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野球少年未満  作者: 政粋
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4.雑用



神はいなかった。




 20人の仮入部員は誰ひとり脱落することなく、いや、脱走する事ができず5月を迎え、晴れて正式に北中野球部の部員となった。



 本入部初日、キャプテンの細野先輩の挨拶から俺達の地獄の様な日々は始まった。



細野「今日から1年が本入部になった!仮入部とは違い、ビシバシ鍛えていくから!2年も3年も気を引き締めていくように!!」


一同「ウィッス!!」


 これ以上ビシバシされたら死んじゃうなと思いつつも、キャプテンの挨拶に大きな返事を返した。



 細野キャプテンは小柄だが筋肉質、口数の多いタイプではない。え?それ、前見えてますか?ってぐらい帽子を深く被っているが、鉄壁の守備を誇るサードのレギュラーだ。



 俺たち1年生の練習メニューはというと、まずは準備、部室をカギ当番が開けバットやボール、ベースにヘルメット、練習に必要な物をすべて部室から出して練習の準備をする。



 そしてランニング。掛け声をあげながら全員でランニングをする。声が小さければ3年生から罵声や鉄拳が飛んでくる。



 キャプテンを中心に円形になり、掛け声をあげながら準備体操をする。もちろん声が小さければ罵声や鉄拳が飛んでくる。



 次にキャッチボール…とはいかない、1年生の春はキャッチボールはおろか、ボールに触ることが許されないのだ。

 

 キャッチボールをする先輩達の後ろに並んで、先輩が逸らしたボールを拾って渡す。いわゆる「球拾い」だ。球拾いの時のみボールに触れられた。



 その後、2.3年生と1年生は別メニューとなり、1年生はグラウンドから校外の道路に出される。



 基礎体力トレーニングだ。



 校外走、学校をぐるっと囲んだ1周で約1キロ程の道路を5周走る。


 終えた者から筋トレをする。グラウンドには入れてもらえず、道路で腕立・腹筋・背筋を各20回を5セット、30mダッシュを10本。


 中学校に入学したての1年生にはなかなかに過酷なメニューで、この時点でヘトヘトになる。


 筋トレの時間になると、顧問が来ない日には3年生の今中先輩が道路にタバコを吸いに来る事がある。


 今中先輩はライトで8番、いわゆるライパチという最も期待されないポジションなのだが、髪の毛を脱色して茶髪にしている、ゴリッゴリのヤンキーだ。


 つい最近まで小学生だった俺達は、初めて目の当たりにする不良行為のど真ん中に、恐怖を上回る好奇心でチラチラと見てしまった。


 吸い終えた今中先輩は俺達をチラ見して呟く。



今中「チクったら殺しちゃうよ。」



 血の気が引いた俺達は、何も見なかったと自分に言い聞かせた。


 しかし、今中先輩はいつもタバコの吸殻をそのまま置きっぱなしにしてグラウンドへ戻る。


 喫煙がバレる事を恐れた俺達は、その吸殻をいつも下水の穴に詰め込んで処理していた。


 (なんでヤンキーと言う生き物は、こうも馬鹿なのか。犬や猫でも粗相をしたら隠すというのに)



 その後は応援練習をさせられた。



「1年、集合!!」



 2年生の長浜先輩が頃合を見計らって道路に来て、応援指導をしてくれる。


 長浜先輩は、2年生の間ではいじられキャラで、背が低く細身で地黒、そして凄く野球が下手だ。


 舐められたくないからなのか、後輩には強気に出るタイプな為、更に舐められる。あと、グローブが悪臭を放ち酸っぱい臭いがする。


長浜「覚えてきたかテストするから、ひとりずつ歌っていけ!!」


 各ポジションごとに応援歌が決まっており、丸暗記して大声で歌う。


 長浜先輩自体は特に気にかける必要はないのだが、応援歌を大声で歌うという事は、グラウンドで練習中の3年生達に聞こえる。間違えれば…言わずもがなだ。


 英単語、歴史の年号、地理の地名、そういった類の記憶は失っても、頭にこびり付いた応援歌は、一生忘れることはないだろう。



 バッティングの球拾い、ノックの手伝いをこなして、練習は終わりだ。



 全員横一列に並ばされて監督からの言葉、謎の黙祷(その場に正座して1分ほど目をつぶる)をして元気に挨拶をし解散…とはならない。



 1年は残って練習道具の片付けと、グラウンドのトンボ掛けをしなければならない。



 部活動の終了時間は、校則で厳格に定められており、午後6時までに全部員が校外に出て下校しなければならない。



 見張りの教師も居て、1分でも下校が遅れると、連帯責任として遅れた生徒の所属する部活動に、1週間活動停止の処分が下される。



 1年の下校が遅れて部活動停止処分が下されたら、それはもう殺されるというか、もう殺される。「死」以外の罰は思いつかない。



 練習の時間が押し、5時55分に猛ダッシュでトンボ掛けをしていた時は、生きた心地がしなかった。




 北中野球部1年生一同は、そんなサバイバルのような日々を全力で過ごしていた。




 仙川や大山も例外なくしばかれ、共に雑用に追われる中で、俺は奴らとも少しずつ会話を交わすようになっていった。




 うるさい父兄も学童も何も関係ない、ある意味平等な世界、俺は少し楽しかった。


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