序章 少年の夢
昔から、父の仕事を見学するのが好きだった。
父は森に囲まれたド田舎にある小さな村の警備隊の兵士だ。
しかし、兵士といっても帝国都市のようにキラキラに輝く鎧など持っておらず軽装で身を守るものといえば胴体に身に着けている鉄板くらいで、武器も幼い子供である俺でも分かるほどボロボロで立派なものではなかった。
だけど俺はそんな立派な兵士ではない父の仕事を見学するのが好きでよく仕事場に連れて行ってもらっていた。
父の主な仕事は村を囲うように設置された小さな柵に唯一存在する門の門番だ。
・・・といってもド田舎な為に門を通る人といえば週3ほどで村に食材や服を売りに来る商売人だけで後はただ門の前に立っているだけの仕事だ。
他の兵士たちはどうせ誰も来ないからだと朝から酒を飲んで待機所で昼寝をしている。
誰がどう見てもだらしのない田舎の仕事場だ。
兵士の大切な武器は抱き枕代わりにされており、報告書と書かれた書類は床に落ちていたり机の上に散乱されている状態だった。
子供が見てもそこにはダメな大人達の姿がそこにあった。
「本当にどうしようもないね。 この村の兵士は。」
門の前に立って門番をしている父に近づき俺はそう呟いた。 すると父は苦笑しながら軽く撫でる。
「そう言うなエイダン。 兵士が朝から暇だという事は村が平和な証拠さ。」
「ふ~ん。 じゃあ父さんもさぼっちゃえばいいじゃないか。」
「うん? あははは。 そうしたいのは山々なんだがな。 俺がサボってしまえばこの門を守る人がいなくなってしまう。 そうしたらもしもの時に村を守る人間がいなくなってしまうだろう?」
「もしもの時って?」
「え? あ~・・そうだなぁ~。」
父は困ったように頭をガシガシと掻く。 どうすれば幼い子供でも納得できるような言葉を言えばいいのか整理しているようだった。
すると、村の中から少し太った女性の声が聞こえてた。
「ちょっと兵士さん! ちょっといい??」
「あ、これはこれは。 お肉屋の奥さん! 一体どうされました?」
「実はねぇ~! 家の飼育している鶏の小屋が壊れちゃってね~! 悪いんだけど直すの手伝ってくれない?」
「小屋の修理ですか? わかりました。 すぐに向かいます。」
「ほんと?! よかった~! 助かるわ~!! じゃ、お願いね!」
兵士である父が鶏小屋の修理をするのはおかしな話だが、父はその頼みを嫌な顔1つせずに引き受けた。
「父さん。 門番の仕事は?」
「ここにいても暇なだけだしな。 ほら行くぞエイダン!」
「え~・・・」
◇ ◆ ◇ ◆
頼まれた鶏小屋へと向かい修理をしていると犬の散歩をしている老人がヨロヨロと片手に大きな荷物を持ちながら歩いているのが見えた。
「こんにちわおじいさん。 なんだか重そうな荷物を持ってるけど大丈夫?」
「あ~兵士さんかぁ? 実はなぁ~。」
なんでもおじいさんは今日誕生日のおばあさんの為に山から事前に罠を仕掛けていた場所でウサギを獲ってきた帰り道だったらしい。 その道中に他にもおばあさんの好きな花や果実を見つけては摘んでいたらいつの間にか荷物を多くなってしまったという。
「なるほど。 それじゃあ荷物は俺が持ちましょう。」
「あ~、いいんかぃ?」
「えぇ。 もちろん。」
「それじゃぁ、お願いしようかねぇ。」
鶏小屋はすでに修理を終えていたので父はそのままおじいさんが持つ大きな荷物を手に取り並んでおばあさんが待つ家へと向かう。
「父さん。 門番は?」
「大丈夫大丈夫。」
◇ ◆ ◇ ◆
無事に荷物と一緒に送り届け、そのまま門へ戻ろうとした時だ。 今度は村の子供たちが何やら集まっている。 ただ集まっているのであれば気にかけないのだが、その集団の中に1人の少女が泣いているのが見えた。
「君たち、何かあったのかい?」
「あ、門番さん。 それにエイダンも。」
気が付いたのは子供の集団の中の少年だ。
「実はさっきまで俺達森の中を探索して遊んでたんだけど、その時にこの子のお気に入りの人形がどこかに行っちゃったみたいで。」
「グスっ・・グスっ・・。」
少女は涙を流しながら何度もお気に入りの人形の名前を呼んでいた。
「よぉ~し、わかった! おじさんがそのお人形を探しに行こう!」
「え? ほんとに?」
「あぁほんとだ!」
少女の頭を優しく撫でると父はそのまま少年少女たちが遊んでいたという森へ向かった。
「父さん! 門番はぁ~!」
「大丈夫大丈夫~!」
◇ ◆ ◇ ◆
太陽はとっくに沈み父は月に明かりだけを頼りに人形を探していたが、結局人形は見つかることがなかった。 ここでようやく門まで戻った父は肩を落として人形を無くして悲しんでいた少女にどう謝ろうかと落ち込んでいると、昼間に犬の散歩ついでにウサギを獲りに行っていたおじいさんがこちらに歩いてくるのが見えた。
「こんばんわおじいさん。 どうかされましたか?」
「おぉ兵士さん。 よかった。 ちょうどアンタの所に行こうとしていたんじゃ。」
「俺に用事?」
おじいさんは小さく頷くと手に持っていた袋から手作りの人形が出てきた。
「! これは!」
「いやぁ~。 森の中で見つけたんじゃがな。 婆さんにその人形を見せたら人形を無くした子供が泣いていたというじゃないか。 これは早めに兵士さんに渡さなければと思い持ってきたのじゃ。」
「ありがとうございます!」
父は深々とおじいさんに頭を下げた。
おじいさんの帰りを見送ると、父はこれで明日の朝には届けに行けると喜んだ。
「こんばんわ! 兵士さんはいらっしゃる??」
「お肉屋さん? こんばんわ。 どうかされましたか?」
待機所に大きな声で話かけてきたのは鶏小屋の修理を頼んできた肉屋の奥さんだった。 その奥さんの両手を見ると何やら大きな籠を2つ持っている。
「昼間はありがとうねぇ! お礼にこれ! 鶏の丸焼きとその他の料理。 是非食べておくれ!!」
「こんなに! ありがとうございます!」
またしても父は頭を深く下げて礼を言う。
暖かい料理を届けた奥さんを見送って俺は父に質問した。
「父さん。 なんで兵士なのに村の人に頭を下げるの?」
兵士、兵隊、軍というのは村や国を守る役目を請け負い命を張っている。 その為、帝国都市や他の村、それと父以外の兵士はどこか村人の人たちに偉そうにしていることが多い。
しかし父はその真逆だ。
村人の頼み事はできる限りに引き受けてはいつも仰々しい姿勢を見せる。 それは他の兵士から見れば変わった姿だった。
すると父はまたしても困ったように苦笑いをして頭をガシガシと掻く。
「あははは。 かっこ悪い・・か?」
その返答に俺は瞬時に否定した。 すると父は安心したようにホッと肩を下ろす。
俺は村人の人たちに腰を低くしている姿をかっこ悪いと思ったことは1度もない。 むしろその姿を見るのが好きで毎日父の後ろをついてきているのだ。
父の周りはいつも笑顔で溢れている。
村人の小さな悩みから大きな悩みを嫌な顔を1つもせずに聞き入れ率先して手伝いにいく。
勿論、それが兵士として普通のことではないと10歳になったばかりの俺でもわかる。 しかし、いつも何もしていないのに偉そうにしている大人や出来もしないのに威張ったり見下ろしたりしている大人達比べれば俺は父のその姿を見るほうが何倍も心地よかった。
俺もいつかは父のような周りを笑顔にできる優しい兵士になりたい。
この頃の俺は本気でそんな夢を見ていた。