1話 田舎の町
大帝国都市リッチシティー。
人口・土地ともに世界トップを誇るこの国は他国が羨むほどの先進国。
科学の発展は他国よりも100年以上発展していると言われており、世界で初めて魔法が使えない人でも魔法を扱う事が出来る魔道具を発明した。
しかし、リッチシティーがもっとも誇りを持っているものは最新科学や人口、土地の多さなどではない。
リッチシティーが1番誇るもの。 それは兵士の強さにある。
この国は何よりも兵士の強化を優先してきており、今までの他国との争いで1度も敗北をしたことがない。
更にはこの世界に3つあると言われているダンジョンと呼ばれる異界。
ダンジョンの中には無数に出現する強靭な生物が多数存在しており今までダンジョンの中に入った者は戻ってこなかったのだが、人類史上初めて軍をダンジョンに進出させてそのほとんどが無傷で戻ってきた。
これにより他国はリッチシティーに和平を求めるようになり争いがなくなったという。
兵士の強化に全面的に注いできたリッチシティーは結果的に平和を手に入れた事により、科学が発展して国民に平和が訪れた事で、この100年間で人々の笑顔がなくなる事は1度もない。
・・・だが、それはあくまでもリッチシティーの中での話だ。
リッチシティーには国を守る為に頑丈に建てられた大きな円状の塀で守られている。 出入り口の門は東西南北に設置されている4つの門のみ。
リッチシティーの外に出るとすぐには森林が広がっており、見えるものは他国の人間が訪れる際に使われる1本道の道路だけ。 その内の北にある正門から続く1本道を進んでいくと、そこには町が存在している。
リッチシティーでは仕事を無くして住む家や生活が出来なくなった人間は国に滞在する事は許されておらず、一定期間働き口が見つからない場合は国を追放されるのだ。
しかし、働いてもいない人間がリッチシティーの近くで野宿など始められても迷惑だと考えた国の責任者達はリッチシティーから少し離れた場所に小さな町を作った。
そこは、それぞれの事情で働き口がない、または国に何かしらのペナルティーを受けて追放された放浪者が集まる場所でありリッチシティーが管轄する小さなスラム。
その名を————プアタウンという。
ここまでの話でプアタウンはリッチシティーで働けず追い出された大人達が暮らす町だと思われやすいが、ここには親に捨てられたり親と共にこの町に流れてきた子供達も数多くいる。
だが、ここの子供達にはリッチシティーのように自由など存在しない。
子供達は今日を生きる為にまだ幼いながらも大人に混じって朝から晩まで仕事をしてお金を稼いでいる。
子供達の主な仕事は大人達が掘っている土や切り落とした樹や枝を運ぶ事だ。
今日も朝から袋に詰められている土を背負い運び働き汗をながして、気が付けばすぐに太陽は真上から俺達人間を見下ろしている。
「休憩! 野郎ども!! 休憩だァァ!!」
――――カンッカンッカンッ!
デコボコに凹んでいるヤカンを太い棒で叩いて昼休憩の知らせが流れる。
周りの大人たちはようやくと休憩だと言わんばかりに土を掘っていた道具をその場で投げ捨ててゾロゾロと昼飯が配給されている場所に向かう。
今日の昼飯はカチカチに固まったパンに薄味のコーンスープ1杯だ。 俺達はその固まったパンをスープに溶かして何とか食べられる状態にして口に運ぶ。 そうすることによって薄味のコーンスープが少しでも濃く感じるのだ。
「兄ちゃん。 お腹すいた。」
俺も配給されたパンをコーンスープにつけようとした時、隣に2人の子供が座り込んでいる。 1人はまだ幼く5歳くらいの子供だ。 片手には配給で使われたカップを持っているから恐らくすでにパンとコーンスープを食べた後だろう。 しかし、食べ盛りの子供にはまったく足りていなかった配給に少年は隣にでチマチマとパンを食べている兄に涙目で呟いた。
「我慢しろ。 配給は1日2回の昼と夜しかもらえないんだ。 ほら。 僕のパンを少し分けてやるから我慢しろ。」
少年の兄はそう言ってチマチマと食べていたパンを引きちぎり、まだコーンスープが入ったカップと一緒に弟に手渡した。
弟は嬉しそうにそのパンとスープを食べる。 兄はその様子を優しい眼差しで眺めると残りのパンを一口で食べそれを味わうように食べるのだった。
しかし、弟のほうはまだ余裕がありそうだが、兄のほうは見てわかるほどに痩せこけていた。 服の裾から見える腕も細く、もう何日もまともな飯を食べていないのだろう。 恐らく食べ盛りの弟に食べさせる為にわざと自分の食事を減らして譲っているのがわかる。
「・・・おい。」
「え?」
少年は急に声をかけられ顔を上げると目の前にカップとパンをほとんど無理やり押し付けられる形で手渡されて困惑した。
「あの・・これ。」
「お前が食べろ。 兄であるお前が倒れたら今度は誰が腹を空かせた弟に飯食わせるんだ。」
その後も少年は何か言いたそうだったが、俺は何も聞かずにその場を後にした。
「お~い! エイダ~ン!!」
「・・・ロルフ。」
少年に飯を押し付けた俺は井戸がある場所で空腹を紛らわせる為に水をがぶ飲みしていると、ヘラヘラとした笑みで手を振っている友人のロルフが近づいてくるのに気が付いた。
「なんか用?」
「いや~さっきそこでお前を遠目で見てたんだけどさぁ~! お前相変わらずのお人好しっていうかおバカっていうか~。 普通貴重な食糧を見ず知らずの相手に譲るかね? 俺は嫌だね断固拒否! 人に譲るくらいならそれ相応の対価をもらわなきゃ自分が損するだけだからな!!」
ロルフは悪い顔でお金の意味を指す輪っかを指で作る。
「嫌味言いに来たならどっか行ってくれ。 俺は今この空腹を水で満たすのに必死なんだよ。」
「なんだよ冷たいなぁ~。 親友である俺がせっかく配給場から貴重な肉を盗ってきてやったっていうのに、そんな態度をとってもいいのかなぁ~??」
「わかった。 俺が悪かった。」
来た道に振り返り懐からチラッと見せてきた肉を見るとエイダンはすぐに頭を下げた。
「分かればいいんだよ分かれば! ニシシシシッ!」
ロルフは満足そうに笑うとさらに懐から配給されていた固いパンを取り出してそれを2つに分ける。 それらのパンに上に先ほどくすねてきた肉を切り分けて乗せる。
「はいよ。 こっちエイダンの分な。」
「ありがとう。 ・・・ん?」
「? どした?」
「ロルフ。 これお前の昼飯のパンだよな。」
「そうだけど?」
「お前も貴重な食糧分け与えてんじゃん。 俺何にも対価払ってないし。」
「・・・・あっ。 ホントだ。」
2人は少しの間ポカーンとして目を合わせると次第に笑いが込み上げて来て大声で笑った。
昼飯を食べ終えまだ休憩時間が残った為、2人はボーッと寝転んで青空を眺めていた。 するとロルフは何かを思い出したように起き上がる。
「そういえばさエイダン。 この前リッチシティーの王様が倒れたって話知ってるか?」
「あぁ。 なんか暗殺を企んだ反逆派に毒を盛られたとか病気で倒れたとか色々な噂が流れてる話だろ?」
今から1ヵ月前。 リッチシティーを治める王様が倒れ今も目を覚まさないという情報が視察に来たリッチシティーの兵士から流れてきた。
国民は一時期、この噂に騒然として不安を抱いて生活を過ごしていたがそれ以降に王様に関する内容は一切聞かないという。
「だけどさ。 昨日ようやく城の連中が正式に発表したらしくて、どうやら今の王様が変わるらしいんだ。」
「それって今の国王が引退するって事?」
ロルフは頷くとポケットから1枚の紙をエイダンに手渡した。
「俺、文字読むの苦手だからさ。 全部は見れなかったけどそれが昨日帝国に配布された記事。」
その記事には国王の引退を裏付ける内容ともう1つ。 国にとって重大な事が書かれてあった。
「次の国王は、国王の1人娘?」
「あっ、やっぱそういう風に書かれてあるの? すげぇよな~。 年はまだ俺達と同じ12歳なのにもう国を治める女王になるんだぜ。」
その記事には国王の引退とそれと同時に次の国王が決定された内容がつづられており、その人物こそが現国王の1人娘だと書かれてある。
しかし、ロルフが俺に見せたかったものはそれではなく、本題は記事の下に書かれている何かの募集要項の記事だった。
「兵団騎士の募集?」
「そう! 今の姫様が実際に国を治めるには結婚ができる年になってから。 つまり3年後! この国の英雄を決める大会が開催される! その募集はその大会へ出場する為の育成と姫様の結婚相手になれるチャンスだっていうことさ! どうだ? 燃えてきたろこれ!!」
ロルフは興奮気味にテンションが高くなっているが、俺はその記事はロルフの目の前で真っ二つに千切った。
「あぁぁぁああああ!! な、なにすんだお前ぇええええええ!!」
2つに千切られた記事をロルフは手に持ってまるで親の仇のように泣き叫んだ。
「くだらねぇ夢見てないで仕事戻るぞ~。」
「くだらねぇとはなんだくだらねぇとは!」
「くだらねぇもんはくだらねぇの。 だいたいお前俺達スラムの子供が帝国都市の兵団に入れるわけないだろ。」
「だから大会に出場するんじゃねぇか! 大会ではスラムと帝国都市も関係なく誰でも出場できる! しかも優勝すれば姫様と結婚できるし、優勝が無理でも予選を通過できればリッチシティーでもっともカッコいい兵士になれるんだぜ! なぁおい! 聞いてんのかよエイダン!」
ロルフの必死な声掛けにエイダンは振り返ることはせずそのまま自分の仕事場に戻っていった。
(何が・・・カッコいい兵士だ。 俺は絶対に兵士になんてならねぇぞ!)