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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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商人の恩返し

 

 僕たちは睨み合いながらも、チラリと声のした方へと目をやった。

 すると、ドアのない隣室からジュリアが現れた。声の主――彼女に肩を借りた誰かがひょっこりと顔を出す。二代目だった。

 カルミルがすばやく顔の布に手を当てた。僕がジュリアを襲おうとしたら、すぐに素顔をさらすつもりなのだろう。だが、もはやジュリアに対して何も感じるものはなかった。僕が首を振ると、カルミルは布から手を離した。


 二代目は僕を見て、ルビウスを見て、もう一度僕を見た。

「私からしてみればですね、お二人が手を組めばお宝を手に入れ、この危機を乗り越えられるような気がしますけどねぇ」


「ワーミーと協力などできるはずがない」


「時間の無駄は好きじゃないんだ」と、冷たい声でルビウスは言った。


「そうですかねぇ。お二人なら馬が合うかと思ったのですが。私にはね、お二人が同類にしか見えないんですよ」


「同類だと?」


「どう見えている」


「どちらも青臭い想いを胸に抱く正義の人です」


「馬鹿な」

 僕とルビウスは同時に言った。


「口では何を言おうとも、弱った人が目の前にいれば手を差し出さずにはいられない。露悪的な態度も素直な心の裏返しでしょう? 実に扱いやすい人種です」


「馬鹿にしているのか?」と、僕は言った。


「まさか。むしろその逆です。心より尊敬しますよ」


「馬鹿にしているな」と、ルビウスが睨みつける。


 二代目はジュリアとカルミルの手を借りて、ベッドの端に腰を下ろした。


「まあ、とにかく。私の見解はこうです。あなた方が協力すれば、お宝を入手することはできる。その後のことは知りません。お宝をどうするのかはあなた方で決めればいい。ここで二人が争い、本願を達せられないということは何よりの損失でしょう? 少し冷静になりましょう」


「オレの絶対優位は揺るがない。オレにはこいつと手を組む意味がなければ理由もない。そして、商館が潰され、手下どもを失った貴様にはもう発言力も影響力もありはしない。分かったら黙っていろ」


 ルビウスの言葉は辛辣ではあったが、的を射ていた。全てを失ったこいつは、この聖地においてもはや何者でもない。ただの癪に障る小男だ。


「ふふふ。確かにこの状況ではそう思われても仕方がないでしょうね」

 二代目は手を組み、楽しそうに笑った。

「ですがね、一流の商人というものはいつも最悪を想定するものです。大聖堂がこういう手段に出るだろうということはもちろん想定の内でした。彼らにとって私たちなんてものは利益を運んでくる船みたいなものですからね。用が無くなれば簡単に船頭の首をすげ変えるし、沈めてしまうことも厭わない。しかしながら、私は先代のようにただ沈められるのを待つほどお人よしではありません」


「と言うと?」

 片方の眉を吊り上げ、ルビウスは言う。


「私は準備を怠りません。相手と交渉する時には、常に切札を用意しているものです。一方的に契約を破棄しようなんてそんな道理は通りませんよ。少し痛い目を見てもらいます」


 その言葉には不思議と重みがあった。威厳とでも呼ぶものなのかもしれない。小さな体が大きくなったような気さえした。


「それで……貴様の切り札とは何だ」


「この聖地には魔導石というものがありますね」


「……ああ」

 二代目の言葉に、ルビウスは明らかな関心を示した。


「大聖堂が供給する魔力は、魔導石を通して各浮島へと送られる。つまり、魔導石こそがこの魔法都市を成り立たせている要と言っても過言ではないでしょう。我々は聖地中の魔導石の情報を収集していました。異端の方々は管理塔を手中に収めていましたから、その情報がかなり信用できる――そして、詳細なものであるということは理解してもらえるはずです。もちろん、その情報だけでは我々には使いようがありませんでした。何せ、カルムにおいて最高度の魔法システムですからねぇ。外から呼び寄せた魔術師に聞いてもさっぱりでしたよ。ですが、あなた方なら上手に使えるのではないですか?」


「そうかもな」


 ルビウスは不敵に笑った。


「モモさんに力を貸していただけるのなら、情報の全てをお譲りします」と、僕へと顔を向けて二代目は言った。


「こいつに?」

 ルビウスは意外そうな顔をした。僕にしても、それは思いがけないことだった。


「いずれにしろ、モモさんの情報がなければ話は前に進まない。そうでしょう?」


 ルビウスは顎に手を置き、目を細めて二代目を見る。二代目は害意など微塵も感じさせないつぶらな瞳を返した。


「その切札とやらはどこにある。商館は大聖堂の管理下に入ってしまったぞ」


「もちろんその対策はとってあります。報石に記憶させ、隠していますよ。もっとも、誰かの力がなければ私などでは取りには行けない場所に、ですが」


 ルビウスはしばし沈黙した。それに対する二代目は相変わらず胸の内を覗かせない、とぼけた表情をしていた。無言だが、二人の間で戦いが繰り広げられているのは明らかだった。


「……いいだろう。情報の共有を認めよう」

 しばらくして、あくまでも上からルビウスは言った。


「モモさんもそれでよろしいですか?」


 ルビウスの気が変わらないうちに話をまとめたいのだろう。二代目は間髪入れずに僕に訊ねる。


「ああ……不本意だがな。だが、また表の僕が邪魔をしてきたら僕にはどうしようもない」


「その時は先ほどの予定を実行するまでだ」

 ルビウスは椅子から立ち上がった。それから、フッと口元を緩める。「まあそう怖い顔をするな。手を組むと決めた以上は貴様に危害など加えないさ」


「信用できると思うのか」


「それもそうだ。では、そうだな……お近づきの印にプレゼントを贈呈しよう」

 そう言うと、ルビウスは懐から布に包まれた何かを取り出した。花冠だった。


「何だこれは?」


「聖週間の花冠という奴だ。ジュノーからもらった。ジュノーは妹からもらっていた。人に渡すのが礼儀なのだろう? だから貴様にやる。ありがたく受け取るがいい」


「ふざけるな」

 突き返したが、ルビウスはひらりと僕の手を避け、ひょいと魔法陣の描かれた布の上に飛び乗った。


「では、少し待っていろ。パトロンに話をつけてくる」


「パトロン?」


「オレたちに出資してくれる奴がいてな。と言っても今朝からの関係だが。おかげで魔石の調達に苦労しない」


 ワーミーに手を貸している奴がいるだと? 


「何者だ?」


 僕の疑問に答える前に、ルビウスは転移をした。

 どこまでも自分勝手な奴だ。


 部屋の中を沈黙が支配する。僕はベッドから立ち上がる。足の損傷は既に修復されており、歩くことができた。爆撃を受けた傷も癒えている。さすがは大聖堂の庇護魔法だ。これを失うことは、さながら平和喪失の宣言と同義ではないだろうか。人並みの人生などとてもじゃないが送ることはできまい。

 窓を塞ぐ板を破ろうとした。だが、どうしたことか。僕の拳は板を打ち抜くことができなかった。


「無駄だよ」と、カルミルが言った。「僕でも破れなかった。どうやらワーミーの魔法がかけられているらしい。僕たちはここに監禁されているわけだ。この人の交渉が無ければ、彼らの良いように使われていただろうね」


 カルミルは二代目を見る。


「交渉は得意なんですよ、ええ」と、二代目は照れ臭げに頭を掻いた。


 僕は二代目へと向き直る。洗礼を受けていないこの男は大聖堂の庇護魔法の対象外にある。そのため、肩の怪我は治っていなかった。ジュリアが応急措置をしたのだろう、肩には包帯が巻かれていた。


「なぜ、あんなことを言った? 僕に手を貸すような真似を……何を企んでいる?」


 二代目はゆっくりと顔を上げ、僕と目を合わせた。


「あなたは私の命を救ってくださいました」


「何?」


「爆撃に晒される中、私を抱きしめてくださった。母が子にするように――優しい温もりで包み込んでくださったのです! 私など盾にして、自分の身を護ることを第一と考えるべき状況なのにも関わらず!」


「そうすればよかったと思っているよ」


「おかげで目が覚めました! この透き通る青空のような清々しさ……まるで若きあの頃に戻ったようです……! 商人となり、欲望の歪んだ光のために私の目はすっかり眩んでいました。あなたの慈愛が私の中の悪しき心を拭い去ってくれたのです! 愚かな私はようやく気づくことができましたよ。他者を想う心こそが、私に必要なものだったのです!」


 それから、二代目は怪我のために動かない腕を無理に動かし、僕の手をしっかりと握り締めた。


「あなたに救われたこの命、あなたのためにお使いしましょう!」


「よかったな。頼もしい仲間が増えた」

 そう言うと、カルミルは僕の肩を叩いた。


「いらん」

 僕はそう言って、二代目の手を振り払った。


 手に握っていた花冠を見つめる。

 聖週間の花冠と言っていたな。確か、人に渡すとお守りになるとか言う話だったか。幸福の譲渡ができるのなら、呪いの譲渡もできるのかもな。


 僕はジュリアに花冠を差し出した。


「え?」

 ジュリアはきょとんとして花冠を見つめ、それから僕の顔を見る。


「お前にやる」


「……ありがとうございます!」


 心底から嬉しそうに、ジュリアは笑った。僕の呪いが詰まっているのを知らずに、愚かな奴だ。


「よく似合うよ」


 年相応の少女のように無邪気に花冠を被るジュリアを、カルミルが褒めた。孤児と審問官。いや、元孤児と元審問官、か。こいつらに本当に未来があるのかは分からない。だが、たとえどんな悲惨な道であろうとも、この二人は歩いて行くのだろう。手を繋ぎ、互いに支え合いながら。

 まあ、歩き続けていればどこかには辿り着けるだろう。そしてそこがどんな場所だろうとも、この二人ならやっていける。だってそうだろう。二人とも、悲惨にはもう慣れっこのはずだから。この聖地の外で、せいぜい苦労するがいい。


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