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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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湖の上の孤児院

 

 転移した場所は第はち愛護寮からほど近い民家の屋根裏だった。こんな場所にまで陣を隠していたのか。屋根を破り、外へと出る。

 ルビウスの言った通りだった。通りという通り、屋根、水中といたるところにクーバートたちがいた。もはや外画はクーバートに乗っ取られてしまった。視界を覗いてみた限り、付近には教戒師たちが巡回しているようだった。だが、とてもじゃないが僕らを見つけることなどできないだろう。どの視界にもクーバートしか映っていない。なんというおぞましい事態か。これが本当に聖地と呼べるだろうか? 呼びたくないが、呼ぶしかない。


 一つ誤算があった。

 今日の昼に区画の一部が崩壊した際、付近の島々を湖に移動させていたのだが、多くはそのまま都市に戻されずに放置された。第捌がある付近の区画も、今は湖の上だった。


 都市の端に立ち、湖を眺める。黒く大きな影がいくつも浮かんでいるのが見える。それらは、先ほどまでは確かに人の暮らす土台であったはずだ。だが、闇の中に佇む影たちは、ただの廃墟の群れにしか見えなかった。都市から切り離された区画というのは、得てして惨めで寂しいものだ。



「行くぞ」


 僕はそう言うと、湖に足を踏み入れた。僕とカルミルのブーツには水上歩行の魔法陣が刻まれている。カルミルはジュリアを背負い、湖を歩いた。ルビウスはと言うと、湖上に光の道を作り、その上を歩いていた。

 大聖堂の目が気になるところだが、今、僕たちの姿は他者からはクーバートに見えているらしい。本来なら僕たち自身も相手をクーバートと認識するらしいが、別れ際に眼鏡本人によってかけられた魔法により、正しく認識することができている。


 いくつもの区画浮島を通り過ぎる。住人たちは救出されているはずだが、今も蠢く者たちの姿があった。クーバートだ。幻影なのか、犬猫、あるいは虫けらが化けているのかは知らないが、本当にどこにでもいる野郎だ。一人見かけたら百人はいると考えていいだろう。やがて、第捌愛護寮が見えてきた。

 酷い有様だった。浮島は大きく傾いており、孤児院は浸水してしまっている。ここまで来ると、もう手の施しようがない。後は水没を待つだけだろう。


「酷いな」と、カルミルが言った。ジュリアは呻き声を上げる。幼年期を過ごした思い出の場所がこれでは、仕方のないことだ。


「まあ、大勢が押し掛けたからな」と、悪びれもなくルビウスは言った。


 ワーミーが占拠していた時、奴らの興行を見に多くの人間がここに殺到していたそうだが、老朽化した浮島はその重みに耐えられなかった。その後、捜索のために教戒師たちが乗り込んだ時、水没を始めたそうだ。それに加えて浮島の移動。それが決定打となり、ここまで沈んでしまったらしい。当然ながら現在は閉鎖されており、孤児たちは他の寮に送られているとのことだった。

 水没が起きたとはいえ、ワーミーたちが出て行った直後に内部の一応の調査は行われており、お宝らしきものが見つかったという報告はなかった。そのため、この場所は捜索の範囲外となっていた。


 沈んでしまった前庭を眼下に収め、湖を歩く。すぐに孤児院へと到達した。一階はとても入れる状態ではなかったので、二階の窓を破って中に入った。ルビウスは光を発し、闇を照らした。こういう時、黄色魔法とは便利なものだ。


「それで、お宝はどこにある?」


「こちらに……」

 そう言って、ジュリアは僕たちを案内する。しかし、二歩と行かない内に、

「うっ!」

 突然、足場が消えた。床を踏み破り、危うく下に落ちかけた。カルミルが腕を掴み、持ち上げてくれた。


「申し訳ありません、先に言うべきでした。床が脆くなっています。それに穴も開いていますから、足元にお気を付けください」と言うと、ジュリアは頭を下げた。


「本当に最初に言ってほしかったな」

 僕は嘆息すると、床の穴に目を向ける。「しかし、こんな場所では孤児たちも安心して暮らせないだろう」


「いえ、子供というのは案外強かなもので……危ないポイントは把握しているものなんです。もちろん安全なことに越したことはないですが……」


 足元に細心の注意を払いながら、廊下を歩く。ジュリアは階段を下りて行った。一階なのか。

 彼女の後に続いて、僕らも階段を下りる。一階は水に浸かっているため、水の上を歩くことになった。ジュリアはカルミルが腕に抱き、ルビウスは水面に光を放つと、その上を歩いた。光が周囲を照らしてくれるため、僕らにとってもありがたかった。


 一度、玄関ホールに出た。床に魔法陣が刻まれているのが見えた。


「この陣が噂の……」

 僕はカルミルを見る。


「ああ。王女が飛ばされた奴だ」


 聖週間の前日、秘密裏にこの場を訪れたルチル王女は、この転移魔法陣を踏んで外画の別の場所に飛ばされてしまった。大聖堂は直ちに全ての教戒師たちを動員し、捜索させた。誰かは知らないが、審問官も動員されたらしい。聖地の監視体制によりすぐに発見することができたが、大聖堂はさぞ肝を冷やしたに違いない。


 ルビウスはクックッと笑う。「よもや王女が人目を忍んでワーミーの催しを見に来ようとはな。それも、聖地でだぞ? 実に面白い子だとは思わないか」


「笑い事じゃない。殺されていたかもしれないというのに……まったく馬鹿をやったものだ」と、僕はため息を吐く。まあ、こいつらは殺人を犯すような輩ではないようだが。せいぜい営利誘拐か。


「こちらです」

 ジュリアが通路を指し、僕たちは先に進んだ。

 島が傾いている分、水位が変わり、場所によっては天井に頭を打ってしまう場所があった。僕は大丈夫だが、カルミルなんかは身を屈めて進まざるを得なかった。見るからに大変そうだ。無駄にでかいお前が悪いんだが。カルミルの腕に抱かれているジュリアは申し訳なさそうにしていたが、引き受けようというルビウスの申し出をカルミルが断固拒否していた。



「お前がここにいたのはもう五年も前のことだろう。隠し場所にも人の手が入っているのではないか?」と、僕は訊ねる。


「可能性が無いわけではありませんが……子供たちがあの場所に手をつけるとは思いません」


「外からはどうだ? こんなに傷んだ建物だと、頻繁に修理が必要だろう。その際に偶然発見されたという可能性は?」


「少なくとも私がいた頃、この第捌でも、第伍でも、外からの手が入るなんてことはありませんでした。建物の修繕は全て自分たちで行っているからです」


「だから孤児院出身の子たちはギルドで重宝されるそうだよ。普通の人よりも色々とスキルが高いそうだから」


「こんな風に水没するなんて、外区画でさえ普通は考えられないことだと思います。どの浮島も魔法で補強されていて、何年かに一度修繕もされますが……愛護寮の島は補修などされません。特に、ここは……私がいた時分より、建物どころか島自体がボロボロで……いつかはこうなるとは思っていました」


「まあ、こんな僻地に予算を使っている場合ではないからな」


 もっとも、この水没はワーミーたちの興行のせいでもあるが。僕は振り返り、ルビウスを見る。


「お前たちがここを選んだ理由はなんだ?」


「分かっているだろう?」


「この場所が聖地において、最も人々の関心の薄い場所だからか」


「ああ、そうだ」

 ルビウスは意地の悪い笑みを浮かべる。「それにしても……聖地を揺るがすと言われるお宝がまさか最下層の孤児院にあり、その鍵を握るのが孤児の少女とは……。ずいぶんと皮肉な話だ」


「アザレア様とはどんな人なのですか?」と、ジュリアが尋ねる。


「区画を下った没落貴族だ。この外区画で背信行為に走り、島送りにされた。そこで病気になり死んだ」


 ジュリアはハッと息をのんだ。アザレアがどうなったのか、知らなかったのか。


「……ダリアちゃんは今、どこにいるのですか?」


「大聖堂のはずだ。捕まったと聞いたが」

 僕はチラリとカルミルを見る。


 彼はコクリと肯いた。「ああ。昨日の早朝、王女の寝室に侵入したとかで捕まったそうだ。どうやって護衛たちの目をかいくぐったんだろうね。今は地下にいるんじゃないか?」


「あの子は……どうなるのですか?」


「審問を受け、心を壊して――」


「どうしてそんなことをしたのかを聞き出して、少しの間、島に行ってもらうことになるだろうな。王女様の怒り次第だけど、なに、すぐにまた戻って来られるはずだよ」


 僕の言葉を遮って、カルミルが説明した。ジュリアを案じてのことなのだろう。心のある奴は違うな。


「ダリアも、そしてアザレアも審問を受けたことがある。奴らがお宝の情報を持っていたなら、審問によって明らかにされているはずだ……。だが、大聖堂はまだ掴んでいない。奴らが何も知らなかったという証だと思うが」


 そう言って、僕はジュリアを見る。


「私は……自分がこの目で見たことをお伝えしているつもりです」と、彼女は確固とした強い目で僕を見つめ返した。


「考えられるとすれば記憶の改竄だ。バーガンディ親子から異端に関する記憶が事前に消去されていたんだ」

 と、カルミルは精一杯にジュリアに寄せた意見を述べた。


「だとするなら、アザレアはやはり異端信仰者だったのだろう。審問でも炙り出せないとはな」


 異端信仰者、赤い鳥の信奉者たち……。

 何と厄介な奴らだろう。たとえ捕らえることができても、記憶を失っていては審問も意味はない。それでいて、気がつくと増殖している。害虫かクーバートのように。


 奴らは今どれほどいる? 潜在的異端は地上を埋め尽くすほどだというが……。聖地転覆計画……。僕に止めることができるだろうか。


 いや、それじゃダメだ。何を弱気に……心の無い審問官が臆しているとでもいうのか?


 僕が止める。

 異端審問官として。アギオス教の信徒として。奴らのくだらない計画なんて、絶対に阻止してみせる。でなければ僕は何のために生み出されたか分からない。


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