巫女の間の背信者
「モモさんをお連れ致しました」
従騎士が背後に降りる。
まんまと誘導されていたわけだ。後ろからの圧に気が急いて、自分の現在地を見失っていた。
「よくやった、ジョアンナ」と、コーデリア様は言った。
「こんなものを所持していました」
コーデリア様は布を目にする。
「やはりワーミーと繋がっていたのか。聞きたいことは山とあるが、ロッソの話ではこいつに洗脳は無意味だという。表の人格である██が邪魔をするそうだ。ろくな審問も期待できない」
従騎士は背後から僕をひざまずかせると、仮面をはぎ取った。素顔のまま、僕はコーデリア様と相まみえる。
「外画浮島の崩壊の後、お前の姿は消えた。次に大聖堂がお前の姿を確認したのは、商館だった。未確認の眼から送られてきた視界に、商人たちと相対するお前の姿が映っていた。あれは誰の眼だ」
「……二代目商館長です」
「お前にまだ審問官としての自負があるのなら、報告しろ。お前は何をしていた?」
僕はコーデリア様を見据える。
「ジュノーやワーミーの話から、異端信仰者の存在に気が付きました。僕は奴らの影を追い、その正体と計画を突き止めました」
「言え」
「ヴェルメリオ派です。歴史の闇に消えたはずの奴らが復活したのです。奴らは審問官を利用し、潜在的な信徒たちを増やしていました。今夜、真夜中の鐘の音と共に、市民たちは一斉に異端信仰者へと姿を変えます。狙いは聖地の転覆、地下へと下り長老様方を制圧するつもりです。点鐘の魔法陣に異端たちの手が入っている可能性があるのです。今すぐに確認してください」
「なるほど、だからお前は製陣工房へと姿を現したのか」
事務的にコーデリア様は呟く。「管理塔にカルミルが現れたのもそのためだな」
「……そうです。大聖堂にどれだけの数の異端たちがいるのか分からないため、秘密裏に行動するしかありませんでした」
「都市で派手に暴れ回っているワーミーどもは、囮のつもりなのか」
「はい」
実際、大聖堂はワーミーら魔導士部隊など、かなりの戦力を外へと送り出している。明らかな陽動だとしても、無視できない理由があるからだ。
「奴らが所持している本……あれは何だ?」
「ヴェルメリオ派の聖典です。僕が第捌愛護寮で発見しました。異端たち、商会、そして大聖堂、あらゆる陣営があれを狙っています」
「複数確認されているそうだが、あれは偽物か?」
「クーバートの魔法で偽物を作り出しました」
「お前は聖典を読んだんだな?」
「はい、読みました。何のことはない、ただの時祷書です。その内容はでたらめ……。意味があるのは聖絶技法で造られた物だというその一点に限るでしょう」
「今、誰が持っている」
「本物はルビウスに渡しました。そのため、僕にはあれが今どこにあるのか、誰が所持しているのか知る由もありません」
コーデリア様の目じりがぴくぴくと痙攣する。奥歯を嚙み締めているのだ。彼女は机を離れ、僕へと近づいてくる。そして、僕の腹を強く蹴った。
「っ……!」
「あれがどんなに重要なものか……。たとえ四肢を失い、地を這ってでも貴様はそれを私に届けるべきだった……。なぜそうしなかった……?」
なおも、コーデリア様は僕を蹴り続ける。
「異端の計画を潰すために……ワーミーの協力は不可欠でした……」
コーデリア様は僕の髪を掴み、顔を上げさせる。
「異教徒どもと手を組んだのか。お前もグレンと同じだな」
「僕は……背信などしていません。どうして僕を背信者に認定したのです……? ロッソに監視などさせたのです……」
「グレンはわざと捕まり、審問を受けた。グレンがお前を後継者に選んだのだ。我々の邪魔になることは間違いない。消す必要があった」
「やはり――あなたは……ヴェルメリオ派なのですね」
「それがどうした?」
あっさりとコーデリア様は答えた。
「背信を……認めるのですか……?」
僕は呆然とコーデリア様を見つめる。
「だったらどうする」
瞬間、僕の頭は真っ白になる。猛烈な憎悪に突き動かされ、コーデリア様の首を手で絞めようとした。しかし、背後から従騎士に凄い力で押さえつけられた。
コーデリア様は冷めた目で僕を見ていた。
「そうだろうな。お前ならそうするだろう」と、特に感慨も無さそうに言った。
僕は頭を振る。また……自分を見失った。背信者を前にすると……僕は僕じゃ無くなる。冷静になれ。少なくともこの場だけでも。
「……聖地のすべてを白日に晒したいと、かつてあなたは仰いました。その結果がこれだと言うのですか」
コーデリア様はふーっと息を吐くと、拳を丸める。そして、強く僕の頬を殴った。
「そんなことを言った覚えはない」
口の中を切った。僕は血を床へと吐くと、顔を上げる。
「ヴェルメリオ派の計画は僕が止めてみせます。あなたを奴らの呪縛から解放します。だから戻って来てください。そしてもう一度行きましょう。あの光の下に……」
「戯言はいい。お前はもう大聖堂に必要ない」
そう言うと、コーデリア様は僕の後ろを見た。「連れていけ」
直後、頭部に衝撃が走った。僕の意識は遠くなる。最後に見たコーデリア様は、僕に背中を向けていた。




