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3-4 あるはずがない





 騎士の姿はなかった。


 そして、怪しい人間たちの姿も。家の周りには、見当たらなかった。


「ありがとう」


 一言告げて、セヴェリは助手席の扉を開く。そして窓ガラスに、忘れずに魔術紋を書き込んでおく。自分が離れている間にも、幻惑の魔術が効き続けるように。


「もし僕が、」


「いいからさっさと行ってこい」


 言いかけて、けれどそれを止められる。カロージェロは自分の言おうとしていることをわかっていたように思えたし、そして彼の言葉の意味も明確に自分に伝わったように思えたから、


「……ありがとう」


 もう一度だけ頭を下げて、セヴェリは竜を離れた。


 家の玄関の前に立つ。ポケットから鍵を取り出す。家にいる間は常に鍵をかけておくように言っているから、外から解錠しないと中には入れない。


 呼び鈴を鳴らすことで、何かの不利益が生じる可能性だって、捨て切れない。


「……しっかりしろよ」


 自分にそう呼び掛けたのは、鍵を持つ手が震えていたからだった。もう片方の手で手首を抑え込む。息を吐く。何度も鍵穴をガチャガチャと弄くっていてはいけないと思うから、こんな些細な動作に、集中を込めて。


 鍵を差し入れる。


 捻る。


 申し訳程度に瞳を水色に染めながら、セヴェリは玄関の戸を開いて、中へと入っていった。


 立ち止まる。


 とりあえずのところ、人の気配は、ない。


 玄関に置かれた靴も確認する。ティナの履くそれは全てそのまま置いてある。外には出ていないはず。そして普段ならここでブーツを脱ぐところだが、今日ばかりはそうもいかない。土足のまま、奥へと入っていく。


 リビングに、彼女はいなかった。


 すうっと自分の背中から体温が抜けていくのを、セヴェリは感じていた。


 最悪の予想が脳裏を駆け巡る。すでに彼女は、連れ去られてしまった後なのではないか。自分は間に合わなかったのではないか。騎士団か、それとも薬物組織か、どちらかが自分たちよりも先に来て、彼女を攫って行ってしまったのではないか。


 そんなはずはない、と信じたかったから、周囲に視線を向けた。


 テーブル、椅子、ソファ、クッション。どれ一つを見ても、まるで乱れがない。争った形跡がない。だから大丈夫だ。普通、こういうときに家族に手出しをするのには見せしめの意図があるはずだ。これ見よがしに荒らしていくはずだ。そうしてプレッシャーを与えるはずだ。だから、大丈夫なのだ。目の前にあるこの整った光景を見るだけで、自分の嫌な予感は簡単に否定されるはずなのだ。


 ティナがもういないなんて、あるはずがない。


 キッチンにはいない。他の部屋にも。浴室にもトイレにも、使用中の印はなかった。残る場所は寝室のみ。祈る気持ちで、セヴェリはその扉に手をかけて。


 開く。


 そして、ほっと息を吐いた。


「ここにいたのか……」


 寝室には、ベッドが二つある。セヴェリの分と、ティナの分。深夜に発作を起こしても平気なように、二人は同じ部屋で眠ることにしている。


 自分のベッドの上で、彼女は眠っていた。


 仰向けになって、肩まで毛布をかけて、穏やかな顔で。


 よかった。セヴェリはそう、胸を撫で下ろす。今日は朝が早かったから、昼寝を取ることにでもしたのだろう。そう思って、近付く。起こして、事情を手早く説明して、カロージェロの待つ竜へ連れて行くつもりで。


 肩をゆるく掴んで、二度三度と揺すった。


 そのとき、違和感に気が付いた。


「ティナ…………?」


 反応がない。


 昼寝ならば浅い眠りだろうに、身体に触れられてもなお、身をよじることすらもしない。


 嘘だろう。


 そう思って、何度も何度も揺する。それでも、彼女は呻きの一つも上げることはない。


 手のひらを、彼女の顔の前に当てる。


 空気の流れが、感じられない。


 息を、していない。







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