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6-2 実際





 想定は、していた。


 セヴェリとカロージェロの二人は、アンネリアと違ってノルチョムのことをよく知らない。そして彼と友人だったというマーヴィン=ヴァンハネンに対しても『自分たちの厄介事の種』程度の認識しかない。


 二人は元から彼女ほど、ノルチョムに対して信頼を置いていない。


 だから、この状況に陥ることは、ある程度予想していた。


 セヴェリは目線を動かさない。ノルチョムに勘付かれないようにするために。しかしそれでも、カロージェロが後ろ手に稲妻を発したことは確信できる。魔術行使の合図。もちろん彼は、このタイミングを逃すほど間抜けではないから。


「あなたが……!」


 アンネリアが憤然と、そして半ば茫然として言う。それに対するノルチョムの答えは、もちろんイエス。


「一体いつから……!」


「初めからだよ。お嬢さん。私は初めから、奴のことが嫌いだった。何でも持っている癖に禁欲的で、誠実で……己の醜さを教えられるようで嫌になる!」


「そんな理由で……」


「嫉妬ごときは人を殺す理由にはならないと? 面白い考え方だ。ヴァンハネン公爵家の伝統かな」


「ふざっけんじゃ……!」


 アンネリアが机を叩く。


「一体何を考えてるの!? お父様は王弟で、」


「だからだよ。……嫉妬。私的な理由としてはそれだ。けれど公的な理由としては、もちろんもっと、君の納得できるような理由がある」


 ノルチョムが、その肉厚の指を鳴らす。


 アンネリアはそれにすぐさまぎょっと目を丸くすることになる――――鎧を着込んだ兵士たちが部屋の中に押し入ってきたのだ。


 セヴェリは彼らの鎧の胸に刻み込まれた紋章に心当たりがある。


 エリオール侯爵家。


 まさか、とアンネリアは震える声で言う。


「繋がっていたの?」


「そのとおりだとも。私はこの国が嫌いでね」


「な、」


「すべて布石だよ。エリオール侯爵が貿易条約をあんな条件で結んできたのも……一時的に、王からの信用を得るためだ」


 アンネリアは、もう立ち上がっている。


 すでに虚を突かれたことによる動揺は見当たらない。瞳の奥にあるのは、ただ燃え盛るような怒りだけ。


「どうするつもりなの、この国を」


「売る」


 ノルチョムは、なおも座ったまま。鎧の騎士たちが三人を取り囲んでいく。それでもまだ、セヴェリはカロージェロを見ない。


 あとは、タイミングだけの問題だと、わかっていたから。


「いや、その言い方は正確ではないかもしれないな……」


 ノルチョムは、ゆったりと首を振って、


「むしろ、私自身を売るのだ。王族の信任厚い、伯爵宰相という地位を。あるいは、金になるものならば何を売り捌いても心の痛まない、そんな自分自身の性格を。……こうして、王族の馬鹿者どもの中に残ったたった一人の有能な男に四十年かけて取り入って、その命を奪うことのできる……そんな自分の手腕を」


 両手を広げて、彼は言う。


「自分をもっと、高く買ってくれる国にね」


「……貴族の、いいえ。人間の風上にも置けないわ。ゲロ野郎」


「勘違いをしているな。現代貴族とはこういうものだ。自分の利のためならいくら下の者を食い潰しても構わない。隙があれば自分の属する国を破壊する準備はいつでもできている。私とエリオール侯爵は、ある意味、この時代の貴族の鑑だ」


「違う! 貴族というのは――」


「あんな絵本の中にいるような貴族を教科書にするからだよ。馬鹿女」


 ノルチョムが、重たい岩でも持ち上げるような鈍臭さで、のっそりと腰を上げる。そして、アンネリアに背を向けて、たった一言だけ命令する。


「殺せ」


 騎士が動くよりも、カロージェロが動く方がずっと速かった。


 一番近くにいた騎士の剣鞘に触れる。磁力の付与。騎士は鞘へと吸い寄せられる剣を抜くことができず、一瞬戸惑う。その戸惑いは彼の後ろに控える騎士にまで伝播し、その隙をもちろんカロージェロは逃がさない。蹴り倒す。窓側にスペースが開く。


 セヴェリはアンネリアを抱きかかえる。それからようやく、カロージェロを見る。アイコンタクトの中で、メッセージを伝える。


 準備万端。


「オーケー!」


 カロージェロが窓へと駆け出す。同じく、セヴェリも。アンネリアを抱えたまま。カロージェロがジャケットを脱いで顔の前に掲げて――


 がしゃん、と。


 窓ガラスを、突き破った。


 休憩室のあった場所は三階。だから当然、そこから飛び出せば何もない空が待っている。宙空。一瞬の浮遊。無重力の感覚。


 カロージェロのシャツの下に、安っぽいプレートメイルの切れ端が浮いている。


 空中で、セヴェリがカロージェロを掴んだ。それに応えて、カロージェロはセヴェリとアンネリアを抱きかかえる。


 着地点は石畳だった。


 つい、一秒前は。


「完璧だ!」


 柄にもなく、カロージェロが叫んだ。


 そこに滑り込んできたのは、真っ黒な竜。その屋根に、三人はふわりと着地する。あらかじめ竜に付与していた磁力と、カロージェロの腹のメイルに宿る磁力が反発し合った結果の、落下速度の緩和。セヴェリはたったいま後にした部屋の窓を見上げる。騎士たちがしり込みしている様子。窓枠から身を乗り出そうとしてはいるが、当然誰も本当に落ちてくることはできない。あの重さで何の対策もなしに落下したら地面と衝突して――仮に死ななかったとしても、少なくともこちらを追ってくるだけの力は残らないからだ。


「な――」


「いいから、乗って!」


 アンネリアがようやく自分に起こった出来事を理解し始める。それをセヴェリは有無を言わせず、後部座席に詰め込む。自分も助手席に乗り込んでいく。


 カロージェロの手に稲妻が光る。竜が直接操作に切り替わる。今までのような周囲に配慮した慎重な運転ではない。目の前に横たわるものすべてを薙ぎ倒すつもりでいるような、乱暴なそれが始まる。


「あんたら――」


「行動は、成功するか失敗するかの、どっちかの結果を伴う」


 高出力に暴れ出しそうになる竜体を押さえつけながら、カロージェロは言う。


「お前が成功を信じるみたいだから、俺達は失敗に備えておいたってわけさ」


「…………ああ、そう! 私が馬鹿だったってわけね!」


「正論は時に人を傷つけるぜ」


 道に出る。明け方。まだ眠る街。とりあえず、とセヴェリは消音の魔術を先がけして、次に姿消しの魔術をかけていく。


「一応、大体消した」


「了解、っても……」


「そんなに簡単には行かないみたいだけど」


 だろうな、と思いながらセヴェリ達が見るのは、その先の大通りに設置されているバリケードだった。


 馬避けに使われるような、木製の障害物だ。組み上げた木材は槍のように突き出してはいるものの、一見は竜体の方がずっと固く、突っ込むだけで破壊できそうに見える。


 が。


「あれ、魔力入ってる」


「突っ込まない方がいいか?」


「無難、だと思う」


「オーケー」


 セヴェリは自身の幻惑魔術に付随する能力の一つとして、視力の良さを誇っている。人の目を誤魔化すのに適性のある人間はその反対……実際を見抜く能力にも多少の優秀を宿している。


 目の前のバリケードには、その魔力反応があった。防御魔術がかけられている可能性が高い。安易に竜で突っ込んで、その結果硬度負けということもありうる。あくまでこの竜に通っている魔力は機動のためのものだけで、ゆえにその硬さはフレームそのものが持つそれが限界値そのままなのだ。


 セヴェリは後部座席に振り返って言う。


「掴まってて」


「え?」


「何かに、」


 がくん、と竜体が傾いた。


 アンネリアはもうただ驚愕するばかり。竜の傾き方は、頭が急に空を向く、という種類のものだから、彼女の背中は思い切りシートに押し付けられることになる。おそらくセヴェリに何も言われずとも、彼女は反射的に掴まるものを探したはずである。


 なにせ、そのまま竜が空に昇り始めた。


 流石にカロージェロの顔にすら汗が流れる。あらかじめセヴェリと相談し合って決めたことではあったが、何せぶっつけ本番、できるかどうかもわからないものだった。


 竜は、建物の壁を走っている。


 正確に言うなら、その壁を走る金属製の雨樋のレールを。


 カロージェロがそれに磁力を付与して、かつ進行のために高速で切り替えを行いながら。


 セヴェリは内心で舌を巻いている。相当の技術がなければできることではない。ここまで綺麗に雷魔術を使える人間が、魔術学校出にすら何人いるか……。


「おら、よっ!」


 がたん、と衝撃とともにまた竜の角度が変わる。元の通り。ごく自然な状態に。


 建物の屋上。


 そこに、逃げついていた。


 カロージェロも、セヴェリも、はあ、と息を吐いてシートに背中を預ける。


「俺、かなり天才じゃないか」


「相当」




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