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1-4 嫌な予感





「なあ」


 助手席に座りながら、ついにセヴェリは言った。


「これ、何か嫌な予感がしないか?」


「気が合うな。俺もそう思ってたところなんだ」


 異様な道筋だ、とセヴェリは……そしてカロージェロは、感じていた。


 二人が普段仕事で辿るルートは、当然のことではあるが最短距離を進むわけではない。そんなことをしていたら、仮に誰かに尾行されていたとき、最初から最後までその所在と行動が割れてしまう。


 だから、幾つかのフェイクポイントを経由することになっている。関係のない場所に立ち寄って車を停めたり、あるいはカロージェロの操縦テクニックがなければとても通れないような細い道を行ったり、そういうことをして、ひょっとするとあるかもしれない万が一の追手を想定した動きをする。


 が、今日ばかりは異常だった。


「もうここで十六箇所目だぞ? ……いくらなんでもこれ、変じゃないか?」


「ちょうど一時間くらい前に俺も同じこと思ってたよ。なんだこの異様に複雑なルートは、って」


 嫌な予感がするよな、と言いながら、カロージェロはハンドルを指で叩いた。


 一体何が起こっているのか。セヴェリは不安で堪らない。当然のことではあるが、こんな仕事だ。普通にやっていたって不安は付きまとう。それでいて発生したイレギュラーは、心臓に痛みを与えるのに十分な破壊力を持っている。


 十七、十八、十九――とうとう耐えかねて、セヴェリは訊いた。


「あと何箇所あるんだ?」


「全部で三十」


「さっ……」


 通常、一度の配達に紛れ込むフェイクポイントは五箇所が精々。


 その六倍。


 ただでさえ入念な警戒を行っているはずの通常業務の、六倍。


「……この後の予定とか、何か変わりがあるのか?」


「いや。全然そのあたりの情報はなし」


「訊かなかったのか?」


「もしお前が俺と同じ状況に置かれてその質問ができるなら、正直尊敬だ」


 だろうな、とセヴェリは思う。


 カロージェロは確かに、自分より深いところに足を突っ込んでいる。それはわかる。けれどそれは、その深みの中で力を持っているということを意味しないのだ。立場としては自分とそう変わらない……おそらく何も聞かされず、質問なんて真似をしても答えが返ってくることはない。むしろ、その詮索のためにペナルティを受けることすら容易く想像できる。


「祈るしかないか」


「旅の無事をな」


 諦めて、セヴェリは深くシートに凭れ掛かった。もう、後悔しても遅いのだ。自分たちはこの訳の分からない仕事を訳の分からない組織から請けて、その通りに行動してしまっている。ぬかるみに足を踏み入れてしまったのなら、あとは運を天に任せるしかない。


 そのことが自分よりもずっと深く理解できているらしいカロージェロは、ずっと前からそうしているらしい。口笛を吹きながら、何も気にならないような様子で、くるくると軽快にハンドルを回していた。


 それが起こったのは、二十四箇所目のことだった。


「は――?」


 思わずセヴェリは振り返ったし、流石にカロージェロも同じだった。


 いきなり、女が乗り込んできたのだ。


 二人の乗っていた、竜に。


「な、」


「さっさと出してくれる?」


 誰だよお前、とセヴェリが問い質そうとするも、しかし女はまるでこちらに取り合うつもりはないらしい。


 原理上は、と思う。今この瞬間だけなら、全く自分達とは無関係の不審者が竜に乗りこんでくるという可能性も、なくはない。フェイクポイントの中には、あえてこちらの存在を見せ付けるための場所も用意されている。そして二十四箇所目はその目的を果たすための場所であるから、ただの一般人だろうがなんだろうが、竜を見つけることはできるし、それに乗り込むことだってできる。


 もっとも、『原理上可能』という言い方は大抵の場合『原理外の部分は不可解である』という意味を暗に含むものなのだけれど……。


 何も言わずにカロージェロは竜を発進させた。その頃には、セヴェリも彼と同じ心境に至っている。


 つまり、このためだったのだ。


 そのことが、理解できていた。


 このあまりにも執拗な経路の複雑化は、このためだったのだとわかった。この女――後部座席で雨に濡れた眼鏡を拭いているこの女を乗せることが、隠された目的だったのだ。


 何のために?


 そんなことは、もちろん訊けはしない。


 この女がどこにどう繋がっているのかわからないのだから――迂闊なことは、一つも口にできるはずがない。


 仕方がない。そう思って、セヴェリは瞼を下ろした。状況に大した変化はない。結局はついさっきまでと同じ――ただ、何事もなく今日の仕事が終わりますようにと祈り続ける。それだけが自分のできることなのだ。


 二十五箇所目、二十六箇所目、二十七箇所目、二十八箇所目、二十九箇所目、そしてついに、三十箇所目――――その間、ほとんど永遠にも感じるような時間をセヴェリは助手席で過ごした。


 流石のカロージェロの横顔にも疲れらしきものが浮かんでいる。やっぱり、とセヴェリは思う。連絡係よりも、直接の配達係の方がずっと気が楽だ。この仕事の後にカロージェロが役割の交換を申し出てきた場合に備えて、断るための台詞を考えておかなくてはならない――そんなことを考えながら、現時点に存在しているプレッシャーから目を逸らそうとした。


「まっすぐ行って」


 けれどもちろん、女はそれを許してはくれないのだ。


 カロージェロは何も言わない。竜を言われたとおりに進めるだけだ。セヴェリもその横で、ただ幻惑の魔術の継続という自分の仕事を果たし続けている。


「右、左……次の大型交差点は橙屋根の方」


 女は後部座席から、幾度も指示を飛ばす。迷いはないが、先ほどにも増して何度も複雑に折れ曲がるそれは、たとえば薬物の大元になる組織の幹部がたまたま家に帰るのに足を欲しがった、なんて平和な理由への期待を粉々に打ち砕いていく。


 淡々とカロージェロはその指示に応じていたが、一度だけ、女に対してこう言った。


「無理です」


「はあ?」


「この先は一昨日から道路工事が入ってます。完全な封鎖だ」


 女は一度、それに黙りこくった。


 知らないらしい、とその間だけでセヴェリにはわかる。女が組み立てたルートではないのだ。そうじゃなかったら、こんな風に沈黙する理由はない。


「いいから、そのまま行って」


 そして結局、女はそんなことを言う。


 カロージェロはそれ以上口答えはしなかった。封鎖されているはずの道へとどんどん侵入していく。


 その先で見たのは、たまたま――この時間だけ工事を止めていたように見える、やりかけの作業現場。


 竜一台が通れる幅は、確保されていた。


 思わず、再びセヴェリは、瞳を閉じた。膝の上で両手を組み合うまでした。


 どうか、と願う。


 この異様な旅が無事に終わりますように、と。


 帰りたい場所を思い浮かべながら、祈る。


 それから四度、女の指示によって進路は変更され、最後は「停めて」と呟いた。


 その場所のすぐそばには、大きな屋敷が聳え立っている。




 ヴァンハネン公爵邸。


 王弟の住む、邸宅だった。






 

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