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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
110/148

第伍と第捌

 

 しばらくして、ルビウスが戻ってきた。眼鏡の魔術師を連れて。


「では情報のすり合わせをしようか」

 ルビウスは横着に椅子に座った。それから、「座る物でも用意してやれ」と、クーバートに顔を向ける。


「ほいよ」

 クーバートが指を弾くと、空中から椅子が現れた。


 一体どういう魔法だ? こいつは紫色使いのはずだが、この椅子は確かに本物のように見える。確かな感触があり、座ることもできる。明らかに紫色の範疇を超えている。へらへら笑いを浮かべ、愚者の中の愚者にしか見えないがこの男、カルムのレベルを遥かに超える魔術師であることは間違いない。


「どこから話すか。異端たちの正体は知っているな?」と、膝の上で手を組み、ルビウスが言った。


「赤い鳥の信奉者だろう?」


「そうだ。オレとジュノーは奴らの影を追っていた。修道院の管理者という立場から、オブライエンが怪しいと踏んだ。それから夜に屋敷に侵入し、奴と会った。そこで異端たちの話を聞きだしたのだが、他の者たちがそうであるように、奴からも記憶が抜け出ていた。次の集会の日まで、完全に思い出すことはできないそうだ。記憶は上位の者たちによる持ち回りで、記憶をとどめている者が次の集会の日と場所を決める。もっとも、場所に関しては長らくオブライエンの屋敷の地下に固定されていたようだが、近々商館で行う予定だと言っていた」


「地下祭壇にはどういう意味があった?」


「貴様も考え付いているのではないか? お宝を所持していることは異端たちの長の証。そのために祭壇を造り、お宝を祀っているふりをしていた。まあ、実際のところはどうだったのかは分からないがな。誰かが奴を洗脳し、祭壇を造らせたのかもしれない。奴を長としていた方が都合のいい者もいるだろうからな」


「もしもの場合、全てをオブライエンになすりつけるためにか」


「実際、そうなった」


「あそこには何が飾られていたんだ? 本物のお宝ではないんだろう?」


「ああ。祭壇の匣の中にあったのは、ただの本だ。赤い鳥がどうとかくだらんことが書かれていたよ。見た目だけはそれっぽく魔石で飾られていたから、こいつが(ルビウスはクーバートを指した)魔石だけとってバラシて捨てた」


「返せって言っても無駄だよ。もう使い切っちゃったから」と、悪びれもなくクーバートは言った。


「記されていたのは赤い鳥についてだけですか?」と、二代目が訊いた。

 こいつは偽のお宝に本物に関するヒントがあると考えていたんだったな。


「さあな。あまりにもつまらないものだったから読んだそばから忘れてしまったよ。確か、聖地の歴史がつらつらと書かれていたかな。偉大なるは赤い鳥であり、ゲブラーは鳥に選ばれただけのただの人間なんだそうだ」


「くだらない」と、僕は吐き捨てる。


「実態の無いものに権威を与えようとするとそうなる。力を過剰に喧伝するしかない」と、カルミルは言った。


「劇場の匣にもその本が入っていたのか?」


「いいや。その頃にはもうバラした後だ。あんな物が聖典ではさすがにまずいと思ったのか、ジュノーは別の物を用意した。これだ」


 そう言って、ルビーは何かをこちらに差し出した。それはほとんど燃えカスのような本だった。辛うじて分かったことには、魔法に関するものらしい。魔導書か何かだろうか。本にはナイフで刺したような跡もあった。奇妙なものではあるが、お宝と言われればお宝らしい気もする。絶対に聖絶技法ではないが。


ルージュの宝物だったそうだ」と、ルビウスは言った。


「なぜ焼けている?」


「あの子が自分でやったそうだ。ナイフで突き刺し、火を点けた。父親の指示でな」


 ああ……そんなことをジュノーが言っていたっけ。


「妹を守れなかった後悔からだろう、ジュノーはこの本を回収し、自分への戒めとして保存していた。これを聖典に選んだのは、父親への意趣返しなのかもな」

 ルビウスはクックッと笑うと、僕の手から本を取り返した。「今、都市に流れているジュノーが父親から譲り受けたというお宝――その噂の正体はこれだ」


 やはり、ジュノーはお宝など持っていなかった。だが、所持していると見せかけた。何のために? お宝を求める者たちの目を自分に向けさせようとしたのか? お宝の実在の証明……あるいは、誰かをおびき寄せるため……?

 だが、奴は捕まった。そして、僕が奴を審問したせいで、全ての目は僕に向くことになった。 

 知らない方が身のためよ――。

 近くでジュノーの声が聞こえたような気がした。


「ジュノーは父親と話す中で、奴が商会と手を組み、妹を差し出すつもりであることを知った。ジュノーは怒っていたよ。それはもうおっかなかった。父親に対し、オブライエン家当主としての力、そして異端の長としての実権、その全てをよこすように要求した。哀れオブライエンはそれを飲むしかなかったよ。それ以降、ジュノーは実質的なオブライエン家の当主、そして異端の長という立場になった」


「なるほど。聖週間二日目の劇場を集会の場として指定したのはやはりジュノーだな?」


「そうだ、オレたちが劇場に入り込んだのを利用した。オブライエンに場所の決定権はなかったが、お宝の実在を証明することを条件に認められた。だが、五日間の座席は既に完売。立ち見席しか空いていないが、貴族どもがそんな場所で観劇してみろ。醜聞は避けられない。予約もなしに観劇するにはかなり無茶が必要だったはずだ。ジュノーはそこからも異端たちの正体を絞れると考えていたのかもな」


 前日、または当日に席を確保するには、買収するか、劇場支配人、あるいは、劇団の団長にでも働きかけるしかない。そういう交渉をしてきた奴がいるかどうか、団長に聞けば突き止めることはできるかもしれない。だが、団長は既に審問を受けた。もう覚えてはいないだろう。


 僕はチラリとカルミルを見る。僕と一緒に団長を審問したのはカルミルだが、こいつは異端どもに利用されていた。僕の視線から考えを察したのだろう、カルミルは小さく頷く。


「あの審問に対して、異端たちから指示を受けたわけじゃない。そこは君と同じだと思うよ。いつも通り報石に刻まれた部屋へと向かい、そこにいる者を審問しただけだ」


「直接の指示ではなくても、異端たちの策略だった可能性は十分に考えられる」


「まあ、それはそうだね」と、カルミルは肩をすくめた。


 僕はルビウスに顔を戻す。


「劇場で集会を開いた目的は、こいつを集会に参加させるためだけなのか? 異端の長としての権威付けなどとってつけた理由だろう?」

 二代目を指して僕は訊いた。


「まあ、あいつは色々と考えていたみたいだが。オレはオレでやることがあったからな、そちらにまで注意を割けなかった」


「ルシエル――従騎士と戦っていたんだったか」


「今思えば……騎士たちを巻き込んだのは、集まった異端どもを捕える以外に、オレの動きを制限する狙いもあったのかもな」


 独り言ちるようにルビウスは言った。

 制限……? 誰が誰を? ジュノーがルビウスを? どういう意味だろう。二人の関係は利害を超えたものだと思っていたが……そうでもなかったのか?


「まあ、そんなこんなでオレは偽の聖典を手に入れ、本物の手がかりを探していた。だが、残念なことにまだ掴めていない。だからこそ貴様らと手を組むことになったわけだ」


 何だこいつ。偉そうに語っていたが、結局何も分かっていないんじゃないか。強硬手段に出ようとしたわけだ。


「貴様らの情報を求める。先も言ったように、ジュノーは本物のお宝を持っていなかった。その在りかも知らないはずだ。貴様らが何か知っているとは思わん。だが、知らないうちに何かを掴んでいることは十分に考えられる。だから、情報のすり合わせだ。何でもいい、気づいたことがあれば言ってみろ」


「お宝は聖絶技法でできているそうだ。通常ではありえない場所にあることも考えられる」と、僕は言った。


「例えば?」


「水中。湖の底だ」


「その可能性はオレも考えた。だから、潜って確かめた」


「それで?」


「湖にはとても強力な魔法がかけられている。もしもあそこにあったのなら、大聖堂が気づかないはずがない。とっくに回収されているはずだ」


「大聖堂は我々にお宝の捜索を依頼しました」と、二代目が答える。「彼らも行方を捜しています」


「まあ、広大な湖の全てを把握できるわけではないだろうから……もしも都市から離れた湖底にあるとしたら、もはや手に入れるのは不可能だと諦めるしかない。だから、今はその可能性は忘れろ」


「あるいは、シュラメの腹の中とか」


「あの魚は肉以外食わん。そういう風にできている」


 軽口のつもりだったが、ルビウスは冷たく流した。


「さあさあ、他に何かないか? さあ、お嬢さん! そこの男はどうだ?」


 ルビウスはバンバンと膝を叩く。まるで競りみたいだな。僕たちは顔を見合わせる。


「……愛護寮」

 ポツリと僕は呟く。「第伍愛護寮で、何かそんな話がなかったか?」


「第伍に? いいえ」と、ジュリアは首を振った。


「何か気づいたことでもあるのか?」


「これは真面目な話だが……夢で見た」


「ほう?」


「表の僕と……ジュノーらしき女、そして誰か知らない奴が話していた。恐らく審問部屋だろう……。お宝についての具体的な話をしていたと思う」


「表の貴様が情報を与えたのだ」


「僕を導いているんだ」


 そのまま、夢の内容を全員に語り聞かせた。途中でまた頭痛が起きないかと気がかりだったが、無事に最後まで話し終わることができた。


「貴様に聖典を読ませた誰か。そいつが聖典をどこかに隠した」


「グレンたちは第伍愛護寮にそれがあると考えていたわけか」と、カルミルは顎に手を当てる。


「お前たちは長く第伍にいた。本当にあそこにはないのか?」


「そうだね、少なくとも僕は何も見つけることはできなかった」

 そう言うと、カルミルはジュリアへと目を向けた。「君もそうだろう?」


「はい……。第伍では、そのような物は見たこともありません……」


「……第伍では?」 

 僕とルビウスは同時に声を上げる。


「ええ」と、ジュリアは首肯する。「先ほど、屋根裏部屋で商館長さんの話を聞いていて、思い出したことがあるのです」


「話してくれ」と、カルミルが言った。


「昔、私がいた愛護寮でそういう本を見せてくれた人がいます。時々寮を訪れ、読み聞かせをしてくださったのです」


「どんな本だった」


「ええと……聖書のようなものだった気がします……。ただ、内容に関しては本をその通りに読むのではなく、その場の雰囲気に応じた作り話が主だったので……正しいものは分かりません。私が記憶しているのは、むしろその本自体です。ある時に子供の一人が誤って水をこぼしてしまったことがあるのですが、不思議と傷むことはありませんでした。表紙どころか、ページの大部分が濡れたはずなのですが……」


「聖絶技法か」と、ルビウスは顎に手を当てる。


「君は元々どこにいたんだ?」


「第はち愛護寮です」


「第捌というと……この下区画にあるところだね?」


「はい、そうです」


「……オレたちが寝床にしていたところか?」


「そうだ」と、僕は言う。「聖週間前にお前たちが占拠していた場所だ。何も気づかなかったのか?」


「オレはほとんどいなかったからな」

 ルビウスはクーバートを見る。


「探してないよ。まさかあそこにあるなんて思わないし」と、クーバートは肩をすくめる。「魔法の仕掛けでもあるんなら気づけただろうけどさ。でも、そんなもん無かったぜ」


「ええ、魔法で隠しているわけではありません。たとえしばらく滞在していたとしても、偶然見つかるような場所ではないので、発見することはできなかったと思います。知っている者でなければ分からないようなところなので……」


「知らなかったよ。君はずっと第伍にいたんだと思ってた」


「第捌で育てられ、十の頃に第伍に移されました。孤児は基本的に寮を移ることはないのですが、外区画の者に限っては稀にあるそうなのです」


 なるほど。こいつの能力が予想以上に高かったからだろう。だから私聖児教育に定評があるらしい第伍に移された、と。


「その本を持っていた者とは何者だ?」と、ルビウスが尋ねる。


「は、はい。貴族の方で……かつて上区画に住んでいたとおっしゃっていました。しかし何かの事情で下区画に移住することになり……愛護寮によく遊びに来てくださったのです。とても優しい方だったので、みんなよく懐いていました」


「名前は?」


「ごめんなさい、昔のことなので……」

 彼女はこめかみを押さえ、必死に思い出そうとする。「どうしてでしょう、名前が出てきません……。人の名前を忘れたことなんてないのに……」


「どんな容姿だった?」


「どんな……どんな……どうして? 覚えていたはずなのに……。今ではぼやけてしまっています。あの方の顔……思い出せない……」


「何でもいい。覚えていることはないか?」


 ジュリアはぎゅっと目をつむる。


「髪……髪の色――淡紅色……だったと思います。ええ、とても綺麗で……よく触らせてもらっていました……。それに……娘さんが……いました……。一緒に遊んだことを覚えています……。モモ様と同じくらいの年頃でしょうか……」


「五年よりも前に内画から外画に移された貴族。僕くらいの年頃の娘がいる。そして、淡紅色の髪……」と、僕はカルミルを見る。


「一人しかいない」と、カルミルは頷く。


「ああ、バーガンディだ。アザレア・バーガンディと、その娘、ダリア・バーガンディ」


 ジュリアはハッと顔を上げる。「そうです、思い出しました! アザレア様とダリアちゃんです! どうして忘れていたのか……今では全部思い出せます!」


「バーガンディ……? 何の偶然だ。オレたちが離れ島で拠点にしていたのは、そいつの家だった」と、ルビウスが言った。


「ジュジュが提案したんだったよな」と、クーバート。


「アザレア・バーガンディ……。そして、貴様の記憶にあるという謎の女……」


 ルビウスはこめかみに指を当てると、目をつむった。


 バーガンディが聖典を所持していた? しかし、表の僕の考えとはずいぶん違うが……。彼女たちの口ぶりでは、存命の誰かがどこかに隠したと言っていたように思える。そして、その誰かは孤児院の院長をしていた。バーガンディにそんな過去はないはずだが……。


「……面白い」

 ほうっと息を吐くように、ルビウスは言った。「ようやく全ての謎が解けてきた。オレは貴様の言葉を信じよう」


 そして、ルビウスはジュリアを見つめる。絶世の美貌に真っ直ぐに見つめられ、ジュリアは顔を真っ赤にした。すぐにカルミルが立ち塞がり、その視線を遮った。


「聖典は第捌にある、と。行けば見つけ出すことはできるかい?」、ジュリアの肩に手を置き、カルミルは訊いた。


「可能……だと思います」と、ジュリアは肯いた。


「よし、それじゃ今すぐに行こう」


 カルミルは振り返り、僕たちを見る。ルビウスはパンと膝を叩くと、跳ねるように立ち上がった。


「孤児院の転移魔法陣がまだ生きていればいいんだが……もう無いだろうな。まあ、近くには残っているはずだ」


 同じ外画にある第捌になら、ここから向かうこともできるだろう。だが、移動の手間が省けるのならその方がいいか。


「安心しろ。先ほどはああ言ったが、実際は今、外画はもっとも安全な場所だと思っていい。こいつが――」

 と、ルビウスはクーバートの背中を叩いた。「無限に増殖しているからな。とてもじゃないが、オレたちを見つけることなどできはしないだろう」


「こうしている間にも、俺はどんどん増えている。都市を俺で覆い尽くしてやるのさ」

 クーバートはへらへらととんでもないことを言った。


 あの幻影どもはまだ数を増やしていたのか。想像するだけでおぞましい。だから、考えないようにする。


「帰りの陣をここに置いておく」と、ルビウスは言った。


「私はここで待っていることにしますよ。どのみちもう動けません」と、二代目が言った。


「お前もここにいろ」と、ルビウスはクーバートに言った。


「えー俺もお宝見つけるところ見たい」と、クーバートは指を口にくわえて甘えた声を出す。


「一人占めするつもりだろうが」


「信用無いなぁ」

 クーバートは心外だという顔をする。


「そいつから魔導石の情報を聞き出し、報石の隠し場所に行け。そっちの方がお前好みだろ」


「アハハ、分かってんじゃん」

 クーバートは嬉しそうに笑うと、二代目と肩を組み、「よろしく、とっつぁん!」、バシバシと頭を叩いた。


 ルビウスは布を広げ、魔法陣を取り出した。「では、転移する。誰から行く?」


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