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7-4 結果



「あ」


 と、女は声を上げた。


 そしてその次の瞬間には、カロージェロの手によって、口を抑えられていた。もがいたのはたったの一度。それでもう、勝ち目がないことはわかったらしい。両手を小さく挙げて、殺さないでくれ、というポーズになった。


 電撃を一筋流す。もちろんそれでは安心ならないということは別の回復魔術士にしてやられたことで学習済みではあるけれど、とりあえず、カロージェロは息を吐いて、言った。


「当たった、な」


「当たりました、ね」


 カロージェロとティナは、自分達自身半ば信じることができない、というような顔をしていた。もちろんティナはそれなりの自信を持って推理を口にしたわけではあるけれど……物事が急にすべて打開された瞬間にいつもそうであるように、自分達が成したことによって得られたものが大きすぎて、どことなく、この現実を持て余すような気持ちだった。


 二人がいる場所は、ヴァンハネン公爵邸。


 その地下の、仮の霊安室。ヴァンハネン公爵のいる部屋とは別の、ずっとグレードの低いどうだっていいような倉庫の中に、二人はいた。


 そしてそこには、あのとき……公爵暗殺のとき、先陣を切ったあの、眼鏡の女がいた。


 ほとんど死体のような有様なった彼女は――しかし、本当は死んではいなかった。


 もう一人の回復魔術士の隠し場所。


 それがこの、霊安室だった。


「考えたな」


 と、感心するように、カロージェロは言う。


「仮に俺達が回復魔術士を探そうとしたって、死人まで含めて考えようなんてことは思わない。無意識に、この女のことは除外して考えてた」


 でもまあ、と彼は眼鏡の女を見下ろす。


 あのとき、ヴァンハネン公爵のように無残な姿で死したはずの彼女は。


 今は、傷ひとつない状態で、そこに倒れ伏していた。


 彼ら――セヴェリ達が牢から出て取った行動は、計画は、こんなものだった。


 牢から出て、セヴェリとアンネリアの二人が裁判場へと向かう。そしてそこで、判決までの時間稼ぎを行う。


 一方で、カロージェロとティナの二人は、もう一人の回復魔術士の身柄を押さえに行く。そして彼女を連れて、すぐさま裁判場へと戻って、決着のための真犯人としてその場に突き出してやる。


 そしてそれらは全て、ティナの推理に基づいていた。


 すなわち、あの薬自体が、ただのブラフだったのではないか、ということだ。


 彼女の考えた真相はこうだ。


 もう一人の回復魔術士は、セヴェリとカロージェロに同乗する形で公爵邸を訪れる。そしてヴァンハネン公爵には自分をノルチョム宰相懇意の医師のように見せかけながら、懐へと潜り込み、薬を服用させる。


 そしてそのタイミングで――おそらくその薬自体が公爵に十分な隙を生じさせるための毒効を持っていた――過剰な回復魔術をかけることで、ヴァンハネン公爵を殺害した。


 彼の直接の死因は、あの薬とは無関係だったのだ。


 ゆえにその薬が残っていても死因との関係は導きだせないから、聖女アンネリアの仕業に見せかけることはできる。しかしそれはノルチョムへと繋がる手がかりであるから、彼女はそれを窓の外へと投げ捨てて、隠滅した。あるいはそれは、保険だったのかもしれない。もう一人の回復魔術士がそこにいたことをアンネリアに気付かせないようにするためのミスリードだったようにも思われる。


 そして彼女は、自ら回復魔術を暴走させることで、ヴァンハネン公爵と同じ死にざまを演出した。


 ……しかし、ここで重要なポイントがある。


 アンネリアがかつて魔力の暴走で同じ状態に陥ってから、何事もなかったかのように今日の日を過ごせているように、回復魔術士であれば、あの暴走から生き残ることもできるのだ。


 セヴェリとカロージェロは、ヴァンハネン公爵の死という巨大な覆いに隠されて、女の状態が、ただ公爵のそれと似ているだけで、実際には死とはまだ距離を開けていることに、気付けなかった。


 そして、女は死んだものとして扱われる。霊安室に運ばれ、公爵殺害の際に殺されたもう一人の被害者としてか……何にしろ、死体として安置されることになる。


 あとは、ほとぼりが冷めた頃になって、ノルチョム達の手引きによって、外に出てくる。新たな聖女として、貴族の世界に紛れ込む。


 死体のフリをしていた時間の彼女の顔は隆起していたから、誰も死体と彼女は結び付けられないし。


 彼女と暗殺者を結び付けられる人間は、その頃には全員死んでいる予定だったのだろう。


 それが、ティナがあのとき、『遅延病』の発作に苦しみながら聞いた話を統合して組み上げた、隠された真相だった。


 それがどの程度本当だったのかはわからない。


 けれど、一番重要なところだけは。


「合ってた、らしいな」


「はい。……そうじゃないかと、思ったんです。お兄ちゃんをあの場で生かしておくなら、この女の人も、わざわざ死ぬ必要なんてないはずですから。生きた証人じゃなくて、死体にした。そのことには意味があるはずだって、思ったんです」


「何事にも意味がある、ってか。なかなか励まされる言葉だ」


 よし、と言ってカロージェロは女を担ぐ。そして公爵邸から、ティナの持つ幻惑の魔術具の導きに従って、竜へと戻っていく。主のいない、廃墟と化した邸宅は、以前よりもずっと抜け出しやすかった。


「どうする?」


 とカロージェロが訊いた。


「え?」


「運転するか、それともそっちの女を見張ってるか」


「う、」


「冗談だよ」


 ほら、と言ってカロージェロはティナへと、小さな金属のブレスレットを渡す。


 それを手のひらの上に乗せながら、まじまじとティナは見て。


「これは?」


「俺が作った雷の魔術具。目を覚ましそうだったらビリッとやってくれ。あんまり強くないから、こいつ死ぬかもなって限度いっぱいまで」


「は、はい!」


 カロージェロが女を後部座席に突っ込む。その後から、ティナが乗り込む。


 そして最後に、運転席に座って、彼はこう言った。


「俺さ」


「はい」


「こんなに清々しい気持ちで運転するの、初めてだぜ」





`ヽ、`ヽ、`ヽ、`ヽ、





 あれ、と最初にフリードは思った。


 裁判場の警護として呼びつけられて、しかしノルチョムの手配も今のところこの場所までは及んでいないから、やたらにセヴェリ達から遠い場所に配置をされて。


 だから、いつだったのかはわからなかった。


 けれど、確かに気付いたことがあった。


 三人だったのが、二人になっている。


 どういうわけだ、と考えて、それからすぐに、考えに思い至る。


 そうか。あのとき聞いたことは、嘘だったのか、と。


 こっそりと持ち場を離れていく。まだ裁判場の真ん中では鑑定官たちが公爵代理兼書とにらめっこをしていて、誰もの視線が集中している。さらに言うなら、警護の人間達の中に、自分より優れた人間もいない。だから簡単に、彼らの後ろに回ることができた。


「セヴェリくん」


 こそっと、話しかけた。


 びくり、と流石に幻惑の魔術士も肩を上げた。そして恐る恐る振り向いて、フリードの顔を見るや、とてつもなく嫌そうな顔をする。


「……なんでしょう」


「やだな。そんな不機嫌な顔しないでよ。俺らほら、仲間……ではないけど。友達……でもないけど。まあほら、ね?」


 へらりへらりと笑いながら語り掛ける。その横のアンネリアは、セヴェリと違って振り向きもしない。


 あらら、と内心でフリードは頭を押さえた。


 この状況で、敵側に通じている自分が親し気に話しかけてくるのに、見向きもしない。


 それはつまり、もう、こっちの誘惑なんかを気にする必要はない、ということだ。


 正直には答えないだろう、とフリードは思う。乱入してきた人間のうち、注目されていたのはアンネリアのみ。その後ろに引っ付いてきた男のうちの一人が消えた、なんて言ったって、ほとんどの人間はそんなことを記憶してはいないはずだ。何せ、貴族は平民を同じ人間とは思っていない。だから自分が騒ぎ立てようとしたところで彼らは容易に言い逃れができるし、自分は交渉材料になるものを持っていない。


 それに。


 今更彼らに敵対を貫くという選択肢の魅力も、今はだいぶ、薄れたように思われた。


「もしかしてさ、」


 だから、遠回しに訊くことにする。


 フリード自身、誰に教わるでもなく、セヴェリ達に唯一残されていた勝ち筋のことは認識していたから、それが達成されそうかどうか……いや、達成されたかどうかを。


「俺って、もう遅い感じ?」


 セヴェリは、何も答えなかった。


 けれど、この貴族社会でそれなりに人の顔色を見ながら、利用して、利用されて、そんな風に暮らしてきたフリードだから、その表情の意味も、それなりにわかった。


 ああ、そうなのね、と頷いて。


 これまで築き上げてきたものを捨てる覚悟は、とりあえず決めてしまって。


 自分の知っている情報をどのくらい垂れ流せば、どのくらい罪が軽減されるか、そんなことばかりを考えて、その後の時間を潰すことにした。





`ヽ、`ヽ、`ヽ、`ヽ、





 やがて扉は開き、またも三人が、裁判場に入ってくる。


 背の高い男。それに担がれた回復魔術士。そして最後に、幻惑の魔術師の妹。


 ノルチョムはその姿を見て――そのときになってようやく、全てが決してしまったことを知ることになる。


 何をしてももう遅く、結果はすでに、決まっていた。




 勝ったのは、傷付きながら、それでも最後まで足掻いた、子どもたちだった。






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