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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第一章 ダリアの花冠
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噛みつき

 男の人たちを引きつれて食堂に向かっていると、行く手にマダムが立ち塞がった。


「何やってんだい、ダリア。西棟の掃除は――」


「終わりました」


「ああん?」


 マダムはじろりと男の人たちを睨めつける。彼らは逃げるように去って行った。


「何だい、ありゃ。アンタ、いつの間に女王様になっちまったんだい」


「私にもよく分からなくて……」


「フン、何でもいいよ! さっさと食べてきな! 午後からもしっかり働いてもらうからね!」


 マダムは私の背中をペチンと叩くと、大股で去って行った。痛いんだけど。


 食堂に入ると、すぐに先ほどの女の子たちが寄って来た。私の腕を掴み、強引に外に連れ出される。そのまま人気のない棟まで歩き、壁を背に三人に囲まれた。


「さっきのどういうこと?」

 一番背の高い子が私に詰め寄る。「どうしてホアンがアンタに味方するのよ」


「カーバーもよ! アンタ何やったのよ!」


「さあ? あの人たちに聞いてみたら?」


 もちろん私も知らないが、彼女たちをもっと怒らせたくなったので、わざと含みを持たせてみる。ほほ笑んでさえ見せた。


 急に痛い。

 足を踏まれた。


「調子乗んな!」


 お腹を殴られた。


「はぐっ……」


 うずくまろうとしたが、髪を掴まれ顔を上げさせられた。


「グズの癖に! 役立たずの癖に!」


 後頭部を壁にぶつけられた。目がチカチカした。これだからヒステリーは嫌。


「アンタ、どうせ汚い真似したんでしょ。あの女の娘だもんね」


 彼女たちの顔は、今や怒りによってねじ曲がっていた。元々大した顔ではなかったけれど。


「母親が母親なら娘も娘ね」


 女は引きつった笑みを浮かべ、勝ち誇ったように言った。


 思わず睨みつけてしまう。

 それが気に食わなかったのだろう、さらにお腹を殴られる。一瞬、息が止まった。涎を垂らし、苦痛に悶える私を見て、彼女たちはケタケタ笑った。


「うわぁ、汚い」


「見て見て醜い顔」


 愉快な彼女たちはさらに私を痛めつける。三人で囲って蹴り続けた。


 私は頭を抱え、ひたすらに耐える。今日はいつになく激しい。まあ、コーデリア様の鞭打ちに比べれば全然大したことないけれど。でも痛いことは痛いから今すぐやめてください。


 弱みを見せない私に飽きたのか、それとも疲れたのかは知らないけれど、やがて足蹴の嵐は終わりを迎えた。女の子たちの荒い息遣いだけが聞こえる。


 呻き声を絶対に口外に出さないよう、歯を食いしばる。死んでしまえ……。


「はあ、はあ……分かったでしょう。今度またふざけた真似したらもっと酷い目にあわせてあげるから」


「本当に分かったの? 返事しなさい!」


 私は無言で睨みつける。


「何よその顔。本当に生意気な子」


「アンタ、いつこの屋敷から出て行くの? みんなが嫌ってるの分からない? 今すぐ出て行きなさいよ」


「出て行ったところでどこにも行き場所はないのよ。あの女の娘だもん。コーデリア様だけよ、こんな奴雇ってあげるのは。本当に慈悲深いお方」


 壁に背中をつけ、何とか立ち上がろうとする。しかし蹴飛ばされ、また床に転がされる。


「ああ、分かった。もしかしてアンタ、母親が何やってたか知らないんでしょ? だから厚顔無恥にいつまでもこの聖地にいられるのよ。うふふ、だったら教えて上げる。みんな知ってんだから」


 女の目が愉悦に歪む。


「よぉく聞きなさいよ。アンタの母親はね、あの島で男たちと――」


 可哀そうに、彼女は最後まで言葉を続けることができなかった。私に腕を噛みつかれ、悲鳴を上げるのに必死でそれどころではなかったから。


「ひ、ひやぁああっ! 痛い痛い、ちょっ――た、助けてぇ!」


「だ、ダメ。離れないよ!」


 髪を引っ張られようと、背中を殴られようと、決して離さない。


 これを離してしまっては命が尽きる――その覚悟を持って、渾身の力で噛みついた。絶対に離さない。断固として確固として絶対に。


「何やってんだい、アンタたち!」


 マダムの声が轟いた。巨体を揺らして、大股でこっちに来るのが見える。


 でも離さない。

 むしろより強固に噛みつく。


「離せってんだよ、この噛みつきバカ! こんなもん食ったら腹壊すよ!」


 頭を二発ほど本気で叩かれ、一瞬くらりとしたせいで口が開いてしまった。その隙をつき、腕が抜かれる。ちくしょう……。


「うぇええん、痛いよぉおお」


 女は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。腕にはくっきりと噛み痕がつき、血が流れている。私は口を手の甲で拭う。赤いものが付着していた。先ほどまでの底意地の悪い笑顔とは一変して、彼女たちは顔を青くし、化物でも見るような目で私を見ていた。頭がぼんやりする。叩かれたせいだけじゃない。彼女たちに背を向ける。一秒でも早くここから遠ざかりたかった。


「どこ行くんだい、ダリア! 戻って来な!」


 背後からマダムの怒鳴り声がした。


「私の勝手でしょ……」、ぽつりと私は呟く。


「待ちなって言ってんだよ、このガキャ! コーデリア様に言いつけるよ!」


 肩を掴まれ、強引に顔を向かされる。


「うるっさいクソデブババア!」


 目をぱちくりさせるデブの腕を振り払うと、私は駆け出す。もう何もかもがどうでもよかった。屋敷を飛び出すと、そのまま都市へと飛び出した。


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