聖地転覆計画
すぐにルシエルがやって来た。さすがは従騎士、あの数の商兵をさして怪我無く突破してきたらしい。むしろトラップの方にてこずったそうだが、おかげで商兵たちも追ってこれなくなったようだ。彼らはトラップの詳細を知らされていなかったのだろう。
孤児たちを確認すると、相変わらず眠っていた。
「こいつらは大聖堂が保護するはずだ。もうここには用はない」
僕がそう言うと、ルシエルはコクリと肯いた。
二代目のところにまで戻る。彼は虚空を見つめ、へらへらと笑いながら揺動していた。こいつが向かっていたのは、倉庫の奥にある隠し部屋だった。小型の昇降機があり、そこから外へと逃れることができるようになっているらしい。
僕は二代目の後ろ襟を掴んで引きずりながら、隠し扉をくぐった。部屋の中は中心に昇降機があるだけの小さな空間だった。昇降機は下りていたので、小さな魔法陣を発動し、上昇させる。その間に、ルシエルが扉を閉め、二人で二代目に向き直った。
爆撃は依然として続いている。鐘の音がいつ鳴るのかも分からない。
手短にしなければ。
二代目の頬を叩く。
「聞け。ジュノーの話をした時、お前は何かを隠した。異端信仰者たちは市民を狙っている――。奴が残した言葉の意味を、お前は知っているのか?」
「ええ……知っています……」
寝言のようなぼんやりとした調子で、二代目は言う。
「何を知っている」
「異端たちの……とある計画について……です」
「計画だと?」
「今晩です……。徹夜祭での儀式の継ぎ目に……深夜を示す鐘が鳴るはずです。それが始まりです……」
「深夜の鐘……」と、ルシエルが呟いた。
「徹夜祭は三つの儀式で構成される。最初は知の儀。そして深夜の力の儀。最後に律の儀……。通常、この聖地で鐘は朝昼夕の三度鳴らされるが、今日は一年で唯一、鐘が四度鳴らされる日なのだ。その四度目の鐘こそが、力の儀で鳴らされる、深夜の鐘だ」と、僕は言った。
「この聖地には今……記憶をなくしているだけの異端信仰者たちが山ほどいます……。彼らは……無理やりに異端としての意識を植え付けられ……洗脳によりその事実を忘れているのです……。異端信仰者たちは数年に渡り、自分たちの仲間を増やしていました……」
「大聖堂の目を逃れてか? そんなことが可能なのか」
「審問官を利用したのです……。審問という場で、強制的に異端の教義を植え付ける……」
「審問……?」
呟く僕を、ルシエルが見る。
「自覚はないのか?」
「知らない……僕は何も……」
「審問官たちには人格を入れ替えるタイミングで、少しずつ改造を施したと言っていました……。審問官を異端信仰者に変えることは不可能だそうですが……審問の内容に影響を与えることは可能なのだそうです……。それにより、審問官たちは無意識の内で異端を増やす洗脳を行っていた……」
「馬鹿な……!」
僕が異端に加担していただと……?
そんな馬鹿なことがあるはずがない……。
そういえば、カルミルも似たようなことをしていた……。審問を利用し、孤児たちの権利を確保しようと……。すぐに異端たちに嗅ぎつけられたそうだが、それは奴らが審問を受けた者たちを管理していたからだったのか……?
「審問を受けた市民たちは次々に異端予備軍にされていったと」
僕の頭にポンと手を置き、ルシエルは言った。今は忘れろ、と言われたように感じた。僕は彼の手を振り払うと、頭を振る。
「今夜の鐘を聞き、そいつらが一斉に異端に目覚めると。それが異端たちの計画か」と、僕は言った。
「聖地転覆計画と……彼らは言っていました……」
「聖地の転覆……」
「長老たちの手から聖地を奪還する……それが彼らの目的です……」
「その話をお前に教えたのは誰だ」
「半分は集会を盗み聞きして得た情報ですが……もう半分は例の彼――いや彼女……ジュノー・オブライエンから聞きました……」
やはりジュノーはかなり異端についての情報を得ていた。奴らの目的まで把握していたのだ。そのカードを使えば、大聖堂とも交渉できたはずだ。
だが、奴はあっさり捕まった。その結果、むざむざ妹を大聖堂に与えることになってしまった。目論見が外れたといえばそれまでだが、本当にそんな単純な話なのだろうか……?
「その計画が実行されたら、成功するにしろ失敗するにしろ、聖地は大混乱に陥る。その隙にお宝と私聖児を外に持ち出すつもりだったんだな」
二代目はコクリと肯く。それがこいつらの本当の目的か。
その時、外から大きな音がして、辺りが揺れた。倉庫の天井が崩落を始めたのだろう。長居は無用か。
「そろそろ逃げた方がいい」と、ルシエルが言った。
「そうだな」
しかし、もう一つだけ気になっていたことを思い出す。
「異端たちが飼っている怪物について、お前は何か知っているのか?」
先ほどこいつが見せた反応が気になっていた。
「オブライエン氏によれば……その信者の正体は誰も知らないとのことでした……。しかし……教戒師や市民を操るその能力は……審問官と同じもの……。審問官たちの活動記録を調べてみても……任務時間に異端集会に参加できるような者はいなかったと……。そこで……元審問官ではないかと考えたようです……」
「元審問官だと? だが、審問官は役目を終えた時、その人格が消されるはずだ」
「人格が戻ることはないのか?」と、ルシエル。
「本来はありえないはずだ……が」
腕を組み、思案する。「可能性があるとするなら、同一化していた場合だ。それにより人格の削除が行われず、審問官の記憶を保持したままでいられたとしたら……」
「心当たりはあるか?」
「いや……」
僕は頭を振ると、二代目を見る。
「オブライエン氏は一人だけ心当たりがあるそうでした……」
「誰だ」
「ヴィクトリア・ウィンストン氏です……」
「何だと?」
「彼女は……先代の審問官グレンです……」
「先代……?」
「審問官は代々その名を受け継いでいるようです……。一部の記憶とともに……。当然、あなたも……」
知らなかった。だが、腑に落ちるところもある。ジュノーの記憶にもあった、「新たなグレンの誕生だ」という言葉。ある一定の時期が来ると審問官の人格は消去され、別の人間が成り代わる。そうやって聖地の規律は保たれてきたのだ。僕が持っている記憶の中にも、先代のモモから受け継いだものがあるのかもしれない。
異端が飼っている怪物はヴィクトリアなのか。「グレン」が最強の審問官の称号だとすれば、ヴィクトリアの力はジュノーに匹敵するものなのかもしれない。奴が同一化しているとすれば、審問官時代の記憶、能力をそのまま保っていることになる。怪物と呼ぶにふさわしい。
ヴィクトリアの姿は市民にも見える。だとすれば、目撃された審問官姿の人物とは……ヴィクトリアではないのか。異端に染まった奴は口封じとしてジュノーを壊したのだ。大聖堂からの指示で商会と商売をしつつ、異端として大聖堂を裏切っていた……。さすがは都市ギルドの頂点に君臨する女。奴もこの二代目と同じ人種なのだ。
「もういいな?」
ルシエルはそう言うと、二代目の襟を掴み、強引に立たせた。「こいつは俺がもらう。商会が聖地で何をしていたのか、そして聖地の実態を王都で証言してもらう」
「好きにしろ」と、僕は言った。
それから、昇降機の様子をうかがう。「一人用のようだ。まずは僕から――」
振り返ると、ルシエルがジッと僕を見ていることに気が付いた。
「何だ?」
「いや、君も証言をしてくれたらありがたいと思ってね」
「不可能だ。僕は大聖堂に従属する者。大聖堂の意に反する証言などできるはずがない」
「しないじゃなくてできない、か」
「同じことだ」
「全然違うよ」
僕は舌打ちをすると、彼に背を向けた。「そもそも僕はこの聖地から出ることができない。残念だったな」
「出られるようになったらいいのか?」と、ルシエルは意外そうに言った。
「仮定の話はどうでもいい。まずはここから出なければ――」
振り返ると、扉が開いていた。一人の男が僕たちのことを見つめている。
「誰だ!」
僕が言った途端、ルシエルはバッと振り向き、剣を抜いた。




