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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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大長老

 

「さて、モモ君」


 大長老は言った。


「はい」


「そこの魔法陣を発動してはくれないか」


 そこ?

 疑問に思う前に、床がせり上がって来た。床は台座のようになり、天頂部が開いて魔法陣が現れた。


「それにより、我々と接続することができる。そうすれば、私たちはより君のことを知ることができる」


 言われた通り、台座の魔法陣に手を触れた。発動すると、床から六本の柱が伸びて来た。僕は柱の中心に立つ。柱は発光し、何重もの光の筋が僕を包み込んだ。


「なるほど。二つの人格が共生して「予期しない結果となった「非常に興味深い「時にこういう異常も起きる「これこそがまさに福音「進化は始まっている」


 長老たちは一斉に話し始める。それはとても会話とは呼べなかった。互いが自分勝手に言葉を発しているだけ。だが、事実上全員が同一化している彼らなら、それでも会話として成り立つのだろう。


「モモ君」


 大長老が言葉を発すると、ぴたりと全員が口を閉じた。


「はい」


「聖地の異端審問官にして、ジュノー・オブライエンを捕らえし者」


「……はい」


「地上の報告を頼むよ」


「今、地上の大聖堂は異端ヴェルメリオ派によって埋め尽くされています。もはや彼らを止めることはできません」


「そのようだね」

 大長老がそう言うと、他の長老たちも言葉を噴出するように勝手に話し始める。


「そうだ! 地上との繋がりは断たれてしまった!「コーデリア・サーベンス。よもや彼女が背信を企てていようとはね「忌々しい女めが!「彼奴は定期告解をすり抜けたのだ!「どうしてこのような事態になった?「誰もあの子のことを見ていなかったからではないか?「我々の無関心が彼女を増長させたのだ」


「続きを」と、大長老が言った。


 途端、他の方たちはピタッと口を閉じた。


「彼らは現在はただの市民ですが、今夜の鐘の音と共に一斉に洗脳を受け、異端信仰者へと変貌します。彼らの目的は聖地の転覆です。大聖堂が歪めてしまった聖地を元に戻そうとしているのです」


「君は聖地の元の姿を知っているんだね?」


「湖の下にある都市のことですね。その時代に製作された時祷書を読みました。聖絶技法で造られたその本は、異端の聖典として現在まで残っていました」


「なるほど」


「聖絶技法の多くは湖と共に沈められたはずだった「それ以外のものは聖剣を含め、大聖堂で管理されているが……「一部が外に流出してしまった「流出させたの間違いだろう「それがヴェルメリオ派の始まりだ「その一滴は聖地に混乱を招いた「いいや。信仰の一つの糧になったのだ」


 バラバラに発せられた声を聞き取るのは難しかったが、それでも一部は理解できた。


「流出させた? あなた方があの時祷書を聖地に流したのですか?」


「そうだ「まさしく「私ではないがね」


「では、ヴェルメリオ派を作ったのは……」


「私「わし「我々と言えるだろうね」


「何故そんなことを?」


「何だねこの子は「知りたがりだね「賢い子なのだよ「過剰な詮索は身を滅ぼすが「理由を聞かなければ納得できないのだね」


「当たり前でしょう」


「都市に水路はまだ存在するのだったかな?」と、大長老が言った。


「はい」


「あの水路には、最初は流れなどなかった。湖に浮かぶだけの都市だからね。起伏がなければ流れなんてない。しかし、そのままだと汚れが滞留してね。病気の温床になってしまった。そこで、魔法で流れを作った。水流により、汚染は外へと流され都市は清らかになった」


「それと同じだと?」


「ゲブラー派だけではいずれ腐敗が蔓延るのは確実だ。異端に新たな流れを作ってもらいたかったんだ。彼らの興隆と、衰退を経て、ゲブラー派の中にも様々な派閥が生まれた。それぞれが相互に干渉・監視し、均衡を保つことはできた。ヴェルメリオ派の役割はそれで終わったはずだった。だが、密かに生き続けていた彼らは、コーデリア女史という傑物を得て再興した」


 まるで他人事のように大長老は淡々と述べる。


「あなた方はこの聖地を巨大な実験場だと考えているのですね」


「耳が痛いね「無礼な奴め! 口を慎みたまえ!「うるさいよ、びっくりするじゃないか「今すぐにつまみ出してしまえ!」


「モモ、君は女史をどうしたい?」


 大長老が話し出すと、ぴたりと他の声は止まる。もうずっとお話になっていてほしい。


「どうとは……?」


「女史は君に近すぎる。かつて、彼女は君の母親であろうとした。審問官という制度に異を唱え、子供たちを解放させようとさえした。感情を抑圧された子供であろうと、真心は伝わる者なのだろうね。結果、君は女史のためならば命を投げ出し、彼女の命令を忠実に遂行する怪物へと姿を変えた。アギオス教への信仰心を上回る忠誠心を獲得したのだ。我々にとっては脅威だよ。審問官がみな君のようになれば、大聖堂は内部から切り崩されてしまうだろうからね。だから、ここで問おう。モモ、君はこれから女史を捕らえる。そして、君は彼女をどうする?」


「審問して……島送りにします」


「できるのかい?」


「それがあの人のためになるのだと僕は信じています。そうでなくては意味がないんだ。コーデリア様は聖人ゲブラーへの信仰心を忘れてしまっている。もう一度聖人様と向き合い、対話をすれば彼女は必ず戻ってきます。審問官とは、その手伝いをするだけでいい。それが審問のはずなんだ。僕はあの人を救いたいのです」


「それが、自己審問を経て手に入れた答えというわけか「まことに興味深い「審問官か「戯れに作ってみたが、面白い成長を遂げたものだ」


「最後の質問だ」


 大長老が話し出し、他の長老たちはぴたりと口を閉じた。


「君は何を望む?」


「望み……ですか?」


「我らの望みに応えてくれたなら、君が望むものを与えよう。労力には相応の対価を――聖人ゲブラーの箴言だ。我々は与えた。ジュノー・オブライエンには妹の未来を。ヴィクトリア・ウィンストンには血を分けた子供を」


「子供……?」


「彼女は子供という存在に関心を持っていた。審問官が育てた子供はどうなるのか。人の愛を知らない母親が、はたして子を愛することができるのか。そして、その子供はどういう成長を遂げるのか」



『その結果としてあの人に与えられたのがヘクトルお兄様、レスミスお兄様、そして私……』、ぽつりとアテナは呟いた。


『ウィンストン家当主の夫、お前の父親……。そう言えば、僕は話の上でしか知らない。本当に存在するのか?』


『そのはずだけれど……もしかしたら、いないのかもしれない。お父様の記憶に、実体がないから……。偽の記憶を植え付けられているだけなのかも……』


 アテナは声を震わせる。

 それから、彼女は僕の方を見た。


『あなたの望みは何? モモ……』


『僕の望み……』


 何だろう?

 ここで、ワーミーを大聖堂に入れるようにしてほしいと言えば、聞き入れてもらえるのだろうか。だが、もちろん僕がそんなことを頼むわけがない。奴らもそれは分かっている。ウィンストンによれば、何か別のよからぬ方法を考えているらしいが……。


 僕の望み。

 コーデリア様の命……? 僕が死んだ後、アテナが安全に暮らせるように地位の保証……。だが、どれも正しくない気がする。何か、他にも大事なことがあったはずだ。僕が本当に望んでいることとは……。



 アテナが強く僕の手を握り締めた。

 彼女は微笑んでいた。

 僕はコクリと肯いた。



「孤児たちに……洗礼を授けてあげてください」


「孤児?「孤児?「孤児?「孤児だって?」


 長老たちがざわめいた。よほど予想外だったのだろう。


「理由を聞かせてもらえるかな?」と、大長老が言った。


 理由か。

 孤児のことなんてこれまで考えたこともなかった。今日の日がなければ、別のことを言っただろうな。でも、僕はもう彼らの存在を知ってしまった。見なかったふりなんてできるはずがない。


「僕は今日、孤児たちの実態を目の当たりにしました。洗礼を受けさせてもらえないがために、彼らはすぐに命を落とします。さらわれ、奴隷として売られてしまいます。彼らも同じシュアン市民なのにも関わらず……。あの子たちにも信仰心はあります。聖人様を信仰しているのです。僕は彼らを信徒として認めてあげたい。この聖地の仲間なのだと認めてあげたいのです」


「それがお前の望みかね」


「そう思います」


「実に素晴らしい「孤児たちは魔石の材料になる「洗礼を施せば、供給が滞りかねません「無粋なことを「我らの計画が成就すれば、魔石の材料などどうとでもなる」


 大長老は口を開いた。


「いいだろう。君の願いを聞き入れよう。聖地で暮らす孤児たちに洗礼を授ける。審問官モモに命ずる。聖地に蔓延るヴェルメリオ派の計画を阻止し、背信者コーデリア・サーベンスを捕らえてみせよ」


「かしこまりました」


 僕は深く頭を下げた。

 そして長老様たちの灯りが消え、全ては闇に包まれた。

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