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ある起業家の善意

 デザイナーベイビー施術というのは、一つの大きな技術問題点を抱えている。

 受精卵が分裂を開始する前に行う……これ以外のタイミングでは出来ない、という点だ。ただまぁ、これは仕方ない。デザイナーベイビーとは要するに遺伝子を弄くる事で体質を変える技術の訳だが、数十兆個の細胞に同じ変化を与えるのと、一個の細胞に変化を与える事、どっちが簡単で安上がりかは言うまでもない。

 そう、仕方ないんだが……これが一つ、厄介な問題を生んだ。

 ある施術を受けたなら、もうその体質は変えられないという事だ。技術の世界は日進月歩。ましてや第二世代施術を受けた子供が世の大半を占めるようになった今、一週間もすれば技術革新が起きる。最先端のデザイナーベイビー施術を受けた翌朝、もっと良い施術が発表されたら誰だって凹む。それが知能向上を行う、第二世代施術なら尚更だ。

 誰だって思うんだ。ああ、自分があと一ヶ月遅く産まれていればもっと賢くなれたのに! ってな。

 だから俺は、この薬を作った。


「メタモルV……我が社が開発した後発性(・・・)体質改善薬は、五年前に用いられていたイストリアル式第二世代施術と同等の知能向上が望めます」


 記者会見の場で、俺は自分の会社で作った薬を掲げる。俺の前には何百人ものマスコミ関係者が居て、皆、カメラのシャッターを炊いた。

 この薬を使えば、五年前に最先端だったデザイナーベイビー施術と同様の体質を得られる。それは三十五年前に第二世代施術を受けた俺が、三十年後の施術を受けるようなものだ。今まで若者の知能に負けて引退していた全ての老人が、死ぬまで第一線で活躍出来るだろう。

 まぁ、強いて欠点を挙げるなら、定期的な摂取が必要である事と、新薬開発に数年掛かるので本当の意味での最先端施術は受けられない点があるのだが……そこを差し引いても効力は絶大だ。

 商品の有効性を説明した後は、マスコミ達の質問タイム。さて、どんな悪辣な問いが飛んでくるのか、俺ほどの起業家になるとちょっとワクワクする。

 早速一人の若い女性記者が手を挙げたので、彼女を指名した。


「東経新聞です。どのような経緯からこの新薬を開発しようと思ったのか、お話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか」


 そしてその彼女がしてきたのは、ある意味王道の質問だった。

 経緯か。それに対する答えは一応二通りある。

 一つはこれが売れると思ったから。人間ってのはちっぽけなもんだ。差別なんてされなくても、自分より若い奴が自分より優秀ならば嫉妬する。それに昨今の最先端技術は、『アップデート』された知能でなければ理解すら出来ない。老人だから現場から追い出されるという事はないが、技術進歩に付いていけず、自主的に引退しているのが実情だ。

 誰もが進歩に追い付けない事に、不安と虚しさを感じている。どうにかしたいと思っている。つまり需要があるという事。需要があるのなら金になる。それを狙うのはビジネスの基本だ。これが経緯の一つ。

 もう一つは……娘のため。

 第二世代施術は何百年と発展し続けた、極めて安定した技術だ。しかしどんな時にも想定外は起こり、それによるミスは起こり得る。

 俺の娘は、そのミスの被害者だ。障害者にはなってない。五体満足だし、病気知らずの元気だし、誰にでも優しい。最高の娘だ。

 だけど、ちょっと知恵が足りない。具体的には、俺達と同じ程度の知能しかない。九歳の娘が本来受けられる筈だった施術よりも、三割ほど知能レベルが低い『骨董品』だ。

 それを理由に虐められた訳じゃない。金だとかタイミングだとかで、知能の高さは人それぞれだと、子供で分かっているのが今のご時世だ。だけど勉強内容は、その子供が受けたであろう施術にある程度合わせたものになっている。俺の娘には、ちょっとばかし難し過ぎる内容だ。

 勿論俺の娘のような子供は、珍しくはあってもゼロじゃない。だからそういう子のための教育カリキュラムはある。

 だけど、みんなと同じ勉強がしたいって娘に言われて、それは仕方ないんだと言える親が何処に居る?

 ……まぁ、そういう訳で経緯は二つある訳だが、後者を話すのは小っ恥ずかしい。


「勿論全世界の、チャンスを得られなかった子供達に救いの手を差し伸べるためです。当社は常に、世界の安寧と繁栄を願っていますから」


 だから俺は事前に暗記していた言葉を、取材陣に告げるのだった。

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