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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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それぞれの戦い

 

「今、この聖地はそこの眼鏡のせいで危機的状況にある。そいつは分身を増殖させ、さらに市民や野良猫の類も幻覚で自分に見えるようにしてしまった。もはや外画にはこいつ以外の姿はない。中画も侵略され始めている。やがては上画、最奥画にまで届くだろう」


「だろうね」と、クーバートは他人事のように言う。


「魔石を供給している貴様も片棒を担いでいるわけだが」と、ルビウス。


「そこで、大聖堂は眼鏡の徹底排除を決めた。今、外画から順に都市が要塞化されている。大聖堂に入ることのできないお前たちに逃れる術はない」


「貴様の差し金か?」と、薄い笑みを浮かべてルビウスが言う。


「賛成はした」

 さらりとウィンストンは答えた。「貴様らが都市で暴れ、討伐の人数が増えれば、それだけ大聖堂の中は手薄になる。お前たちの仲間、そして騎士たちまでが出払ってくれればもはや敵はいなくなる」


「都市が要塞化したらどうなるんだ?」


「ああ、そうか。お前は今朝いなかったもんな」

 と、クーバートがルビウスに笑いかけた。「なかなか面白かったよ。あんなのは並の魔法都市では体験できないだろうな」


「浮島の周辺に、魔法防壁が発生する。閉鎖状態の都市の中で浮島に施された防衛魔法陣が発動し、敵対者を徹底的に追い詰める。中にいる市民たちは全員が自我を失い、大聖堂の人形と化す。進んで特攻もするし、肉壁にもなる。魔法にも制限がかかり、幻影の類は全て消え去ってしまう」と、ウィンストンは滔々と述べる。


「ふうん。それであいつらは捕まったのか」


「今まで逃れた者は存在しない。よく逃げおおせたものだ」

 と、ウィンストンはクーバートを見る。


「ま、モノが違うからね」

 クーバートは眼鏡をくいくいと小刻みに動かし、言った。


「逃げるだけならそれほど難しくはなかったはずだ。大方、シーク辺りは他の者たちを助けようとして逃げ遅れたのだろう」

 と、冷めた目でルビウスは睨みつける。暗に、仲間を見捨てたと言っているように見えた。


「全滅するわけにはいかないだろ? しょーがなかったんだよ」

 と、クーバートはニヤニヤと不快に笑う。


「お前たちの望む魔石は提供する。とにかく、大立ち回りを期待している。期限は、深夜の鐘が鳴るまでだ。鐘の音と共に、儀式は次の段階へと移行する。都市への魔力供給を減らし、大聖堂に集中させることになっている。要塞化を維持することなどとてもできないだろう。それまで、なるべく多くの者たちを相手にしてほしい」


「そんなこと言ってもいいのか? こいつは本当に都市を壊すぞ」と、ルビウスはクーバートを指す。「へらへらしているが、内心穏やかではないんだ」


「さすがルビーちゃん。よくご存じで」

 クックッと、クーバートは肩を揺する。


「構わない」と、ウィンストンは即答した。


「それで、見返りは?」と、ルビウス。「まさかただで働かせようというわけではあるまい?」


「その本をやる」と、ウィンストンは言った。


「いいのか?」と、僕は訊ねる。


「構わない。聖典の実在、そしてその正体は確認した。長老様方の計画が成就すれば、もはや何の脅威にもならない。商会や異端たちに渡るとなるとコトだが、お前たちワーミーに渡る分には問題ない。どうせマギアトピアに持って返るのだろう? 焼くことも壊すこともできない厄介品をお前たちが処分してくれるというのならこちらとしても願ったりだ」


「悪いが、この本をもらうのは当然だ。オレたちが動く条件にはならない」


 ルビウスの返答を予期していたのか、ウィンストンは間髪入れずに言った。「ワーミーどもの解放を約束する。どのみち、この聖地に居座られても面倒なだけだ」


「一言嫌味を言わなくては喋れないのか?」

 と、呆れたようにルビウスは言った。「仲間の解放など当然のことだろう。馬鹿にしているのか?」


「まともに会話をするつもりがないってんなら――」


 クーバートはパチンと指を叩く。

 途端、僕の体が宙に浮いた。見えない糸に引っ張られているかのようで、そのまま、天井付近に逆さ吊りにされてしまった。カルミル、ジュリア、そして二代目の体も次々に宙に浮いた。


「このまま彼らを床とハグさせちゃってもいいんだぜ」

 へらへらと笑いながらクーバートは言った。


 どうなっている? 全く身動きが取れない。このまま頭から落とされれば……いかに審問官といえどもただでは済まないかもしれない。ジュリアと二代目なら確実に死んでしまうだろう。


「そうだな……」

 と、ウィンストンは腕を組む。脅しを受けても、少しも動揺を感じさせなかった。「では、大聖堂の聖遺物の一つをやる」


「何でもいいのかい?」


「可能な物ならな」


「聖剣ヴァーミリオンでも?」


「引き抜くことができるのなら、持っていけ」

 不可能だと思っているのだろう。まあ、実際にそうなのだが。


「それから、薄色魔石の技術だ」

 と、ルビウス。


「薄色魔石?」


「あれは天然に採掘されたものではない。大聖堂の地下で造られているものだ。だが、そんなものが今のカルムの技術でできるはずがない。間違いなく聖絶技法で創られた聖遺物だ」


「それで?」


「それが遺物であれ、魔法陣であれ、その技術をこちらに寄越してもらう。貴様らには過ぎた道具だ」


「大聖堂を侮辱しているのか?」


「その通りだよ」


 二人は無言で睨み合った。まあ、当然だな。相容れるはずのない二者が手を組めると考える方がそもそもおかしいのだ。こんな状況でなければ皮肉の一つも言ってやるのだが、今は固唾を飲んで成り行きを見守るしかなかった。惨めだよ、本当。

 やがて、ウィンストンは大きな息を吐いた。


「いいだろう、好きにしろ」


「最後にそうだ。ジュジュももらってくよ」と、クーバートが言った。


「ジュジュ……?」


「ルージュ・オブライエンだ」


 怪訝な顔のウィンストンに、ルビウスが答えた。


「あれは聖女の心だと言ったはずだが」


「四つあるんだろ? 一つくらい無くなっても問題ないって」


 相変わらずのへらへらした態度で、クーバートは言った。


「……勝手にしろ」


「おお、いいねぇ。大盤振る舞いだ」


「オレたちが敗北すると思っているのだろう。舐められたものだ」、ルビウスは冷めた目でウィンストンを睨みつける。「どのみち、この聖地との戦いは避けられない。やるしかないさ。約束は守ってもらうぞ」


「だったら生き延びることだ」と、ウィンストンは言った。


 クーバートはパチンと指を弾く。

 突然、僕たちを宙に固定していた力が無くなった。僕たちはなすすべもなく落下を始める。カルミルはジュリアを抱え、着地した。僕は二代目を掴み、床に落ちる寸前で放った。ゴロゴロと床を転げる二代目だったが、ウィンストンの足に当たって止まった。


「お前にも働いてもらう」

 目を回す小男を見下ろし、ウィンストンは言った。


「わ、私ですか……? 一体、何ができると……」


「お前のこの目を使う」

 ウィンストンは義眼を差し出す。「大聖堂に視界を見せろ。上手く利用し、できるだけ大聖堂から討伐人を呼び込め。それと、都市に散り散りになっている商人どもが使えそうなら使え。どのみち、このままでは処分を待つだけだ。せいぜい足掻いてみせろ」


「やれやれ。大変な役割ですね」


「あの……」

 カルミルの腕の中で、ジュリアが小さな声を上げた。「私にも何かできませんか?」


「できない。君はここで大人しくしていろ」と、ジュリアの方を見もせずにウィンストンは言った。


「いや……ジュリアにもやってもらわなければならないことがある」

 と、カルミル。「孤児たちだ。洗礼を受けていない孤児たちは洗脳の対象外だけど、庇護魔法もない。要塞化した都市の中で、無事でいられるはずがない! 誰かが外まで逃がしてあげないと!」


「そうだな」

 と、特に感慨もなくウィンストンは言う。明らかにどうでもいいと思っていた。


「要塞化する範囲を教えてください!」と、ジュリアが言った。


「範囲は都市の全域だ。もっとも、ワーミー二人が一か所に現れれば、その一点に集約されるだろうが。どうするつもりだ?」


「私が孤児院に行きます」


「都市に孤児院は八つある。どうやって行くつもりだ?」


「オレたちの魔法陣でまだ生きている奴がある。それを使えばいい」と、横からルビウスが口を出す。


「と言っても、対の魔法陣はザラのテントの中だぜ」


「そうだったな。今から描いても間に合わないか」


「私を第伍に連れて行ってください。みんなに協力してもらいます。分散すれば、時間がかからないと思います」


「危険すぎる」と、ようやくジュリアの方を見てウィンストンは言った。


「誰も守ってくれないから、自分たちで守るんです!」と、語気を強めてジュリアは言った。


「要塞化の範囲はオレたちの出現場所によるのだろう? では、こちらが指定できるということだ。例えば、外画周辺だけならそう時間もかからないのではないか?」と、ルビウスが言った。


「第捌には人はいません。第ろくと第ななだけなら、舟を使えば十分可能だと思います」と、ジュリアは首肯する。


「こいつの増殖が止まれば、大聖堂もこれ以上の範囲の拡大はしないだろう。よし、この屋敷をセーブポイントにしてやろう。ここに転移する魔法陣ならいくらでも量産できる。持っていけ」

 そう言うと、ルビウスはクーバートを肘で小突いた。


「へいへい」

 クーバートはパチンと指を鳴らした。すると、魔法陣を描いた布が次々に飛び出てくる。


「本気なのか?」と、ウィンストンはカルミルを見た。


 カルミルはジュリアの肩を抱く。


「この子は討伐の対象外、そして洗礼も受けていない。防衛魔法を抜けて範囲外へと出ることができるはずです。範囲の外に出れば、陣を使ってここに転移することができる。危険ではあるけれど……たくさんの人を助けられるはずです」


 ウィンストンはしばし沈黙し、カルミルとジュリアを交互に見る。

「こんなことを君に頼むのは筋違いかもしれないが……」

 しばらくして、そう言った。「洗礼を受けている市民でも洗脳の効果が薄い人間がいるかもしれない。そういう者たちもここに逃がしてほしい」


「分かりました」


 ジュリアの返事を聞くと、ウィンストンは意外そうな顔をした。


「私を含め、市民たちは君たちの命などどうでもいいと思っている。それでも君は助けるのか?」


「野暮なことを……」と、カルミル。「孤児も市民も関係ない。困っている人がいたら助けるのは当然だ。誰だってそうする。あなたは違うんですか?」


 ウィンストンはカルミルを見て、それからもう一度ジュリアを見た。そして、孤児の少女に深く頭を下げた。


「頼む。市民たちを助けてあげてくれ」


「任せてください」

 はっきりとそう言うと、ジュリアは深くうなずいた。


「さて、では行くとするか」

 ルビウスはコキコキと首を鳴らす。「とにかく、生き延びなければな。でなければあまりにも退屈だ」


「やれやれ、本番は明日と思っていたんだけどなぁ。久しぶりに頑張ってみるか。危なくなったら助けてくれよ」

 クーバートは眼鏡のレンズに息を吹きかけ、服で磨いた。


「自分で何とかしろ」


「いやいや、助け合おうぜ」


「覚えていたらな。まずはお嬢さんを孤児院に連れて行く。お前も来い」

 ルビウスは二代目の襟を掴み、引きずるようにして歩き出す。


 カルミルと抱き合い、別れを済ませたジュリアは、彼らについて転移した。


 その場には、僕とカルミル、そしてウィンストンだけが残された。


「……長老様がお前を呼んでいる。私はお前をあの方たちの元へと連れて行かなければならない」


 僕を見て、ウィンストンは言った。


「長老様が……? なぜだ」


「行けば分かるだろう。だが今、あの方々への道は封じられている。誰の策略かは知らないが、本来は上にいるはずの戦力が地下に配置されているのだ。私が排除する。それまで、お前たちで地上の目を逸らせ」


 ウィンストンは僕とカルミル、それぞれに視線を送る。


「あくまでも陽動だ。すぐに退け。お前たちのどちらが欠けても目的を遂行することはできなくなる」


「分かっている」


「地下の邪魔者どもを排除した後、私はモモと長老様の元に向かう。そして彼らの指示の下、ヴェルメリオ派の聖地転覆計画を阻止する」


「ああ」

「ええ」


 僕とカルミルは頷いた。


「聖地の存続に関わる重大な局面だ。お前たち、いや、我々が異端審問官として生まれたのは今日の日のためだと言っていいだろう。聖人ゲブラーの信徒として、命を懸けてこの聖地を護るぞ」


「そのつもりですよ」と、カルミルは言った。


「言われるまでもない」と、僕は答えた。


 その後、互いの役割についてもう一度確認すると、僕たちはそれぞれに大聖堂へと向かった。


 そして、今に至る。


 ●


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