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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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聖地転覆計画

 すぐにルシエルがやって来た。さすがは従騎士、あの数の商兵をさして怪我無く突破してきたらしい。むしろトラップの方にてこずったそうだが、おかげで商兵たちも追ってこれなくなったようだ。彼らはトラップの詳細を知らされていなかったのだろう。


 孤児たちを確認すると、相変わらず眠っていた。


「こいつらは大聖堂が保護するはずだ。もうここには用はない」


 僕がそう言うと、ルシエルはコクリと肯いた。


 二代目のところにまで戻る。彼は虚空を見つめ、へらへらと笑いながら揺動していた。こいつが向かっていたのは、倉庫の奥にある隠し部屋だった。小型の昇降機があり、そこから外へと逃れることができるようになっているらしい。


 僕は二代目の後ろ襟を掴んで引きずりながら、隠し扉をくぐった。部屋の中は中心に昇降機があるだけの小さな空間だった。昇降機は下りていたので、小さな魔法陣を発動し、上昇させる。その間に、ルシエルが扉を閉め、二人で二代目に向き直った。


 爆撃は依然として続いている。鐘の音がいつ鳴るのかも分からない。

 手短にしなければ。


 二代目の頬を叩く。


「聞け。ジュノーの話をした時、お前は何かを隠した。異端信仰者たちは市民を狙っている――。奴が残した言葉の意味を、お前は知っているのか?」


「ええ……知っています……」

 寝言のようなぼんやりとした調子で、二代目は言う。


「何を知っている」


「異端たちの……とある計画について……です」


「計画だと?」


「今晩です……。徹夜祭での儀式の継ぎ目に……深夜を示す鐘が鳴るはずです。それが始まりです……」


「深夜の鐘……」と、ルシエルが呟いた。


「徹夜祭は三つの儀式で構成される。最初は知の儀。そして深夜の力の儀。最後に律の儀……。通常、この聖地で鐘は朝昼夕の三度鳴らされるが、今日は一年で唯一、鐘が四度鳴らされる日なのだ。その四度目の鐘こそが、力の儀で鳴らされる、深夜の鐘だ」と、僕は言った。


「この聖地には今……記憶をなくしているだけの異端信仰者たちが山ほどいます……。彼らは……無理やりに異端としての意識を植え付けられ……洗脳によりその事実を忘れているのです……。異端信仰者たちは数年に渡り、自分たちの仲間を増やしていました……」


「大聖堂の目を逃れてか? そんなことが可能なのか」


「審問官を利用したのです……。審問という場で、強制的に異端の教義を植え付ける……」


「審問……?」


 呟く僕を、ルシエルが見る。


「自覚はないのか?」


「知らない……僕は何も……」


「審問官たちには人格を入れ替えるタイミングで、少しずつ改造を施したと言っていました……。審問官を異端信仰者に変えることは不可能だそうですが……審問の内容に影響を与えることは可能なのだそうです……。それにより、審問官たちは無意識の内で異端を増やす洗脳を行っていた……」


「馬鹿な……!」


 僕が異端に加担していただと……?

 そんな馬鹿なことがあるはずがない……。


 そういえば、カルミルも似たようなことをしていた……。審問を利用し、孤児たちの権利を確保しようと……。すぐに異端たちに嗅ぎつけられたそうだが、それは奴らが審問を受けた者たちを管理していたからだったのか……?


「審問を受けた市民たちは次々に異端予備軍にされていったと」


 僕の頭にポンと手を置き、ルシエルは言った。今は忘れろ、と言われたように感じた。僕は彼の手を振り払うと、頭を振る。


「今夜の鐘を聞き、そいつらが一斉に異端に目覚めると。それが異端たちの計画か」と、僕は言った。


「聖地転覆計画と……彼らは言っていました……」


「聖地の転覆……」


「長老たちの手から聖地を奪還する……それが彼らの目的です……」


「その話をお前に教えたのは誰だ」


「半分は集会を盗み聞きして得た情報ですが……もう半分は例の彼――いや彼女……ジュノー・オブライエンから聞きました……」


 やはりジュノーはかなり異端についての情報を得ていた。奴らの目的まで把握していたのだ。そのカードを使えば、大聖堂とも交渉できたはずだ。

 だが、奴はあっさり捕まった。その結果、むざむざ妹を大聖堂に与えることになってしまった。目論見が外れたといえばそれまでだが、本当にそんな単純な話なのだろうか……?


「その計画が実行されたら、成功するにしろ失敗するにしろ、聖地は大混乱に陥る。その隙にお宝と私聖児を外に持ち出すつもりだったんだな」 


 二代目はコクリと肯く。それがこいつらの本当の目的か。


 その時、外から大きな音がして、辺りが揺れた。倉庫の天井が崩落を始めたのだろう。長居は無用か。


「そろそろ逃げた方がいい」と、ルシエルが言った。


「そうだな」


 しかし、もう一つだけ気になっていたことを思い出す。


「異端たちが飼っている怪物について、お前は何か知っているのか?」


 先ほどこいつが見せた反応が気になっていた。


「オブライエン氏によれば……その信者の正体は誰も知らないとのことでした……。しかし……教戒師や市民を操るその能力は……審問官と同じもの……。審問官たちの活動記録を調べてみても……任務時間に異端集会に参加できるような者はいなかったと……。そこで……元審問官ではないかと考えたようです……」


「元審問官だと? だが、審問官は役目を終えた時、その人格が消されるはずだ」


「人格が戻ることはないのか?」と、ルシエル。


「本来はありえないはずだ……が」

 腕を組み、思案する。「可能性があるとするなら、同一化していた場合だ。それにより人格の削除が行われず、審問官の記憶を保持したままでいられたとしたら……」


「心当たりはあるか?」


「いや……」

 僕は頭を振ると、二代目を見る。


「オブライエン氏は一人だけ心当たりがあるそうでした……」


「誰だ」


「ヴィクトリア・ウィンストン氏です……」


「何だと?」


「彼女は……先代の審問官グレンです……」


「先代……?」


「審問官は代々その名を受け継いでいるようです……。一部の記憶とともに……。当然、あなたも……」


 知らなかった。だが、腑に落ちるところもある。ジュノーの記憶にもあった、「新たなグレンの誕生だ」という言葉。ある一定の時期が来ると審問官の人格は消去され、別の人間が成り代わる。そうやって聖地の規律は保たれてきたのだ。僕が持っている記憶の中にも、先代のモモから受け継いだものがあるのかもしれない。


 異端が飼っている怪物はヴィクトリアなのか。「グレン」が最強の審問官の称号だとすれば、ヴィクトリアの力はジュノーに匹敵するものなのかもしれない。奴が同一化しているとすれば、審問官時代の記憶、能力をそのまま保っていることになる。怪物と呼ぶにふさわしい。


 ヴィクトリアの姿は市民にも見える。だとすれば、目撃された審問官姿の人物とは……ヴィクトリアではないのか。異端に染まった奴は口封じとしてジュノーを壊したのだ。大聖堂からの指示で商会と商売をしつつ、異端として大聖堂を裏切っていた……。さすがは都市ギルドの頂点に君臨する女。奴もこの二代目と同じ人種なのだ。


「もういいな?」

 ルシエルはそう言うと、二代目の襟を掴み、強引に立たせた。「こいつは俺がもらう。商会が聖地で何をしていたのか、そして聖地の実態を王都で証言してもらう」


「好きにしろ」と、僕は言った。

 それから、昇降機の様子をうかがう。「一人用のようだ。まずは僕から――」


 振り返ると、ルシエルがジッと僕を見ていることに気が付いた。


「何だ?」


「いや、君も証言をしてくれたらありがたいと思ってね」


「不可能だ。僕は大聖堂に従属する者。大聖堂の意に反する証言などできるはずがない」


「しないじゃなくてできない、か」


「同じことだ」


「全然違うよ」


 僕は舌打ちをすると、彼に背を向けた。「そもそも僕はこの聖地から出ることができない。残念だったな」


「出られるようになったらいいのか?」と、ルシエルは意外そうに言った。


「仮定の話はどうでもいい。まずはここから出なければ――」


 振り返ると、扉が開いていた。一人の男が僕たちのことを見つめている。


「誰だ!」


 僕が言った途端、ルシエルはバッと振り向き、剣を抜いた。


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