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「こんにちはー」
鷺宮が更衣室の扉を開けると、副部長の米倉がその場で崩れ落ちていた。茶色のショートヘアをぶんぶんと振り、体中で悲しみを表現している。
「どうしてぇぇぇ!! 五万も注ぎ込んだのにぃぃぃ!! 推しが来ないぃぃぃ!!」
……ご覧の通り、米倉はスマホのアプリゲームに熱中しており、好きなキャラを引くためには高額の課金をもいとわない。しかし、別に引きが良いというわけでもないので、こうやってのたうち回っていることが多い。
「まあまあ、元気出してよー」
米倉の横で慰めの言葉を掛けているのは、彼女と同い年の八条だ。典型的な大和撫子で、今日も上品なワンピースに身を包んでいる。……が、何故かやたらと鼻水をかんでいる。
「八条先輩、風邪ですか?」
見かねた鷺宮が声を掛けると、彼女は鼻をズビズビと鳴らしながら、困ったような顔をした。
「それがね、花粉症っぽいのよ。昨日まで何ともなかったのに」
そう言いながら、彼女は懐から何かを取り出した。じっと見てみると、それは木の枝。緑の葉も、小さい花も、そのままそっくりついている。
「……何ですか、それ?」
鷺宮がぎょっとしたような声を出すと、八条はニコニコしながらこう答えた。
「日光杉並木の枝よ。今が旬なの」
……意味不明だが、これは彼女の趣味だ。何故か栃木県への愛が強い彼女。だが強すぎるがゆえに、頻繁に謎行動を起こしている。ちなみに、彼女の地元は埼玉県だ。「今が旬……って、花粉出てるじゃないですか!! 絶対原因それでしょう!!」
木の枝から零れる、モヤモヤとした白い気配。恐れるべき、花粉症の敵だ。
「とにかく、先輩方!! 部長が呼んでいるので、早く着替えてください!! あと、その枝は捨ててください!!」
鷺宮は慌てて窓を開け放つと、八条の手から日光杉並木の枝を引ったくり、オーバースローで外へと投げた。その後ろでは、「あぁー……。日光の枝……」と嘆いている八条の姿があった。