魔法で身体機能を強化しているのだろう。橙色とうしょく魔法だ。

 仮面の男が僕の前に下り立った。炎の男とは違う、別のワーミーだ。そういえば、やけに体格がいい奴がいたな。男は異様な仮装をしており、全身をマントで覆ってはいたが、その背中には大きな膨らみがあった。せむしのようだ。顔に付けた仮面は誰かに三日三晩殴られ続けたかのようにボコボコに膨らんでいて、目も鼻も口も全部がくっついてしまっている。誰が何の意図でこんな酷い仮面を作ったのだろうか。趣味でもそうでなくとも最悪だな。


 男は腕を振り上げる。僕は即座に後転し、男の一撃を避けた。石畳は聖絶技法で造られてはいないので、地面に大きな穴が開いた。それだけでは終わらず、周囲が隆起し、僕を吞み込まんとする。地面の津波に巻き込まれる前に僕は跳躍し、その場を離れた。


 壁を駆け上がり、塔の一つに飛ぶ。当然、怪力男もついてくる。身体能力は奴に分がある。まともに戦ってはとても勝てない。

 尖塔の上に出た僕を待っていたのは、激しい炎だった。炎男は先ほどよりも延焼範囲を広げ、僕を確実に燃やすつもりだ。そうだ、こいつの火は任意の者だけを燃焼させることができるんだった。怪力男は炎を気にせず僕に向かってくる。


 厄介なことに、洗脳されていてもこいつらのコンビネーションは抜群だった。怪力男は上手く立ち回り、僕を炎に当てようとしてくる。これではとてもじゃないが攻勢に出ることはできない。僕は全身全霊で炎を避けることだけに集中した。好機と見たのか、炎攻撃が激しくなった。だが、聖絶魔法で造られた大聖堂にはいかなる攻撃も無効化される。僕は尖塔を盾にして、怒涛の炎から逃れた。


『違う、そっちじゃない!』


 その時、アテナが叫んだ。

 しまった。僕は自分の判断ミスに気がついた。

 間違えた……! 今度は炎が囮だ!


 怪力男が僕に迫っていた。左右は炎に囲まれ、背後には塔、身動きが取れない。

 男の拳が僕の顔面めがけて繰り出される。これはダメだ。死ぬ――。


 瞬間、誰かの蹴りが怪力男の横顔にさく裂した。男はそのまま吹き飛び、高速で地面に叩きつけられた。その誰かは炎男に爆破魔法を放った。炎男はひらりと飛び、距離を取った。


「何をもたもたしている」


 ヴィクトリア・ウィンストンだった。


『お母様……』

 アテナがほうっと息を吐いた。


「持ち場はどうした? コーデリア様から目を離したのか!」


 コーデリア様、そして騎士たちが動いた場合、少しでも時間を稼ぐのがこいつの仕事だった。


「鐘の音が鳴れば元も子もないだろう」

 と、ウィンストンはもっともなことを言った。


 僕とウィンストンは尖塔に立ち、炎男と相対する。すぐに怪力男も戻って来た。


「鐘楼に行こうにも、この化物たちが通してくれない」


「押し通るぞ、ついて来い」

 そう言うと、ウィンストンは僕の頭を掴んだ。「私に合わせてみせろ」


 ウィンストンは素早く別の塔に飛んだ。僕も後に続く。炎男は四方に炎を撒き散らし、怪力男は追いかけてくる。二対二になったので、形勢はマシにはなった。だが、いぜんとしてワーミー二人の魔法は脅威だった。一瞬でも判断を誤れば、直ちに戦闘不能にされてしまう。実際、先ほど僕は死んでいたはずだった。もう間違えるわけにはいかない。


 しかし、このヴィクトリア・ウィンストンという女。よほどの実力があるのだろう、まるで僕の考えが読めているようだった。僕を相手の視界から隠すように動いたり、逆に相手の狙いを僕へと移して自分が行動できるようにしたり……。初めて一緒に戦うというのに、長年共に戦って来たかのように戦いやすかった。さすがは先代グレン。僕よりも一歩も二歩も上手のようだ。


 と、感心していると。火花がウィンストンの手に当たった。炎は一気に燃え広がる。


「籠手を捨てろ!」


 だが、ウィンストンは冷静だった。素早く、尖塔に燃える腕を叩きつける。すると、炎が消失した。なるほど、この手があったのか。あらゆる害を無力化する聖絶技法なら、消えない炎も消火してくれる。


 僕たちは塔の影に隠れながら、高速で移動する。炎男は空に炎を走らせ、僕らの動きを制限しようとした。だが、塔に当たれば炎は消えてしまうため、あまり効果的ではなかった。消えない炎はもはや脅威ではなくなった。

 形勢を読んだのだろう、炎男は戦法を変えた。炎を陽動ではなく、必殺の武器として使うようになった。商館でも見せた、巨大な炎の一点集中。あれをまともに受ければ、いかに審問官であろうと消し炭になってしまうだろう。


 しかし、塔の存在がある以上、炎男はあくまでも陽動だ。必殺の炎でも、塔の影に隠れてしまえば無効化できる。男は必殺の炎を撃つと見せかけて僕らを動かし、怪力男に襲わせようとしている。そして怪力男の攻撃で僕らの隙を作り、必殺の炎で焼くという二重の罠を仕掛けているのだ。


 塔を背にして、僕は男たちの位置を確認していた。筋肉男が前方にいて、その後ろに炎男がいる。一転集中させた巨大な炎の塊を空に浮かべ、攻撃のタイミングを測っていた。ウィンストンが塔の影を移動して、僕のところまで来る。彼女は塔から身を乗り出し、怪力男に爆破魔法を放った。男は難なく爆破を防ぐ。すると、ウィンストンは右の籠手を外し、僕に差し出した。


「上手く使え」


 僕が籠手をはめるのを見届けると、彼女は影から出て行った。即座に僕も付いて行く。ワーミーたちは僕にもう爆破魔法はないと思っている。奴らの意識の外を突くことができるかもしれない。

 ウィンストンは怪力男へと迫る。まさか向かってくるとは思わなかったのか、怪力男は一瞬虚を突かれたようだが、しかしすぐに迎撃に移る。その背後で、炎男は必殺の炎を放った。怪力男ごとウィンストンを焼くつもりだ。もちろん燃焼対象の選択により、怪力男に炎は効かないのだろう。


 直後、ウィンストンは背中に掴まっていた僕を掴むと、上空へと放り投げた。ウィンストンの影に隠れていたから怪力男には僕が見えていなかったし、怪力男が影になって炎男からももちろん見えていない。僕は怪力男を飛び越え、炎男に迫る。

 これで決める! 僕は全力の爆破魔法を放った。炎男にではない。怪力男の背中を狙った。ウィンストンに向き合っていた男は、まんまと爆破魔法を受けた。ウィンストンは怪力男を足場にして、炎を避けた。もはや曲芸だな。怪力男は炎に飲まれるが、どうせ効いていないだろう。

 炎男がすぐに僕の迎撃に移る。彼の体から炎が噴出し、僕を飲み込んだ。必殺の炎ではないが、炎は炎。受ければただでは済まない。咄嗟に体を丸め、肉体の露出部分を少しでも減らす。もとより相打ち覚悟だ。炎に包まれながら、僕は爆破魔法を放った。男は体を背後に逸らし、辛うじて避けた。その隙をつき、ウィンストンが男を殴りつけた。男は塔に背中からぶつかり、落下する。しかしウィンストンは手を止めなかった。蹴りで男を塔に押し付けると、徹底的な連打を繰り出す。ついに男は意識を失った。その途端、僕の体の炎が消えた。


 危なかった。体を丸めていた分、中まで燃焼することはなかった。まだ戦える。しかし、それは相手も同じようだった。怪力男が復活した。爆破魔法が直撃したはずなのに、まるで何事もなかったかのように動いている。タフな奴だ。こいつを仕留めるには一晩はかかるかもしれない。そしてもちろんそんな時間はない。


「こいつは私が引き受ける。お前は鐘楼に向かえ」


 ウィンストンはそう言うと、怪力男に相対した。


「頑張って、お母様……!」


 ウィンストンは一瞬驚いたように僕を見た。もちろん僕が言ったわけじゃなく、アテナだ。それに気づいたのだろう、すぐに怪力男へと顔を戻す。「早く行け」


「分かってる」


 僕は尖塔から鐘楼塔へと飛び移った。


 邪魔をするものはもう誰もいない。一気に階段を駆け上がる。すぐに鐘楼へと出た。素早く、台座へと向かう。赤色刀を発光させると、ぼんやりと影が見えた。手を伸ばすと、何かを掴めた。

 鐘撞きだった。暗夜同化の魔法陣が刻まれたフードを被り、身を隠していた。魔法陣は既に台座に置かれている。僕は鐘撞きを気絶させると、魔法陣に向き直った。


 左手の籠手を、魔法陣に当てる。長老様から頂いた特別製の籠手だ。陣を発動させると、籠手は僕が見たこともない色の光を発した。だが、鐘は鳴らない。この籠手には魔法を発動するのではなく、別の役割があるからだ。

 これでいい……はずだ。後は刻限までこの鐘を死守するだけだ……。


「聖地の影が朱に染まる」


 階段の方から声がした。

 ハッと顔を向ける。誰かが鐘楼に入って来た。直角に背筋の伸びた、厳格という言葉を形にしたような女性……。コーデリア様だった。聖儀式を抜け出したのだろう、彼女は儀式衣装そのままだった。


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