雨(千鶴)
「お風呂を沸かして、桃花の着替えを用意して、と」
先ほど買い物の帰り道。雨に打たれながら下校する桃花を運転中にみかけたのだ。
・・・ 登校したときは確かに傘を持ってたはずなのになぜ帰りに持っていないのか ・・・
いつも私の子は普通の人より斜め上の予想だにしないことをするのでこれくらいのことは気に留めないがそれでも少しは気になってしまう。
「た・だ・い・ま。お母さんなんで車に乗せてくれないの」
お風呂を沸かしていつものようにキッチンでコーヒーを飲んでいるとずぶ濡れになった我が子が
車に乗せてもらえなかった悲しみと怒りを交えた声をあげ帰ってきた。
「乗せてあげようと思ったけど。傘を持ってないあんたが悪いんだし、ここは教育上しっかり傘のありがたみを教えようと心を鬼にしただけよ」
もののありがたみわかったでしょう?
「なるほど。私が体を冷やして風邪を引いてもいいと?」
「引かないでしょ、バカは風邪引かないんだから」
「あのね、お母さん。子供をバカ呼ばわりするのはいかがなものかと」
「はいはい。お風呂の用意しておいたから、早く入りなさい」
「あ、ホント!! 車に乗せてくれないのにお風呂は湧いてるんだ。すごい」
嫌味を交えながらも桃花は喜びながらお風場に行くのだった。
外は寒かっただろうしゆっくり温まりなさい、と心の中でつぶやく。
桃花がお風呂に入ってしばらくして、一本の電話がかかってきた。
「あ、もしもし。七野様のご自宅でしょうか。」
「はい、そうですが。どちら様でしょうか」
身に覚えのない声だったので誰だろうと思ったが同じ小学校に通うだれかの保護者らしい。
「私、東野と申します。実は今日の下校中、息子が御宅の娘さんから傘を借りたらしくて」
・・・ え!! あ、だからあの子傘を持ってなかったの!? ・・・
「そう・・なんですか」
「はい。それとこの傘ひとまわり大きいようで息子が同じ地域の低学年の子と一緒に楽しく帰ってきて助かりました。見ず知らずのかたに電話をするのは申し訳ないと思ったのですが。
傘に名前と電話番号が書いてあったのでお電話させていただきました。
明日、息子に傘を持って行かせますので娘さんにもどうぞよろしくお伝えください」
「ええ、伝えておきますね」
電話を終える。
「と、言うわけですよ」
電話を終え、テーブルを見るとバスタオルで頭を拭きながら風呂上がりの桃花がいつの間にやら座っている。
「で。善業を施した私に対し、傘を持ってないあんたが悪いとは?
教育上、傘のありがたみをうんたらかんたらとは? これいかに?」
「うっ」
得意げな顔で話は続けられる。
「あーあ。今日の帰り道は冷たかったな。特にお母さんの車が私をおいていったあたりからは心まで冷えて……」
「悪かったわよ」
・・・ 私が悪うございました。これでいいでしょ ・・・
「聞こえないなー、もう一回やり直し。」
ニヤニヤしながら勝ち誇った顔をする娘に腹がたつ今日この頃。