噛みつき
男の人たちを引きつれて食堂に向かっていると、行く手にマダムが立ち塞がった。
「何やってんだい、ダリア。西棟の掃除は――」
「終わりました」
「ああん?」
マダムはじろりと男の人たちを睨めつける。彼らは逃げるように去って行った。
「何だい、ありゃ。アンタ、いつの間に女王様になっちまったんだい」
「私にもよく分からなくて……」
「フン、何でもいいよ! さっさと食べてきな! 午後からもしっかり働いてもらうからね!」
マダムは私の背中をペチンと叩くと、大股で去って行った。痛いんだけど。
食堂に入ると、すぐに先ほどの女の子たちが寄って来た。私の腕を掴み、強引に外に連れ出される。そのまま人気のない棟まで歩き、壁を背に三人に囲まれた。
「さっきのどういうこと?」
一番背の高い子が私に詰め寄る。「どうしてホアンがアンタに味方するのよ」
「カーバーもよ! アンタ何やったのよ!」
「さあ? あの人たちに聞いてみたら?」
もちろん私も知らないが、彼女たちをもっと怒らせたくなったので、わざと含みを持たせてみる。ほほ笑んでさえ見せた。
急に痛い。
足を踏まれた。
「調子乗んな!」
お腹を殴られた。
「はぐっ……」
うずくまろうとしたが、髪を掴まれ顔を上げさせられた。
「グズの癖に! 役立たずの癖に!」
後頭部を壁にぶつけられた。目がチカチカした。これだからヒステリーは嫌。
「アンタ、どうせ汚い真似したんでしょ。あの女の娘だもんね」
彼女たちの顔は、今や怒りによってねじ曲がっていた。元々大した顔ではなかったけれど。
「母親が母親なら娘も娘ね」
女は引きつった笑みを浮かべ、勝ち誇ったように言った。
思わず睨みつけてしまう。
それが気に食わなかったのだろう、さらにお腹を殴られる。一瞬、息が止まった。涎を垂らし、苦痛に悶える私を見て、彼女たちはケタケタ笑った。
「うわぁ、汚い」
「見て見て醜い顔」
愉快な彼女たちはさらに私を痛めつける。三人で囲って蹴り続けた。
私は頭を抱え、ひたすらに耐える。今日はいつになく激しい。まあ、コーデリア様の鞭打ちに比べれば全然大したことないけれど。でも痛いことは痛いから今すぐやめてください。
弱みを見せない私に飽きたのか、それとも疲れたのかは知らないけれど、やがて足蹴の嵐は終わりを迎えた。女の子たちの荒い息遣いだけが聞こえる。
呻き声を絶対に口外に出さないよう、歯を食いしばる。死んでしまえ……。
「はあ、はあ……分かったでしょう。今度またふざけた真似したらもっと酷い目にあわせてあげるから」
「本当に分かったの? 返事しなさい!」
私は無言で睨みつける。
「何よその顔。本当に生意気な子」
「アンタ、いつこの屋敷から出て行くの? みんなが嫌ってるの分からない? 今すぐ出て行きなさいよ」
「出て行ったところでどこにも行き場所はないのよ。あの女の娘だもん。コーデリア様だけよ、こんな奴雇ってあげるのは。本当に慈悲深いお方」
壁に背中をつけ、何とか立ち上がろうとする。しかし蹴飛ばされ、また床に転がされる。
「ああ、分かった。もしかしてアンタ、母親が何やってたか知らないんでしょ? だから厚顔無恥にいつまでもこの聖地にいられるのよ。うふふ、だったら教えて上げる。みんな知ってんだから」
女の目が愉悦に歪む。
「よぉく聞きなさいよ。アンタの母親はね、あの島で男たちと――」
可哀そうに、彼女は最後まで言葉を続けることができなかった。私に腕を噛みつかれ、悲鳴を上げるのに必死でそれどころではなかったから。
「ひ、ひやぁああっ! 痛い痛い、ちょっ――た、助けてぇ!」
「だ、ダメ。離れないよ!」
髪を引っ張られようと、背中を殴られようと、決して離さない。
これを離してしまっては命が尽きる――その覚悟を持って、渾身の力で噛みついた。絶対に離さない。断固として確固として絶対に。
「何やってんだい、アンタたち!」
マダムの声が轟いた。巨体を揺らして、大股でこっちに来るのが見える。
でも離さない。
むしろより強固に噛みつく。
「離せってんだよ、この噛みつきバカ! こんなもん食ったら腹壊すよ!」
頭を二発ほど本気で叩かれ、一瞬くらりとしたせいで口が開いてしまった。その隙をつき、腕が抜かれる。ちくしょう……。
「うぇええん、痛いよぉおお」
女は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。腕にはくっきりと噛み痕がつき、血が流れている。私は口を手の甲で拭う。赤いものが付着していた。先ほどまでの底意地の悪い笑顔とは一変して、彼女たちは顔を青くし、化物でも見るような目で私を見ていた。頭がぼんやりする。叩かれたせいだけじゃない。彼女たちに背を向ける。一秒でも早くここから遠ざかりたかった。
「どこ行くんだい、ダリア! 戻って来な!」
背後からマダムの怒鳴り声がした。
「私の勝手でしょ……」、ぽつりと私は呟く。
「待ちなって言ってんだよ、このガキャ! コーデリア様に言いつけるよ!」
肩を掴まれ、強引に顔を向かされる。
「うるっさいクソデブババア!」
目をぱちくりさせるデブの腕を振り払うと、私は駆け出す。もう何もかもがどうでもよかった。屋敷を飛び出すと、そのまま都市へと飛び出した。




