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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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二代目という男

 部屋を出ると、階段を上らされる。男たちに囲まれ、頬を掻くことさえできない。わずかでも歩速を緩めようものなら、複数人に同時に背中を押され、肩をぶつけられ、尻を蹴られた。大の大人が寄ってたかって女の子を虐めてどうする。


 馬鹿どものことなどこれ以上考えたくないから、別のことを考えることにする。頭痛についてだ。 


 活動限界の頭痛とは、要は肉体の悲鳴だ。一人の人間に無理やりもう一つの人格をぶち込んだりしたものだから、いつかは限界が来るのは当然だ。その時期には個人差があるようで、僕は他の審問官たちよりも早く限界が訪れた。

 ある時期から、長時間の任務の途中で頭がぼんやりとするようになって来た。それが激しい痛みに変わるのにさほど時間はかからなかった。僕という異物に、肉体が反発をしているのだ。早く出ていけと言っている。


 だが、今日の頭痛はいつものものとは質が違った。ジュノーの審問中、ワーミーどもからの尋問中。やけにおかしなタイミングで頭痛が起きるとは思っていた。そして決定的だったのが先ほどの背信者どもの断罪中だ。表の僕が、僕の口を使ってカルミルに同一化の方法を教えていた。肉体の本来の持ち主の特権なのかは知らないが、彼女は僕に干渉することができるらしい。恐らくだが、今日の頭痛は彼女が意図的に起こしたものなのだろう。

 ジュノーの審問中に起きたのは、奴を痛めつけるのを阻止するためだろう。ワーミーどもからの尋問中に起きたのは、僕の口から奴らへ情報が流れるのを防ぐためか。そういえば、そのようなことをルビウスが言っていた気がする。


 同じ脳を共有しているのだから、彼女は僕の考えを読むことができるのかもしれない。何を考えているのかは分からないが、そこには審問官に対する反発があるように思える。


 そしてもう一つ。

 あの夢は何だったのだろう。不思議な本だった。誰かが読ませてくれた……。いや、それが誰なのかは分かっている。あの人だ。 

 おぼろげな意識の中で、僕はあれを僕の記憶ではないと思った。夢なのに記憶とは変な話だが……そうとしか思えなかった。

 あの時、僕の頭の中では記憶の消去が行われていた。その過程で意識の混濁が起きてしまったのだろうか。だとするなら、あれは表の僕の記憶か……? 


 分からないことだらけだが、表の僕が何らかの秘密を握っているのは確かなようだ。自分自身を審問する術がない以上、真相に迫るのは難しいと言わざるを得ない。



 最上階は7階で、一つのドアしかなかった。男がノックすると、内側からドアが開けられた。

 ドアを開けたのは華奢な男で、頭の切れそうな顔をしていた。眼を細め、しばし僕を観察する。こいつが二代目か。なるほど、いかにも細かいことをごちゃごちゃと考えていそうな奴だ。


「どうぞ」と、華奢な男は言った。


 僕たちは中に入る。

 部屋の奥にはまたドアがあった。ここは待合室のようなところらしい。壁際に長椅子があり、用心棒らしき男たちが座っていた。

 商兵たちに背中を押され、僕は一人で部屋に入った。すると、背後で華奢な男がドアを閉めた。そのまま華奢な男に先導される形で正面のドアへと向かった。男はドアをノックする。こいつは二代目ではないらしい。


 ドアを開けたのは、屈強な肉体をした男だった。油断の欠片もない険しい眼差しで僕のことを検分している。こいつが二代目か。なるほど、手練れの商兵たちを従えるには十分な力を持っていそうだ。


 すると男は、「入れ」と言った。

 中には僕だけが通される。


 部屋の中はさすがは商館長といったところで、なかなか瀟洒に飾られていた。床には厚い絨毯が敷かれていて、革張りの長椅子がテーブルを挟んで向き合っている。壁にはタペストリーや絵画、器や彫像など様々な美術品が並べられていた。


 長椅子に男が腰掛けていた。小柄な男で、しきりに額の汗をハンカチで拭っている。へらへらと媚びるような笑みを、向かい合って座る男に向けていた。ルシエルだった。ルシエルは振り返って僕を見て、肩をすくめる。


「お待ちしておりました」と、小柄な男は言った。


「お前が二代目なのか?」と、僕は言った。


「ええ、そうです。不肖ながら、先代より商館長の座を引き継がせていただいている者でございます」

 それから、深く頭を下げる。「部下たちに何か失礼がありましたら謹んでお詫び申し上げます」


 意外だった。


 数々の特権を大聖堂に認めさせるその剛腕ぶりから、もっと我の強そうな男を想像していた。前の二人の方がよっぽどそれらしい。

 ペコペコと小さなお辞儀を繰り返すその姿はどう見ても小心者以外の何者でもなく、とてもではないが大聖堂と渡り合っている男とは思えない。人を使うよりかは、使われる側の人間に見える。本当にこいつが二代目なのか?


「どうぞお座りください、異端審問官のモモさん。今、ルシエルさんにもご着席いただいたところです」


 背後から突かれる。僕はルシエルの隣に腰を下ろした。


「これを被っていたそうです」


 屈強な男は仮面を二代目に見せた。


「返してあげてください。商人の情けです」


 すぐに男は僕に仮面を差し出した。受け取り、顔につけた。呼吸器から煙を吸い込む。

 男は二代目に顔を寄せ、何かを耳打ちした。


「そうですか」と、二代目は答えた。「やはり彼は去ってしまいましたか」

 顔の前で腕を組み、重い息を吐く。


「ご安心ください、モモさん。ルシエルさんにも言いましたが、あなたの望む情報は全てご提供します」


「ずいぶんと物分かりがいいんだな。見返りに下の舟を見逃せと言っているみたいに邪推してしまう」と、僕は言った。


「まあ、そういうことですね。あなた方の事情は理解しております。鐘の音が鳴る前に聖地の闇を暴かなければならない。結構なことです。我々としてもね、この最後の取引さえ成立させることができれば、後はどうなろうと構わないのですよ」


「最後……か。やはりこの聖地から出ていくつもりなんだな」


「きな臭くなってきましたからね、さっさと逃げるのが一番です。私は鼻が利くんですよ」


「取引は潰す。情報だけ渡してもらう――と、言ったら?」

 試すように、僕は言った。


 二代目は微笑むと、自分の左目に指を当てた。そして瞼を大きく開くと、眼球を掴んだ。ゆっくりと眼球が目の奥から取り出された。義眼だったのだ。


「こういうのもあります」


 二代目は僕たちに眼球を晒した。白目の部分に円環状に細かく文字が刻まれていた。


「教戒師の目か」


「はい、そうです。今は魔力を切っていますが、陣を発動すれば大聖堂と共有されます」


「良い趣味してるな」と、ルシエルが息を吐く。


「下の舟を見られて具合が悪いのは貴様らも同じではないのか? あの子供たちをどう説明するつもりだ」と、僕は言った。


「大聖堂とは懇意にさせていただいていますからね。どうとでもなりますよ」


「こちらが不利なのは明白だ。お前たちはここに俺たちを閉じ込め、鐘が鳴るのを待っていればいい。なぜ、取引を持ち掛ける?」と、ルシエルは訊ねる。


「私個人としては、あなた方に協力したいからですよ」


「どういう意味だ?」


 二代目は空っぽの目に眼球を詰めた。掌でぐりぐりと押し込むと、大きく二度瞬きをした。それから、何もなかったかのように手を組み、話し始める。


「私はね、ある国で従士をしていたことがあるんです。遠い昔の話ですけどね」


「見えないな」


「ええ、よく言われますよ。もちろんてんでヘボでしたけどね。とても騎士どころか従騎士にさえなれないだろうってなもんで、すぐに諦めちゃったんですけどね。いやお恥ずかしい」

 と、二代目は後退の始まっている額に手を当てた。


「だからってわけではないですが……あなた方みたいな正義漢を見るとね、若き日の猛りと言いますか、情熱ってやつを思い出してしまうんです。私はね、見たいんですよ。正義が為されるところをね。大聖堂は悪どいですよ。人身売買、市民の洗脳、審問という名の暴力、劣悪な魔石による市場の破壊……諸々、数え上げて行けば枚挙にいとまがありません。彼らがやっていることは間違っている。ええ、そりゃもう。あなた方に勝ってほしいと思っていますよ」


「大聖堂が間違っていると思うのなら、自分で告発する気はないのか?」と、ルシエルが言った。


「ありませんよ」と、二代目はきっぱりと断言した。「私は商人ですよ? 誰がお得意様の悪口を言いふらすんですか」


 何という二枚舌だろうか。

 だが、恥も外聞もないその態度は、かえってこいつが嘘を言っていないと思わせた。どのみち僕たちの選択肢は決まっている。


「いいだろう、お前の話に乗ってやる」


 僕がそう言うと、ルシエルも頷いた。


「あなた方の望む情報はお渡しします。その代わり、あなた方にもこちらが求める情報を全て話していただきます。それでもよろしいですか?」


「そもそも、それが本題だろう?」と、ルシエルが言った。


「ええ、そうです」と、二代目は照れたような笑みを浮かべた。


「構わない」と僕は言った。


「では取引成立ですね」


 二代目はニコリと笑った。握手を求めたが、僕もルシエルも相手にしなかった。


「さて、どこから話しましょうかね。ではまず異端信仰者のみなさんと商会の関係からお話ししましょうか」


 そう言うと、二代目は一瞬視線を天井に向ける。考えをまとめているのだと分かる。すぐにまた僕らに目を戻すと、語り始めた。


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