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野球少年未満  作者: 政粋
7/7

7.全中予選

 全国中学校軟式野球大会、略して全中。全国の中学校の野球部が目指す、一番大きな夏の大会だ。



 市大会の上位2チームが県大会へ、県大会の上位2チームが地方大会へ、地方大会の上位3チームが全国大会のキップを手に入れる。



 中学版の夏の甲子園みたいなもので、3年生の最後の大会となる。



 海老沢監督時代は、全国大会に進出した事もあり、地方大会への進出は毎年常連。北中野球部としては悲願の全国大会優勝を目標にしていた。



 しかし、今年は……。



 市の大会、1回戦と2回戦は同日に市営グラウンドで行われた。



 俺達1年で、ベンチ入りできたのは2人だけ…



 そう、千川と大山だ。



 まだ、基礎体力トレーニング中心とはいえ、少年野球時代に実績もある2人に監督も光るものを感じたのであろう。



 しかし、まだキャッチボールもさせて貰えない1年生。ベンチ入りと言っても戦力としてではなく、ベンチ内の雑用を担当している様子だ。




 同日に行われた1.2回戦はあっという間に決着が着いた。中学軟式野球は7回までで試合終了となり、コールドゲームの条件は3回以降10点差か4回以降7点差となる。



 ____腐っても鯛。



 いやこの場合、「小さくてもエビ」か?




 エビっ子が率いる北中野球部といえど、「守り勝つ野球」の海老沢野球の教えはまだ色濃く残っていて、1.2回戦を通して1度も得点圏にランナーを進めることなく共に4回コールド勝ちで3回戦進出を決めた。




 ベンチ外の俺達はメガホン片手に大声で、応援歌を歌っていた。歌っていたというか怒鳴っていた。少しでも応援の手を抜くと、応援歌をレクチャーしてくれた長浜先輩がうるさいのだ。




長浜「俺達の応援あってのコールドだ、お前ら次の試合も気合い入れろよ!!」



1年「ウイーーっ!」



 2年生ただ1人のベンチ外の激に対して、俺達はとりあえず返事をした。




(この人は、なんでこんなに偉そうにできるんだ……生きていて恥ずかしくないのか?)


 



長浜「次も楽勝だな、問題は準決勝の南中だ。そこ超えれば県大会も順当に行くだろ」






____俺は知ってる。





 こういう噛ませモブの強気な発言はフラグになる事を。




 3回戦は3日後に行われた。




 対戦相手は袋川第一中学校、通称一中。スター選手も居なければ特質すべき点もない、投打にバランスの取れた可も不可もないチーム。言い換えれれば、打撃も守備も低いレベルでまとまっている、まったく怖くないチームだった。



 北中野球部全員がそういう認識だった……、そう、そこに落とし穴があった。



 北中は初回からチャンスを迎えるが凡退に終わる、だが、相手は一中。いつか点は取れるはず。まったく危機感はなかった。



 その裏の守備、先発は2年生の岡本先輩が任された。


 岡本先輩は、ストレートにカーブ、フォークの2種類の変化球を持った、オーソドックスなオーバースローのピッチャーだ。


 初の公式戦のマウンドになるが、これからの長丁場を戦い抜くには投手の数は多いに越したことはない。



 マウンドに上がる岡本先輩の表情は、極度の緊張からか真っ青だった。





(誰か、マウンドへ声をかけた方がいいのでは…?)




 ベンチ外からの俺の心配をよそに、守備位置に行きすがら、声をかけた人物がいた。





今中「岡本ぉ、頼むぞ。」





 岡本先輩の背中で、金貸しの取り立ての様なドスの効いた声でささやく。





(……それは、ただのプレッシャーにしかなりませんよ)





 悪い予感が的中した。





 当然と言えば当然、大会直前の練習でのゴタゴタ、初の先発マウンド、今中先輩からのダメ押し、緊張しないわけがない。



 岡本先輩は立ち上がりの先頭バッターを四球で歩かせ、続く2番の送りバントの処理をピッチャー自らエラー。ノーアウト2.3塁からツーベースヒットを浴び2点を奪われる。その後も四球・四球にヒットを浴びて、初回から合計4点を献上してしまう。



 その間、エビっ子はピクリとも動かずに戦況を見つめるだけだった。



 1回終了後に岡本先輩はベンチ内でキャプテンに軽く小突かれていたが、さすがに試合中に本格的にしばかれる事はない。逆にふざけ半分で小突かれた事が良かったのか、その後は落ち着きを取り戻し、その後は最終回まで0点で抑える。



 しかし、更に問題なのは攻撃だった。

 


 チャンスを迎えても『いつか点が入るだろうという』という油断から緊張感のない凡退をくりかえす。あれよあれよと回は進み、5回に慌てだしたエビっこは少しでも流れを変えようと考えたのか…



 突然、代打や選手交代を連発し出した。代打攻勢が多少は功を奏したのか、四球に相手のエラーが絡みチャンスを作る。




 しかし、ランナーは溜まっても点が入らない。結果の出ない怠慢は、後半になるにつれ焦りに変わってくる。焦る事で、更に本来の打撃ができない。




 結局4-0のスコアのまま、最終回の攻防を迎える事となった。




 最終回表の守備、先頭バッターを三振に仕留めた後、2人目のバッターの当たりはライトとファーストの間へ、そこでアクシデントが起きた。



 ファーストとの接触を察したライトの今中先輩が全速力から急ブレーキをかけて転倒した瞬間、



 『ブチッッッッ!!!!!』


 

 何か太いゴムが切れるような大きな音。

 ベンチ横にいた俺たちにも微かに聞こえるぐらいの音量。



 うずくまる今中先輩のもとに担架が運ばれてきた。



 

 肉離れだ。




 悔しがる今中先輩を、無情にも救急隊員が医務室へ連れていく。当然、今中先輩が守備に復帰することはできない。ベンチの目ぼしいメンバーはほぼ使い切っている状態だ。


 

 嫌~な予感がすると思っていた矢先、ウグイス嬢の声が響く。いや、中学生の市の予選でウグイス嬢なんて者はいない、放送部がボランティアでやっているのであろう。中学生の拙いアナウンスでアイツの名前がコールされた。





*「ライト今中君に代わりまして、ライト仙川君。8番ライト仙川君。背番号20」



 本業はピッチャーだが、小1から野球をやっている奴だ。どのポジションもそれなりにこなせる。仙川は1年生にして公式戦初デビューを果たした。




(クソ……)


 メガホンを握りしめながら俺は、悔しい気持ちを抑え込んだ。



 トラブルの間にランナーは3塁まで進塁していた。1アウト3塁。


 

 打球は不思議と代わったばかりの選手の守備位置へ飛ぶ。



 ふらふらとライトへ上がったフライは、犠牲フライには充分な距離だと誰しもが思った。



 いや、誰しもじゃない。大山や仙川軍団。そして俺。そいつらが3塁ランナーコーチをやっていたら迷わず「ストップ」をかけていたであろう。


 

 助走をつけてフライを捕球するやいなや、仙川はキャッチャーミットまで糸を引いた様な速球を投げ込んだ。



 「アウト!!チェンジ!!!」

 


 審判のコールとともに北中ベンチが沸き、救世主となった1年坊主を迎え入れる。



 が、デビュー直後に一躍主役となった男は感傷に浸っている暇はなかった。



 

*「7回裏北中学校の攻撃は、8番ライト仙川君、背番号20」

 


 4点ビハインド、大事な先頭バッターとなる仙川は急いでヘルメットを被り、ベンチに転がっていたバットを持って打席へ向かった。



 『燃えろ~~~仙川~~~~~レーザービーム!スタンドへぶっぱなせ~~~~~♪♪♪』



 2年生ながらベンチに入る事が出来ず、後輩の応援歌を太鼓を叩きながら即興で熱唱する彼。ライトが専業ポジションの彼。彼の名は長浜。




長浜「レーザービームって所に、さっきのバックホームの要素が入ってるんだよ」




 (長浜うるさい黙ってろ)





 俺は心の中で本音を呟き、固唾を飲んで仙川の打席を見守った。いや、見守ったというか睨み付けるように見つめていた。



(三振してしまえぇぇ……)





 _____初球。





 俺の呪いは届かなかった。




 

 ピンポン玉のように跳ね返ったボールは、

 


 レフトスタンド後方?あの後ろって何があるんだろ駐車場かな?


 



 なんかもう空の彼方へ消えていった。





 ホームラン。





 一瞬の静寂の後、北中ベンチは沸きに沸いた。ホームを踏んでベンチに座った戻ったヒーローは、叩かれたり首を絞められたり、上機嫌な先輩達から手荒な祝福を受ける。





 しかし、反撃はその一発のみだった。仙川に影響されたのか、後続のバッター達は明らかなボールを振り回し、あっけなく3アウト。





 「ゲームセット!」





 無情な審判のコールが響く。



 

 泣き崩れる3年生達…

 呆然と立ち尽くす監督…



(あ…、山内先輩も涙をこらえてる……)



 入部して数ヶ月の俺達は、涙を流すとほど感傷に浸る事はなかったが、決して悔しくないという訳ではない。



 大金星をあげた一中は、ベンチ裏のOBや父兄が校歌を歌い始めている。






 試合後、3年生とその父兄だけが集められて、監督が話をしていた。3年生の引退、明日以降の段取りについて話をしている様だ。何人かの父兄が監督の采配について噛みついていたが、他の父兄に止められていた。涙ながらに監督は父兄に謝罪していた。



 すると…



「謝るんじゃねえ!!」



 突然の山内先輩の発言に驚き、父兄も監督も耳を傾けた。 



山内「あんたの平謝りなんか、聞きたくねぇよ……」



山内「エビが逝っちまったのが悪ぃんだよ…クソ、クソが!」



山内「ちくしょおお、、あ”あ”あ”あ”あ”----!!」




 堪えきれなくなった山内先輩の涙腺が壊れた。



 細野先輩がそっと山内先輩の背中を叩き、細野先輩も静かに泣き崩れた。




 

 



 しばらく時間が経ち、3年生の涙も少し落ち着いたころ、2年と俺たち1年も呼ばれた。

 


野原監督「キャプテンからお前らに最後の挨拶だ、心して聞くように。」



 たどたどしく細野先輩が俺たちに向けて話し出す。

 


細野「えっとぉ……俺たち、3年は、残念ながら目標であった全国出場が達成できなかったどころか、市の大会の突破もできないという結果に終わりました。……ですが……後輩である、2年、1年のみんなは、全国出場、そして、部の悲願である全国優勝を成し遂げて下さい……‥以上、3年間、ありがとうございました!」



 細野先輩のとぎれとぎれの精一杯の挨拶を聞き、俺たちは改めて負けたという事実と、3年生の引退という現実を受け止めていた。



 その後、エビっこが何か挨拶をしている様だったが、俺はまだ呆然としていて内容はあまり入って来なかった。耳に残らない挨拶を終えたエビっこが、更に業務連絡を続ける。



海老沢監督「えーーー、というわけで3年生は残念ながら今日で引退となる。後日、3年生だけでお別れ会の紅白戦をする日を別に設けようと思っている。次の練習は5日後の26日からとする。ゆっくり休んで疲れを取ってくれ。」


 


(5日日間も休みなのか……、何をしたものかな……。)


 


海老沢監督「以上、解散!」






 7月20日。



 夏の本格的な暑さを迎える直前、北中野球部は、あまりにも早過ぎる夏の終わりを突きつけられた。




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