4話 イン・フル・ブルーム
昨日の昼過ぎの話だ。
親方に市場へ頼まれた買い物を終えて児童保護園に戻っている最中に野生の熊に襲われた。
何とか熊の撃沈に成功した俺は激闘の末に散乱された買い物商品を回収していると、目の前に女の子が現れた。 現れた女の子はお腹が空いて限界だったのか俺の目の前で倒れてしまう。
そのままにしておく訳にもいかず仕方なく児童保護園に連れてきて少女はエレナと名乗る。
1晩児童保護園に泊めてすぐにエレナが暮らすリッチシティーに送る予定だった・・・のだが。
「なぁ・・エイダン。」
俺とロルフは仕事で大人達が掘った土を袋に詰めて運ぶ仕事をしている。
毎回同じ場所で荷物運びをしているわけではないが、今朝から何故かロルフが俺の後ろについてくるのだ。
そんな訳で今は隣で俺と一緒に土運びをしているわけなのだが、ロルフは仕事が始まってからずっとある場所を凝視して仕事に集中していない。
「なぁ・・エイダンってば。」
「・・・なんだよ。」
先ほどからずっと隣で俺の名前を飲んでくるのだが、なんだか面倒くさそうな事になりそうなので敢えて無視していた。 しかし、この土運びの仕事は思った以上に身体に負担がかかり辛い所がある。 そんな中ずっと名前を呼ばれるのはさらに辛い・・というか面倒くさい。
「エレナちゃん。 いつ帰っちゃんうんだろう。」
「さぁな。 本当は今朝にでもリッチシティーに送るつもりだったんだけど、何故かもう1晩泊めてほしいって。」
「なん・・・だとっ!!?」
背負っていた土袋か落ちた音がした。 隣を見るとさっきまで横にいたハズのロルフの姿が消えていた。
「あれ? ロルフ? ――――って。」
仕事の土を放り投げ、ロルフがいた場所は仕事場から少し離れた所に今朝からずっと見学に来ていた少女、エレナの所だった。
「ねぇエレナちゃん。 今日このあと暇かな? 暇ならさ。 俺がこの辺りですっっっげぇ綺麗な景色がある場所があるんだ。 もしよければ今日仕事終わってから一緒に行かない?」
「えっと・・・その・・・」
ロルフの奴はどうやらエレナに一目惚れというものをしてしまったらしい。
確かにエレナと出会った時は汚いマントを被っていたせいで顔があまり見えていなかったが、その中身は超絶の美少女と言っても過言ではない。
白銀の長髪に肌荒れ1つない顔。
瞳も大きくまるで御伽噺に出てくるお姫様のような容姿をしている。 あの素顔を見られれば顔を覚えられ、最悪の場合人攫いに会うリスクもある。 恐らくそのリスクを無くす為にわざわざ汚いマントを被ってプアタウンまで来たのだろうが、何故そんな危険なリスクまで犯してここまで来たのか俺には謎だった。
そんな事を今まさにエレナをデートにお誘いをしているロルフを眺めていると、何故かロルフではなくエレナが俺のほうに向かって駆け足で向かってきた。
「あ、あの! エイダンさん!」
「どした? っていうかロルフは何してんの?」
ロルフは何故かエレナがいた場所から動こうとせず岩のように固まっている。
「そんな事よりもエイダンさん。 ロルフ君が言ってたこの辺りにある綺麗な景色が見れる場所ってご存じですか?」
そんな事よりもとでたか。 ロルフよ。 諦めろ。 恐らくこの子はお前の事なんとも思っていないぞ。
「あぁ、あるよ。 少し歩くけど多分あの場所知ってるのは俺とロルフ、それとあそこで腕を組んで俺達を睨んでる親方だけだと思う。」
俺が遠い目で眺めている方向にエレナも目を向けると、そこには鬼の形相で仁王立ちしてこちらを見ている親方の姿があった。
「すいません! 私お仕事の邪魔をしてしまって!」
「大丈夫大丈夫。 多分怒ってる理由はあそこでサボってるロルフとそれを止める事が出来なかった俺に対してだろうから。」
「そ、そうですか・・・あの!」
エレナは仕事で砂だらけの俺の手を両手で握りしめて顔を近づかせてきた。 その時エレナからとても甘い匂いがして思わず俺はエレナの目をそらしてしまう。
「よかったら今日、お仕事が終えた後に私をその景色が見れる場所に連れて行ってはくれませんか!!」
「それはいいけど・・それならロルフに誘われなかった?」
「え?! あっ・・それはその~・・・」
ものすごくわかりやすく目を泳がして動揺するエレナを見て、俺は小さく溜息を吐いた。
「わかった。 それじゃあ今日はまだ日が出てるうちに仕事が終わるはずだからその後に行こう。」
「!? 本当ですか!」
エレナは嬉しそうに声を弾ませて先ほどまで見学していた場所に戻っていった。 その視線の先には目から血の涙を流して俺を般若のような顔で睨んでいるロルフの姿があり、親方の方に視線を向けると何か生暖かい視線をこっちに向けてきていた。
因みにエレナがロルフの場所に戻ると、エレナはロルフに仕事を頑張るようにエールを送ったらしい。
その一言でロルフのやる気はマックスになり、仕事が終わる頃には今日の仕事量の半分はロルフ1人でこなしてしまう程の効果を見せた。
その光景を見た親方は小さい声で「しばらくはこれでサボる事がないな。」と喜んでいたのは内緒である。
◇ ◆ ◇ ◆
予定通り太陽がまだ出ている時間帯に仕事を終えた俺はエレナとの約束通りこの辺りで俺とロルフ、そして親方の3人しか知らない絶景スポットへ案内していた。
保護園を出る前に呪文を唱えていたロルフが見えたが、あれは見なかったことにしよう。
「今から向かう所はさ。 俺がまだこの児童保護園に引き取られた時くらいに親方が連れてきてくれた場所なんだよ。」
児童保護園に来たばかりの俺は人間不信になっていた事もあり、ここの生活に馴染めないでいた。
そんな時に親方が「良いものを見せてやる。」とほぼ強引に連れて来てくれた場所だ。 無理矢理連れてこられた場所ではあったが、俺はその光景を目のあたりにして確かに少しだけ心が軽くなったのを今でも覚えている。
「で、でもエイダンさん! もう大門の1本道から大幅に道を外して獣道を歩いてるけど、この先ってずっと森だったような・・・。」
リッチシティーの周辺は森が広がっており大門の1本道以外はすべて木で覆われている。 勿論その先に崖や谷と言える危険な場所は存在するが、そこから絶景が見える場所など聞いた事がない。
「だから言ったろ? あそこは俺とロルフ。 それと親方しか知らない秘密の場所なんだよ。 ほら。」
そう言ってエイダンはエレナに手を差し伸べる。 その差し伸べられた手とエイダンの顔を何度も見直して段々と顔を赤らめていった。
「なっ! なっ! なっ!」
「ほら早く! 俺の手握ってくれ。」
「手を・・・握る!!」
エレナは状況をきちんと整理がついたらしく、さらに自分の現状を把握してリンゴのように顔を真っ赤にした。 しかし当のエイダンは全く気にしていないらしく不審な行動を起こすエレナを不思議そうに眺めているだけである。
「ここから先は誘導者に触れておかないとそのスポットに行けないんだよ。 だから手を握っておくのが手っ取り早いんだ。 ほら、グズグズしてると夜になっちまう。」
「う~でも・・・その~! ・・・~~~~ッ!!」
・・・で、結局落ち着いたのはエイダンの小指だけをエレナが掴むというものだった。
普通、表情を見る限りエレナがエイダンの手を握る事に対して照れて恥ずかしいものだと理解できると思うのだが、エイダンは手を握るのではなく小指だけを掴まれている状況に内心ものすごく焦っていた。
(まって。 そんなに俺の手を握るの嫌なの? 何なの? そんな気持ち悪い? ・・ハッ! もしかして働いた後だから汗臭いとか!! クソッ! こんな事ならロルフの言う通り普段から汗の匂いに気を配っておくんだった!!)
そんな気になる年頃のエイダンは心の中で色々と考え込んでいた。
一方、照れ恥ずかしさにエイダンの1歩後ろに下がって顔を俯かせていたエレナはある異変に気が付いた。 先ほどまで足元には草や木の枝などが目立って見えていたのにも関わらず、途中から足元に花が咲いていたのだ。 それも1種類や2種類ではない。 数多くの種類の花が咲き広がっている。
呆気に取られていたエレナに対してエイダンは足を止める。
立ち止まったエイダンの顔を見ようと、ゆっくりと顔を上げると、そこにはエレナの創造を超える美しい光景が広がっていた。
風が吹くとピンクの花びらが空を舞い、まるで花が吹雪いているようだ。 しかし、1番驚いたのはその視界に移る大きさだ。
まるでそれは空を覆う傘のようで、不思議と心地よい鼓動が胸を高鳴らせる。
「すごい・・・」
呆気に取られていたエレナが最初に口に出た言葉がその一言だった。 そのたった一言が聞けて満足したのかエイダンは小指を握るエレナの手を引いて再びゆっくりと歩き始めた。
「ここは親方の友人が結界を張って外からじゃ見えないように作られたエリアらしいんだ。 だからリッチシティーの人間もプアタウンの人間も誰もこの景色を見た人間はいない。」
圧倒されるその光景を眺めながら、エレナはようやくエイダンと顔を合わせる。 その時のエイダンはとても穏やかな顔をしていて優しい瞳をしていた。
「ようこそ。 ここは誰も知らない穏やかで美しい花が舞うスポット。 イン・フル・ブルーム!」