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毎度バカバカしい転生を一席  作者: 日立かぐ市
徂徠豆腐における新しいサゲの発明
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 茶碗にもう一杯、おからを食べ終えた時だった。

 トントンと上品に戸を叩く音が聞こえたかと思うと、向こうから声がする。

「私、荻生徂徠おぎゅうそらいと申す者にござるが、ここに豆腐殿が越して来ていると聞いております。おられるでしょうか」

 その声を聞くと飛び上がるように豆腐屋が戸を開けて、一段大きな声で言う。

「おぉ!先生じゃねえか。心配していたけど、随分と顔色も良くなって、どうやら行き倒れたわけじゃなさそうだ」

 戸の向こうに立つのは荻生徂徠。とても行き倒れるような姿ではない。

 豆腐屋が言ったように肌艶はよく、着物には継ぎ接ぎなどは一つもなく生地に張りがあり上等なものにであることはホストにも一目でわかった。

「はい。突然長屋を去り、そればかりか大恩ある豆腐屋殿にこの様にご無沙汰をしてしまい申し訳ない。あれから柳沢吉保やなぎさわよしやす様に召し抱えられたのですが、ご存知でしょう、例の討ち入りの件で忙しく、この様に今日までご挨拶に伺えませんでした」

「いや、いいんだよ俺みたいなのにわざわざ挨拶なんて。やっぱり立派な先生だったんだな、召し抱えられるなんてよ。俺も鼻がたけえよ」

 柳沢吉保、五代将軍徳川綱吉の下で幕臣としてナンバーワンと言っても差し支えないほどの地位にあった人物。

 荻生徂徠はそのブレーンとして召し抱えられたのですから、大変な出世でございます。

「それよりも先生、討ち入りの沙汰にも関わっているって言うのか」

「あれがまた少々難しい問題で」

 荻生徂徠の顔は困ったというよりも、精根尽き果て疲れ切った、そんな顔でございます。

「難しいってどういうことだよ。あんな忠臣が元禄の、この太平の世になってもいるなんて大したもんじゃねえか。先生も通りを歩いて見てみねえ。お士なんて言うけどよ、今じゃ見てくれだけだ。腰に下げた大小も、重いからって代わりに竹光ぶら下げているのもいるっていうじゃねえか。さむらいの魂なんてどこかに置いてきちまった。それがどうだ、主君の仇を討とうと歯を食いしばって何年も耐えてきたんだ。出来ることじゃねえよ。ちっとも難しい事なんかねえよ。遠島は避けられねえかもしれねえけど、数年で赦免なんだろ」

 手順を踏めば仇討ちが認められていた時代でございます。相手が仇であれば、斬り殺したとしても罪とはならない。それどころか、仇討ちから逃げる方が咎められる時代。

 豆腐屋が言うように、庶民は赤穂浪士の沙汰が難しいものだとは考えていなかった。

「豆腐屋さん、あれは決して忠臣などではない」

 しかし荻生徂徠を始め、幕府方はそうは考えていなかった。

「なに言ってるんだよ先生。主君の無念を果たそうと討ち入りまで何年も時間をかけて貧乏して準備してきたって言うじゃねえか」

 驚いたのは豆腐屋だけじゃない。横で聞いていたホストもこれには驚いた。それでは忠臣蔵まで変わってしまうが、忠臣蔵よりホストが迷い込んだ徂徠豆腐のスジが変わるのだから驚かないわけがない。

「そうではございません。討ち入りというよりも、あれは襲撃。仇討ちではない。あやつらに義は一つもありません。賊と同じ。賊であれば死罪、打首以外はありえません」

「打首!?いくら学者先生だからって忠義がわからねえわけじゃねえだろう。あれが仇討ちじゃねえってことがあるか。浅野内匠頭ってのはいじめられていたんだろ、裏金をせびろうとしたとか、婦人を寝取ろうとしたって聞くじゃねえか」

 幕府に届け出た正式な仇討ちではございませんので、処分は下ることは避けられないのだが、士にとって同じ死刑であっても、打首と切腹はまるで別物。

 飽きるほど寄席に通ったホストだ、そんなことは百も承知。

(武士の魂、刀の長い方で仇討ちをしたから、今度は短い方の刀でもって切腹するもんだって説明するんじゃなかったっけ?そういう話だったよな、徂徠豆腐って。豆腐屋さんに武士の心得を説明して、切腹に納得してもらうっていう。赤穂浪士の切腹は法を曲げずに情けをかけたとか、そんな感じで。それに納得した豆腐屋さんも、先生は自腹を切って下さった、と返してサゲ。でもでも、打首になったら話変わっちゃわね?打首じゃあ首を切っちゃうんだから、自腹を切るとはならねえよな。でもでも、もしかしてこれって新しいサゲなんじゃね?っていうことは、これって誰かが高座でかけてるんじゃね?)

 しかしホストの関心事は、打首か切腹かではございません。この徂徠豆腐のサゲがホストの知らない方向へ向かいだしたことだ。

 徂徠豆腐のサゲを工夫しているのなら、ホストが迷い込んだ徂徠豆腐は本の中じゃない、今この瞬間に誰かが高座で演じている可能性がある。

(誰が高座でかけているのかわかんねえけど、もしかしてもしかして、新しいサゲ、新しい工夫が目の前で見れるってこと?それってゴリゴリにラッキーじゃね)

 生まれた瞬間からの、生来の陽キャだ。噺がおかしな方向へ進んでいるだとかサゲが成立しないんじゃないかとネガティブに考ることは微塵もなく、ホストは新しいサゲに向かっていることを喜んだ。

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