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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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聖女の心

 

 ●


 話は少し前にさかのぼる。

 異端の宝を見つけた僕らは、外画の家屋へと転移した。だが、そこは偽りの空間だった。本当は最奥画の屋敷の中だったのだ。そして、屋敷の主が僕らの前に姿を現した。それはヴィクトリア・ウィンストンだった。


「……お前たちのパトロンとは奴のことだったのか」

 ルビウスを見て、僕は言った。


「そうだ。仲間を失ったオレたちに、奴の方から接触してきた。強かな奴だ。大聖堂がオレたちを捕えようとするタイミングを狙っていたんだろう」


 手を組まざるを得ない状況になるのを待っていたということか。

 広い室内を、ウィンストンは確固とした足取りで近づいてくる。


「これはこれはウィンストン氏! お久しぶりでございます。いやはや相変わらずお美しい!」

 二代目のおべっかを無視し、ウィンストンは僕の前に立った。


「こんなにも時間がかかるとは」

 冷たい眼差しで僕を見下ろし、彼女は言った。「どうやら私はこいつを買い被っていたらしい」


「だが、見事にお宝を見つけた。それは評価に値する」と、ルビウス。


「そこのお嬢さんのおかげだろう。こいつは運がよかっただけだ」


「過程はどうでもいいさ。大事なのは今ここにお宝があるという事実だけだ」


 ルビウスの言葉を受け、ウィンストンは僕の抱える時祷書へと目を向ける。それから視線を隣にずらし、ジュリアを見た。やおらに膝をつき、彼女に相対した。


「君の名前は?」


「あ……は、はい、ジュリアと申します」


「ありがとう、ジュリア君。君のおかげで我々はとても大切な物を手に入れることができた」


「いえ、そんな……」と、ジュリアは明らかに狼狽した。最低の扱いを受けていた孤児の少女が、雲の上の存在のはずの御三家の当主にこうも慇懃に言葉をかけられたのだから当然なのかもしれない。

 ウィンストンは薄い笑みを浮かべ、孤児の少女の手に自分の手を重ねた。「君の前途が明るいことを望む」


 それから、隣のカルミルへと目を向ける。


「同一化したようだな」


「はあ、まあ……」


「どっちが主体だ?」


「カルミルとしての自我を保っています」


「そうか」


 大した感慨もなさそうに、ウィンストンは言った。

 それから立ち上がると、二代目の前へと移動する。にこやかにお世辞を述べる小男の鼻先へ、手を突き出した。


「出せ」


「何をでしょう?」


「しらばくれるな」

 そう言うと、ウィンストンは二代目の目に指を突っ込んだ。それから、強引に義眼を外した。


「おやおや、さすがに目ざとい! ですが、次からはもっと優しくしていただけますか?」


「黙れ」


 ウィンストンは義眼をしまうと、そのまま奥の椅子まで進む。椅子は円形状に向き合って置かれていた。その一つに腰を下ろすと、組んだ膝の上で手を合わせ、目をつむった。


「さーてさてさて!」


 入れ替わりに、クーバートが立ち上がる。ぴょんぴょんと小さく跳ねると、次の瞬間、全力でこちらに向かって走って来た。狂気の眼鏡が狙うのは僕だった。殺すつもりで殴りつけたが、途端に分身され、あっさりと時祷書を奪い取られてしまった。クーバートは本を振りかぶると、そのままの勢いで床に叩きつけた。


「おおぉ! すっげー本物の聖絶技法だ! 傷一つつかない! こりゃ良い値がつくぞ~!」


 狂ったように本を床にぶつけながら、クーバートは言った。イカレてるな。


「座れ」


 決して声を張ったわけではなかったが、ウィンストンの声は広い室内の隅々にまで届いた。僕らは顔を見合わせ、奥にある椅子へと向かい、一人一人腰を下ろした。ルビウスだけはその場に残り、クーバートと仲良く本を読み始める。


「私に協力するというのなら、安全を保障しよう」

 ウィンストンは目を開き、着席した僕たちを睨みつける。「断るのなら直ちに戦闘不能にし、湖に沈める。一人として例外はない。正しい選択を望む」


 実に淡々と彼女は述べた。つい先ほどジュリアにかけた優しい言葉も忘れてしまったようだった。


「どのみちこちらに選択肢はない」

 ため息交じりに僕は言った。今日はこんな展開ばっかりだ。相手に主導権を握られ、こちらは後手に回らざるを得ない。仕方ないといえば仕方ないが……審問官がこんなに無力で良いものだろうか。


「本当に保障してくれるのなら」と、ジュリアの肩に手を置き、カルミルが言った。

 その手を握り、ジュリアは頷く。

 最後に二代目が、「ええ、もちろん私も。何でも協力いたしますよ、モモさんの利益になることでしたら」と首肯しながら言った。


 ウィンストンは床に残ったワーミー二人へと目を向ける。

「座れ」


 しかし、威厳あるその声も、流浪の魔法使いたちには効果がなかった。ウィンストンは椅子から立ち上がると、ワーミーたちの方へと向かう。


「貸せ」


 ウィンストンはルビウスの手から時祷書をひったくると、こちらに戻って来ながらパラパラとページをめくる。


「面白いよ。オレが湖の下で見たのは、やはりその光だったのだろう」


「ぜひともこの目で見てみたいよ。湖が邪魔だな」


 ワーミー二人もウィンストンに続いてこちらに向かって来た。少しも興奮を隠さず、子供のようにキャッキャッとじゃれ合っている。


「聖地の姿になど興味はない」

 そう言うと、ウィンストンはあるページで手を止める。しばらく眺めると、僕らに見せた。

 それは、聖誕祭の様子が描かれた絵だった。


「聖誕祭……? これが何だというんだ……」


 大聖堂の中で、祭壇に立つ女性……聖女ミラを巫女が模しているのだろう。そしてそれを取り囲む信徒たち。何のことはない絵にしか見えないが……。きっと、明日もこれと同じことが大聖堂で行われるはずだ。


「いや、待て。なるほど、明日の聖誕祭はこのために行われるというのだな」と、ルビウスは分かったような顔で言った。


 何だ? 何に気づいた……。

 すぐに、僕にも分かった。

 最奥に、四人の少女の姿があった。椅子に座って、巫女を見守っている。何のことはない描写に過ぎないが、注目するとおかしなことに気づいた。四人が四人とも、胸にぽっかりと穴が開いている。心臓部がくりぬかれてしまったかのようだ。しかし死人のようには見えず、痛みに苦悶しているようにも見えない。むしろ、その逆だ。彼女たちの顔には恍惚が浮かんでいた。


「聖女と四人の少女……失われたミラの心とはそういうことか。探しても見つからないはずだ」


 やれやれと、ルビウスは頭を振った。

 ウィンストンは否定も肯定もしなかった。


「その四人の少女たちが……ミラの心だと?」と、カルミルが訊ねる。


「ミラの心は四つに分けられ、聖地の何処かに保管された。その心とは心臓のことだと考えられていた」と、ルビウスは言う。「少なくともジュノーはそう考えていた」


「心臓ではなく、人だったと?」


「大聖堂は聖女の力の一部を四人の少女に受け継がせた。それらは世代を超え、代々と受け継がれている」

 と、ウィンストンが言った。


 なるほど、その技術が審問官に活かされているわけか。


「ルージュ、シュナ……あの子たちがこの世代の聖女の心だ。彼女たちは私聖児なのだろう? 最初から明日の儀式のために造られた子たちなのだ」

 ルビウスは何やら嬉しそうに笑い、顎を撫でる。


「それで、明日の聖誕祭で何が起きる? この絵は何を意味しているんだ? お前は知っているのか」と、僕はウィンストンに訊ねる。


「聖女ミラを現世に蘇らせる」


「どういうことだ?」


「器となる少女に四つの心を還すのだ。それにより聖女は心を取り戻す」


「その器というのが……王女ルチルだな?」と、ルビウス。


「そうだ」


「この聖週間のすべてが、そのために動いていたというわけか」


「これを聖女再誕計画と呼ぶ」


「大体お前の予想通りだったな」

 と、クーバートはルビウスに笑いかけた。「いやぁ、どんなのが出てくるのか、楽しみだよ」


「お前は一体何者なんだ、ヴィクトリア・ウィンストン。なぜそんな計画のことなど知っている? 元審問官というのは本当なのか?」


 僕が訊ねると、ウィンストンは首肯した。


「そうだ、私はかつて審問官として活動していた。先代のグレンが私だ。審問官としての寿命が尽きた時、人格の消去が行われたが、私は消えなかった。長老様が裏から手を回し、救ってくださったのだ。意識の同一化をさせてもらい、長老様の直属として今日まで生き延びることができた。全ては明日の計画成就のためだ。私は審問官よりもさらに深い闇の中から、計画の妨げとなるあらゆる物を排除してきた」


「長老様の命令で動いていたと?」


「その通り。大聖堂の本流とも違う。いわば長老派とでも呼ぼうか。聖女再誕計画の全容を知るのは長老様に選ばれた限られた者だけだ。大聖堂の本流とはこの計画を為すためのカモフラージュに過ぎない」


「コーデリア様もそこに属するのか?」


「いいや、彼女は違う。巫女として地上と地下を繋ぐ存在ではあるが、その存在理由はあくまでも聖地を運営することにある。そのため、彼女には独立した権利が与えられている。地上の些細な問題に長老様の手を煩わせるわけにはいかないからな」


「貴様は聖女の心を全員把握しているのか?」と、ルビウス。


「当然だ」


「言え」


「断る。お前たちを心から信頼しているわけではない」


「まあ、そうだろうな。さすがは親子だ。同じ目をしてるよ」


 ルビウスは皮肉交じりにそう言うと、くっくっと笑った。


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