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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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爆撃


「狂乱が地上を覆い尽くす。湖が開かれ、聖女は帰還する」


 呟くように、僕は言った。

 誰かの腹の音が鳴った。それはまるで大聖堂の鐘の音のように、やけに大きく聞こえた。


 二代目がポツリと呟く。「何ですか、それは?」


「グレン……ジュノーの言葉だよ。僕にも意味は分からない」


「他には?」


「都市に住む者は異端信仰者たちに狙われている……だったか」


「ふむ」

 二代目は顎に手を当てる。


「何か知っているのか」


「どうでしょうねぇ」


 二代目の言葉は、心なしか冷たく聞こえた。愛想笑いは浮かべていたが、その奥の目は笑っていない。望む情報が引き出せないことに苛立っているのだろうか。


「あとは……そうだな。僕もいつか、本当の自分を知るときが来る。僕らは表裏で同じ人間だということを忘れるなとも言っていたか」


「私は約束通り、あなた方の望む情報を提供しました。こちらも同等のものを頂けなくては、満足な取引とは言えません」


「そう言われてもな。こちらとしても、それらしい情報を与えているつもりだ。グレンのくだらないのろけ話が聞きたいのなら話してやるが」


 僕がそう言うと、ルシエルはクックッと笑った。


「ふふ、まあそうでしょうねぇ。ええ」


 二代目は机に手を突き、立ち上がる。それから、パチンと手を叩く。


 すぐにドアが開き、武器を持った男たちが入って来た。商兵たちだ。怖い顔をした男たちに囲まれては、震えあがってやるしかない。


「ルシエルさんが最初に言っていましたね。我々は時間切れを待っていればいいと。実際、その通りです。これから大聖堂の鐘が鳴ります。それはもう美しく厳かで慈愛に満ち満ちた鐘が鳴ります。ルシエルさんは洗脳されてしまうでしょう。私たちはルシエルさんの協力を仰ぎ、モモさんに洗脳を施します。聖典についてだけじゃない、あなたの持つ情報を洗いざらい吐いていただきます」


「なるほどね。俺を使うつもりだったのか」と、ルシエルは腕を組んだ。


「あなたの紫色魔法は相当のものですからね。それに、他にも特別な力をお持ちのようだ。どうです? 商会に来ませんか。我々はあなたの能力を高く評価しますよ。この国よりもね、ええ」


「大胆な勧誘だな。だが悪いね。俺は商会ってのが嫌いでね」


「同じく」


「ずいぶんと仲がよろしいようで」


「回りくどい真似をする。最初から拘束しておけばよかったものを」


「先も言ったように、私はあなた方のファンなんです。あなた方が必要とするであろう情報は提供しました。さあ、この状況から大聖堂や我々を成敗し、あなた方の正義を貫いてください。それができないと言うのなら……正義は敗れた、それだけのことです」

 嘆かわし気に、二代目は頭を振る。「やれやれ、見たかったんですけどねぇ。正義が為されるその瞬間を」


 僕はルシエルへと顔を向ける。彼は胸に魔砲を突き付けられていた。少しでも動けば心臓を吹っ飛ばされるだろう。すると、僕の顔の前で二本の刀が交わり、首に突き付けられる。


「動くな」と、背後から冷たい声がした。


「動けると思うか?」


「同じく」と、ルシエルが言った。


「申し訳ありません、部下たちが手荒な真似を。ですが、今しばらくの辛抱です。さあ、みんなで鐘の音を聞きましょう。あれはいいものです。心が洗われるような気になります」


「悪いが、今回は遠慮させてもらうよ」と、ルシエルは言った。


「武器どころか魔石すら持たないあなたに一体何ができると――」


 瞬間、ルシエルは全身から紫煙を噴出した。


「馬鹿な!」、男たちが声を上げる。


 カチカチ、と音がした。魔砲の引鉄を引く音――そして、無色魔法による魔法の無効化を示す音だった。


 魔石を使わずに魔法を発動した? そんなことができるのは、体内に魔力器官を備えた魔法生物だけのはずだが……。ルシエル、こいつは一体……。


 いや、今はそんなことよりも。


 僕は素早く顔前の刀を掴むと、グイッと力を込めて下ろした。体勢を崩した二人の男を、すかさずルシエルが殴り飛ばす。僕とルシエルはテーブルの上に乗った。この場にいる者たちに洗脳されるような雑魚はいないようだった。だが、紫煙は目くらましとしても有用だ。同士討ちを恐れ、向こうは慎重になる。


「二代目を押さえろ!」と、ルシエルが叫んだ。


 言われなくとも。

 僕は煙の中、二代目を見据える。しかし、周囲に奴の姿はなかった。


 視界の端に、赤い光が見えた。ハッとして見ると、二代目がいた。義眼の左目が赤く発光している。この光景を大聖堂に送っているのだ。

 僕に気がつくと、二代目は脱兎のごとく逃げ出した。屈強な男に守られ、ドアの外へと出ようとする。


「逃がすか!」


 ルシエルは咄嗟に正面の男を掴み上げ、放り投げる。屈強な男の背中に当たり、前方につんのめった。二代目は男とドアに挟まれた。


「追うぞ!」


 僕めがけて振り下ろされた棍棒を腕で防ぎ、ルシエルは言った。

 しかし多勢に無勢、この狭い空間ではまともに身動きが取れない。誰かに腹を殴られる。殴り返すが、今度は頭に衝撃が走る。くらりとする間もなく、拳が飛んでくる。ルシエルも似たような状態だった。まずい、このままでは数に押し潰される――。


 その時だった。

 突如、壁の方で激しい爆発が起きた。商兵たちは吹き飛び、反対の壁に激突する。


「何だ――?」


 誰ともなく同じことを呟いた。しかし、その後も続く爆発を見て、理解した。商館が外から爆撃を受けているのだ。


「教戒師だ!」と、外を見た男が叫んだ。「教戒師たちに取り囲まれてるぞ!」



 これは一体、どういうことだ? 

 商会と大聖堂は敵対していると見せて、裏で繋がっていた。なのに爆撃を始めたということは――。


 僕は二代目を見る。しかし、既に奴の姿はなかった。逃げられた。


 瞬時に状況を把握したのだろう。「行け!」と、ルシエルが僕の腕を引っ張り、半ば投げ込むようにしてドアの方へと押した。爆撃は男たちの注意力を乱すには十分だった。僕は肩から男たちの壁に突っ込み、何とか突破した。



 僕が待合室に出るのと、ドアの横で待ち構えていた屈強な男が鈍器を振り下ろすのはほぼ同時だった。


 間一髪で一撃を避けると、僕は鈍器を踏みつけ、男の目に指を突き刺した。しかし急所への攻撃にも関わらず、男は悲鳴さえ上げず、そのまま強引に鈍器を振り回した。思わぬ反撃で体勢が崩されたところに、肩に強烈な一撃を受け、僕は弾き飛ばされた。壁に叩きつけられ、長椅子に落ち、そのまま床へと倒れ込む。

 男は目を抑えながらも、床に転がる僕に接近する。そして再度鈍器を振り上げた。僕は咄嗟に長椅子を掴むと、強引に壁から引きはがした。そのまま振り回し、男の足を払う。男は無様に床に倒れた。間髪入れず、男の顔面へと拳を振り下ろす。男の顔が床にめり込んだ。そのまま床に大きな穴が開き、男は下の階へと落ちて行った。


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