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3-3 そうだったらよかったのにな



 裏口の先は、庭に繋がっていた。


 そして当然、その庭からただ歩いて外の街に出られるというわけではない。壁が築かれているのだ。館のかつての主の人格をそのまま示したような、高く、険しいそれが。


「悪いけど、僕はまた役立たずだと思ってくれ」


「冗談だろ。こんなに堂々と貴族の庭を走らせてくれるやつが言うことかよ」


 任せとけ、と再びカロージェロは言う。壁の前に立つ。高さはおおよそ、建物の二階と三階の中間程度のそれ。


「バランスを取るのは得意か?」


「いや、そんなに」


「ご愁傷様」


 そう言いながら、カロージェロはついさっき気絶させた騎士たちからくすねてきた大盾を二枚、地面に重ねておく。そしてセヴェリに言う。


「ほら、乗れ」


「……何する気だよ」


「空の旅」


 ものすごく嫌な予感はするが、しかしぐずぐず躊躇っている時間はない。裏口の騎士が倒れているのが見つかれば、すぐにこっちまで追手はやって来る。そのことがわかっていたから、セヴェリはカロージェロのすぐ隣、盾の上に乗った。


「落ちるなよ」


 そんな何でもない言葉が、始まりの合図だった。


「――――!」


 思わず叫びそうになった。


 空を、飛んでいた。


 というより、空に放り出されていた。


 一体何が起こったのか。空中。ほんの一瞬の間に、セヴェリは思考していた。


 自分たちの足元には、一枚の大盾。


 そして遥か下方の地上には、もう一枚の大盾。


 カロージェロが雷の魔術を使うことを考えれば……、


「磁力?」


「ご名答」


 大盾同士に、互いに反発する磁力を付与して、一気に片方を空へと跳ね上げた。そしてそれに乗っかっていた自分たちは、一緒になって空へと放り出された。


 なるほど、と頷いた。


 着地は?


 上昇が止まる。綺麗に弧を描くようにして、二人は公爵邸の壁を飛び越える。そしてその先には街があり、地面があり、そこに向かって一直線に落下を始めている。


 叫ぼうとした。僕は何もできないぞ、と。


 けれどもちろん、カロージェロがそこまで後先考えなしにこんな行動を取ったわけもなく――――、


「……お?」


「懐かしの愛竜だ」


 二人の身体は、ゆるやかに速度と高度を下げてゆき、最終的には綺麗に着地することができた。


 目の前に、いつもの黒い竜の姿がある場所へ。


 きょろきょろとセヴェリは辺りを見回す。原理は分かった。竜の身体にも金属が使われている。だから、これにも磁力を付与することで、自分たちの足元にある大盾を遠ざける力を生み出したのだろう。そしてそれは最適な加減で落下の力をやわらげ、おかげでこうして、傷ひとつなく着地することができた。


 しかし、わからなかったのはこの場所だった。


 公爵邸に侵入する際に竜を停めたのは、この場所ではなかったはずなのだ。


 考えるよりも先に、セヴェリは助手席に乗る。カロージェロも後部座席に令嬢を詰め込むと、すぐさま運転席に座る。


 手のひらに稲妻が走る。同時に、セヴェリも再び幻惑魔術をかけ直す。


「もしかして、」


 という言葉から、セヴェリは質問を始めた。


「竜の遠隔操作ができるのか?」


「お前だって、遠隔で幻惑魔術が使える」


「魔術紋を書き込めばね」


「俺も同じさ」


 透明な竜が、雨の中を走っていく。


 




`ヽ、`ヽ、`ヽ、`ヽ、





 陰謀の匂いを感じずにはいられなかった。


「検問の数が多すぎるな」


 言いながら、カロージェロは馬車道から道を外れていく。竜とぴったり同じ幅しかないような路地裏を、平然と進んで迂回してから、元の道へと何食わぬ顔で戻ってくる。


 どこもかしこも、騎士団だらけだった。


「僕はこういうのが初めてだからわからないけど」


 セヴェリも眉を顰めながら、外の景色を眺めて言う。


「たかが鉄砲玉の生贄が逃げたくらいで、いつもこのくらい物々しくなるものなのか?」


「そうだったらよかったのにな」


 動きが早すぎる。


 どう考えても、正規の手続きを踏んでいた場合にはありえないだろうという速度で物事が進行しているように思われる。公爵の死体が見つかって、そして現場から逃げた人間たちがいることがわかってから、そう時間は経っていないはずだ。


 焦る気持ちが、募る。


「次のところを右に」


「あいよ」


 カロージェロに指示しているのは、自宅への道筋。


 妹の――ティナが待っているはずの、家への道筋。


「どう思う?」


 短く訊けば、それだけでカロージェロは、質問の意図を汲んでくれた。


「問題はむしろ、正規の騎士団の方じゃねえのか」


 ここに来るまで我慢していたらしい煙草を咥えて、煙を深く吸って、またとても竜では入り込めないように思われる道を、無理矢理に通っていく。


「組織……つっても、俺もそこまで全体像は掴めちゃいないが、向こうはすぐに家族に手を出すってことはない。俺もお前も、使い道は捨て駒だ。特にお前の場合は、妹のためにこんなことしてるってことは向こうもわかってるだろうから、下手に逃げ道を潰して自棄を起こされるよりも、妹の安全を約束した上で自主的に使い捨てられるよう仕向ける方がやりやすい」


 まあもっとも、とカロージェロは、灰皿に灰を落とす。


「その約束が信用に足るかどうかは、当然別の話にはなるけどな」


 セヴェリだって、もちろんそんな期待をしているわけではない。


 当然のことだ。ティナを生かしておくためには、多額の治療費が必要になる。この運び屋の仕事の中で得た金のほとんどを注ぎ込んでなお、日々の暮らしの倹約を続けてもなお、将来にまるで楽観を持ち込めないだけの、高額が。


 そんなティナのことを、組織がわざわざ面倒を見てくれるとは思えないし。


 そもそもが、そんな組織に妹の身を預けるなんてことを、許すわけがない。


 しかしそれでも、カロージェロの答えはセヴェリの心を軽くした。薬物製造元の組織がティナにいきなり手を出す可能性は低い。それなら、後は騎士団側の動きだけだ。


 官吏登用試験の際に、勉強しておいた。未だにこの国には、一定以上の位の貴族の暗殺等、国家に対する反逆と見做される行為に対しては、連座が適用される余地がある。一族郎党まとめて処刑、ということだ。


 しかしその適用検討には、大抵の場合かなりの時間を要する。今回のように突発的な事案で、容疑者である自分たちが現在進行形で追われているような場合に限っては、騎士団は連座の適用可能性を法務所管の部署に相談するよりも先に、容疑者の確保を優先事項として対応するはずだ。


 大丈夫、と自分に言い聞かせる。


 ティナは、まだ無事でいるはずだ。


「二本先の交差点を左に」


「了解」


 そう言った途端に、カロージェロが大きくハンドルを切る。


 信じられないような道を進んだ。片輪が完全に壁の上を走る、そんな細い道。


 思わず座席から転げ落ちそうになって、目を丸くしてセヴェリが見れば、カロージェロは悪びれもせずにこう言って応える。


「近道だよ。間に合わせてやる」






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