表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/18

15

 初回であるにも関わらず、熊五郎一行の通された座敷は素晴らしいものでございました。

 座敷には潮風が吹き込み波の音が聞こえる。

 現在とは違い埋め立てておりませんから海岸線はずっと近く、品川宿は海沿いにございます。

 つまり旅籠の裏はすぐに海。

 品川遊郭とは実に風情のあるところでございました。

 品川は遠浅の浜でございますから、アサリの他に海苔が有名でございました。浅草海苔というものがございますが、元々は品川で海苔の養殖が始まったことが浅草海苔の起源。

 細い煎餅に海苔を巻いたものを今でも品川巻と呼びますが、当時の品川は海の幸があり遊郭があり、現代風に言えばちょっとしたリゾートのようなものだったのでございましょう。

 まずははまぐりの吸い物が出て、次に茹でたタコを酢味噌で和えたぬた、たいのすっぽん煮。

 すっぽん煮とは申しますが亀のような、あのすっぽんは使われておりません。一度炒りつけた魚、特に白身魚でございますが、これを酒で煮る調理法をすっぽん煮と申します。

 さらには香物こうのもの、品川海苔の佃煮、木の芽田楽、飾り包丁を駆使した煮物と次々に出てくる。

 熊五郎一行は遊郭特有の非日常的な雰囲気に飲まれ、また芸者が弾く三味に載せられて、どんどんどんどん浴びるように酒を飲んでいく。

 飲めば飲むほど女郎は「流石!」「すごい!」と囃し立て、酒に飲まれて大きなことを言えば「知らなかった!」、そんな女郎の言葉にさらに調子に乗れば「そうなんだ!」と増々気分がよくなっていく。

 さらにはホストも血が騒ぎだす。ホストは熊五郎一行をおだて、どんどんどんどん飲ませていく。

 ホストは熊五郎一行に飲ませるだけでは飽き足らず、女郎や芸者に声をかけていい気にさせては酒を勧め、これまたどんどんどんどん飲ませていく。

 酒や料理を運ぶ水仕奉公みずしぼうこうへのケアも怠らない。感謝の言葉をかけ、わずかだが祝儀を渡しているせいでございましょう、混みあった遊郭だが酒が切れることがない。空になる前にどんどんどんどん持ってくる。

 宴席の誰もが楽しい一夜でございます。

 そんな飲み方をするものだから、熊五郎一行さすがに床に入るのは他の客よりも早かった。


 ホストの部屋にやってきたのはこの飯盛旅籠で、かつては板頭だったこともある夕顔でございます。年増となり板頭を譲って久しいが、器量は未だ衰えず根っからの陽気な性格で太い客を多く持つ。

 初回の客が床入り出来るような女郎じゃない、未だに高嶺の花だ。

 それでも熊五郎一行の宴席を見かけ、正確に言えばホストの振る舞いを見て、自ら床入りを買って出た。

 ホストはその気はないが断るわけにもいかず、流れに身を任せることとした。

 二回の交接を済ませると、息を切らせた女郎はホストの胸にしなだれかかるように覆いかぶさり、呼吸が整うのを待ってから言った。

「ねえ、あんた。私ね、今年で年季が明けるんだよ。そうしたら私と所帯持たないかい?今はこんなだけど、ここを出たらしっかりと働いて、あんたには苦労かけさせないよ。女郎買じょうろかいを止めろなんてことも言わない。これだけ遊び慣れてるんだ、止めろったって喧嘩になるだけだからね。ねえ、いいだろ」

 それに対してホスト、まだ眠りに落ちたわけではないが無言だ。

「初めての客にこんなことを言っても信用してもらえないかもしれないけどね、本気なんだ。あんたがいい男だから恥を忍んで言ったんだ。考えておいとくれ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ