2話 スキル
その日は今までに感じた事もない暴風と大雨が降った日だった。
森に囲まれた小さな村の住民は、早くこの嵐が過ぎてくれないかとただ願うのみ。
今にも家が吹き飛ぶのではないかと思われる雨風に続いて無数の雷まで空を覆っていた。
そんな嵐の中、住民の家の扉を叩いては大きな声で必死に何かを叫んでいる少年がいた。
少年は村全体の家ではなく、村の兵士が住んでいる家のみを選んで必死に扉を叩いて叫ぶ。
「誰か! お願いします! 誰か助けて!!」
何度も、何度も少年は嵐の中を必死に村を走り周っては助けを求める声を叫んでいた。
「お願いします! 誰か! 誰か父さんを助けて!!」
しかし、嵐の雨風のせいか、それとも空を覆う雷の音のせいなのか。 少年が求める助けの声を聞き入れる者は誰1人として現れることはなかった。
◆ ◇ ◆ ◇
(・・・夢か。)
太陽の光が窓から差し込み、床で寝ていた俺の顔に日光が直接当たって目を覚ました。
ここは俺達が住むスラム、プアタウンにある児童保護園。
リッチシティーを家族ともども追い出され行く先がなくなった子供が集まる場所だ。 この保護園に来る子供達のほとんどが面倒を見切れなくなったご両親達が預けに来る。
しかし、そんな理由以外にも親に捨てられた。 またはこのプアタウンで生まれてそのまま育児放棄された子供達もこの保護園で保護されている。
そんな児童保護園は、子供の数が多くなり俺が最初に来た頃は子供達全員分のベッドが用意できていたものが、今では床にシートを敷いて寝なければならない子供が多数見られるほど多くなった為、俺はこうして体の上に小さい子供達に足を乗っけられた状態で床に寝ていたのであった。
1度起こそうとも思ったが、いつもは仕事をしたくないと駄々をこねている大人達の声が聞こえない。
まだ起床時間には早い時間であるようだ。
俺は他の子供達が起きないようにゆっくりと寝室室を退出して外にある井戸に向かう。
「あっ。」
外に出て児童保護園の裏にある井戸に向かうとそこには先に井戸で顔を洗っていた大人がいた。
太陽の日光が反射するほど綺麗に剃られた頭で、今にも服が引きちぎれるのではないかと思うほどの鍛えられた筋肉が目立つこの大人は、この児童保護園の園長であり、このあたりの仕事をたった1人で指示をして何百人と言われる大人達を手駒に扱う男である。
子供達からは園長と言われ慕われて、大人達からは親方と呼ばれ厚い信頼されている。
プアタウンでは10歳になると働ける資格を手に入れることができる為、すでに大人と一緒に働いている俺は親方と呼ばせてもらっている。
「親方。 おはようございます。」
「うん? おぉ、エイダンか。 おはようさん。」
ただ、親方は子供達に慕われ多くの人に信頼をされているが、初めて親方にあった人は必ず怯えて体が固まってしまう。 その意味は親方の凶悪なこの顔つきだ。
スキンヘッドに顔には無数の傷跡。 おまけに目つきも鋭い為、プアタウンに来て親方を初めて見た大抵の人は一目散に逃げていく。
「今日はいつもより早いな。」
「なんか目が覚めちゃって。 親方も?」
「バカモン。 儂はいつもこの時間に起きとるわい。」
そんな他愛もない話をしながら俺は親方の横で井戸の水を汲み顔を洗う。
「そうじゃエイダン。 悪いんだが今日市場に行って買い物してくれんか。」
「いいよ。 何買いに行けばいいの?」
親方はズボンのポケットに入れていたメモ帳とペンを取り出してサラサラと何かを書き俺に手渡した。
「普通の食糧品の買い物じゃよ。 今日は月末だから市場が安売りしている日のハズじゃ。 今月だけでプアタウンで彷徨っていた子供達が7人も加わったからの。 いつもより荷物が多くなるが行けそうか?」
「もちろん。 っていうかこの量は確かに俺じゃないと持って帰れないしね。」
俺は親方にもらったメモをポケットにしまい込む。
「そうか。 それじゃあ買い物は頼んだ。 それとこれは褒美じゃ。」
そう言って親方が俺に手渡したのは銅貨5枚。 決して多くない金額だがこのプアタウンで暮らしている子供からしたらかなりの高額な金額である。
「これでジュースでも買って飲んで来い。 もちろん、他の子供達には内緒でな。」
「うん! ありがとう親方!!」
俺は銅貨を握り占めて急いで市場に向かう準備をする為、部屋に戻った。
◆ ◇ ◆ ◇
プアタウンとリッチシティーが繋ぐ1本道の道中には、プアタウンに市場と呼ばれている場所がある。
そこはリッチシティーの商人達がプアタウンの住人の為に商品が売買されている。
日用品から食料。 お金に余裕がある者には娯楽の為の酒や肴類も売られている。 値段もプアタウンの住人が苦しくならないように調整されており、噂ではリッチシティーの半額になっている商品もある。
その噂のせいなのか、この市場にはプアタウンの住人だけでなくリッチシティーの住人もよく足を運ぶのだ。 ただ、ここはあくまでもプアタウンの為に作られた市場である為あまり治安はよくない。 その為、リッチシティーで暮らしている者からすればここは裏市と呼ばれている。
「おっちゃん。 そこの大きい魚1匹!」
「エイダンじゃないか! まいど! 魚1匹ね! ちょっと待ってろ!」
行きつけの魚屋のおっちゃんはリッチシティーの住人ではあるが、毎週売れ残りやリッチシティーでは販売できない大きさの魚を市場に仕入れて安く販売してくれている優しい人だ。
「それにしてもエイダン。 お前さんいつも1人でその大量の荷物を持ってるが辛くないのかい?」
おっちゃんは俺が運びやすいように魚を小さい状態に捌きながら聞いてくる。
俺は今、右肩に大量のパンが入った紙袋と左腕に肉や野菜が入った袋、さらにその脇には保護園にいる子供達が欲しがりそうな甘味のお菓子が入った紙袋を抱ええている。 その量は大人からしても重くて運ぶのに一苦労しそうな量だった。
「平気平気! 俺って結構力持ちだからさ。 仕事でも結構役に立ってんだぜ!」
「はっはっは! そうかそうか! それだけ元気なら大丈夫そうだな。 ほら魚1匹お待ち!」
しかしすでに両手一杯に荷物を持っている俺におっちゃんはどうやって手渡そうかと悩む。 俺は頭の上に乗せてもらえるように頼み、乗せられた魚が落ちないようにバランスよく乗せてもらった。
「しかしなエイダン。 いくら力持ちだからっても一応用心はしておきなよ。」
「? どういうこと?」
「なんだ知らねぇのかい? 最近リッチシティーの塀の周辺に盗賊が出るって話なんだよ。」
おっちゃんは周りに聞こえないように小さい声で教えてくれた。
どうやらここ数か月の間に他国からリッチシティーに向かっていた商人の馬車が何者かに奪われる事件が多発しているらしい。
すでに西・東・南の大門近くで被害のあった馬車が多数あるという。
「まだこの北の大門の1本道にそんな情報は来てないが気おつけなさい。 どうもその盗賊達はかなりの腕があるようで兵士も何人かやられたって話さ。」
「・・・へぇ~。」
兵団が倒された。
別に兵士が何人やられようが気にはしないが、リッチシティーが他国に攻撃されないのは兵士の強さが主な理由だ。 たかが盗賊に普通は倒されるはずがない。
恐らくこの情報に関してはデマだろうと俺は思った。
「了解! うちの親方にも伝えておくよ! 魚ありがとう!!」
「はいよ! まいどー!」
そう言って俺は小走りで保護園に戻る帰路へ向かった。
保護園から市場まで少し距離があり普通に歩けば1時間何もないただの道が続くだけ。
しかし、途中から林の中へ進んでいけば30分で保護園に到着できる近道がある。 俺は慣れた足取りで道が作られていない獣道を進んでいく。
この辺りは人が作られた道があるとは言え周辺のほとんどが自然の森である。 その為、普通に道を歩いているだけで狂暴な獣に襲われるというケースも少なくない。
普通子供1人がそんな狂暴な獣のいる場所を通るのはよくないのだが、エイダンはあまりそのあたりを気にしていない。
いつも通りに近道を通っている最中、木の陰からエイダンを噛み千切ろうと鋭い牙を向けて口を大きく開けた熊が飛び出してきた。 体長はエイダンの3倍以上あるだろう。
「おわっ!?」
しかし、エイダンを噛み千切ったはずの熊の口は大きく空振り倒れこむ。 獲物がどこに行ったのかと探していると頭上から猛獣の頭にリンゴが1つ落ちてきた。
上を見るとそこには木の枝に乗って熊を見下ろすエイダンの姿があった。
「悪いんだけどさ。 それで勘弁してくんね? 今荷物が多くて大変なんだよ。」
しかし熊が人の言葉などわかるはずもなく、空気が揺れるほどの大きな咆哮を叫ぶ。
「ダメかぁ~。 う~んあまり気は進まないけど、しょうがないか。」
木の上にいるエイダンを威嚇している熊にエイダンは両手に持っていた荷物を放り投げた。 熊はそれを何かの攻撃だと思ったのか一瞬放り投げられた荷物に目が行く。
「スキル身体強化! 〘脚〙!」
すると、エイダンの脚に模様のようなものが浮かび上がる。
脚を踏ん張りエイダンは一気に熊に目掛けて飛び降りた。 その衝撃で木の枝はバキバキと音を出しながら後ろに吹き飛ばされる。
放り投げられた荷物に意識が向いた熊はすぐに視線をエイダンに向ける。 しかしその時にはすでにエイダンの姿はなく、代わりに見えるのは折れて宙を舞っている木の枝。
次の違和感を覚えたのは熊の鼻と顎だった。 痛みはない。 ただ何かに触れたような感覚が熊を襲うと、熊の意識は次第に暗くなり地面に倒れこんだ。
「ふぅー! なんとかなった~!」
倒れこんだ熊の後ろには先ほど木の枝の上にいたエイダンが立っている。
エイダンはあの一瞬で木の枝から飛び降りて、熊の鼻と顎に一発ずつ足蹴りを当て気絶させた。
「さぁ~て、熊は何とかなったけど・・・。」
熊を倒したのはいいが、熊の相手をするのに両手いっぱいにもった荷物を持ったまま戦うのは不利だと考えたエイダンは荷物を放り投げることを選んだ。 その結果、頼まれた買い物の商品はあちこちに飛び散りエイダンは肩を落として深く溜息を吐いた。
面倒くさそうにメモに書かれた商品がすべて揃っているのか確認しながら散らばった荷物を回収する。
「え~と、魚ある。 肉ある。 野菜ある。 ・・・うげ、さっき落としたリンゴがい1個足りねぇ。」
足りないリンゴを探す為、地面を這いながら探していると目の前に人の足が見えた。
ゆっくりと頭を上に向けると、そこには汚れたマントを顔まで覆い隠している女の子が立っていた。
年齢は俺とさほど変わらないと思う。 マントの隙間から少しだけ見える綺麗な瞳と顔に俺は一瞬何が起きているのか理解できずに、ただ目の前に立っている女の子を見上げている。
すると、女の子は手に持っていたものを無言で俺に何かを手渡してきた。
それは俺が探していたリンゴだ。
「あっ、えっとその・・・ありがとう?」
お礼を言ってリンゴを受け取ると女の子はゆっくりと頭を下げる。 そしてジッと何故か俺を見てくる。
俺もそれをなんとなく女の子の目を合わせて眺める。 ・・・が、俺が先に恥ずかしさに負けて目を泳がしてしまった。
(え? 何? 俺なんかした? っていうかこの子誰?! この辺りで見た事ないから最近リッチシティーから移住してきたのか?)
何も言わずにただジッと見つめてくる女の子に俺は自分でもわからない胸の高鳴りを落ち着かせていた。
「—————た。」
しばらく経ってようやく女の子は小さい声で何かを話しかけてくれえた。 内心この空気が辛くなってきたからホッとした。
「ごめん! 聞こえなかった! もう1回言ってくれて!」
俺は両手を合わせてもう1度何を言ったのか聞き返す。
すると次は言葉ではなく女の子の腹から小さくグゥ~と腹の虫が聞こえた。
「お腹・・・すい・・た・・」
「えっ! ちょちょっと!!」
その瞬間に女の子はフラフラと体を揺らすとその場に倒れこんだ。 俺は咄嗟に地面に倒れこみそうだった女の子の肩を掴み何とか地面に倒れるのを阻止する。