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ある医者の善意

 わたしは生まれた時から身体が弱かった。

 遺伝的な、つまり体質的な問題らしく、薬ではどうにもならなかった。遺伝子治療を受けたものの、わたしの場合は効果を得られない有り様。幼い頃は、冗談抜きに何度も死にかけたものだ。

 幸いにしてわたしは大人になるまで死なず、肉体の成長に伴い病気は問題のないものとなった。そして頭の方は人よりも良く、大学に進んで専門的な学問を身に着ける事が出来た。指先も器用で手術などが得意だったため、難なく医者の資格を取れた。

 そういう意味では、わたしは親を恨んだ事などない。むしろわたしに様々な才能を与えてくれて、感謝もしている。

 ただ、わたしの子供に、わたしの弱い身体を伝えたくない。

 だからわたしは結婚していなかった。子供を作らなかった。孫の顔が見たいと親に言われなかったのは、今でも両親はわたしの身体に負い目があるのかも知れない。

 でも、子供が欲しくない訳ではなかった。

 好きな人もいて、結婚だってしたかった。しかしわたしの子供が、治す方法がなく、大人になるまで死の恐怖に震えなければならない病気になるのなら……そのような子供を、わたしは作りたくない。

 恋人とは別れ、独り身になっていた。このまま静かに、独りで老いていくのも悪くないと思っていた。

 そんなある日の事だった。


「会社を立ち上げる。遺伝子治療……いや、デザイナーベイビーを作る会社だ」


 話があると呼び出された席で、友人からこのような提案を受けたのは。

 デザイナーベイビー。

 わたしとて医者の端くれだ。この言葉の意味を知らない訳もない。受精卵の段階で遺伝子を調整し、産まれてくる子供に親が望んだ形質を与える、或いは危険な形質を取り除く技術だ。

 法的な問題は、ない。デザイナーベイビー技術の発展に伴い、近年うちの国でも合法化されたのだから。

 しかし倫理的な問題は解決しておらず、人々は未だデザイナーベイビーに反感を抱いていた。会社を立ち上げればデモ隊や一般人に嫌悪を向けられ、最悪テロリストの標的となりかねない。

 わたしは友人に尋ねた。何故そのような会社を興すのか、と。

 彼は答えた。


「子供が欲しくても作れない人、弱い身体で生まれてしまうかも知れない子供を、少しでも助けるためだ」


 ……わたしは、彼の事をよく知っている。コイツは嘘なんて吐けない、馬鹿が付くほど正直な男だ。わたしの技術と知識が欲しいとか、何人協力者を集めただとか、開業は来年二〇六五年頃だとか、そういう話も全部明かしてきた。

 そして肝心の、受精卵への『治療』にわたしの腕が欲しいと言った。

 コイツはわたしがどのような境遇の生い立ちなのか、よく知っている。本当に、馬鹿正直な男だ。こんな話をわたしに振るとは。

 わたしが迷ったのは、ほんの数分だけだった。

 自分のような子供を生み出さない。自分のように子供を諦める人を作らない。

 その手伝いが出来るのなら、針のむしろになるぐらい、どうという事もないのだから。

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