消しカス男
男は消しゴムのカスを丁寧に箸でつかみ、茶碗の中に移していた。それは男の日課だった。
ふちが少し欠けた茶碗に、ひたすらカスを溜めてゆく。
消しゴムを擦っている間、男はただただ無心だった。
削られて黒くなったそれをかき集める時も、男は眉一つ動かすことはなかった。
ノープという夢魔に焼き払われた故郷を思い出して心がかき乱されぬよう、男は常に目の前の行動にのみ集中するよう心掛けた。
しかし、男が消しゴムを擦り続けるのにはもう一つ理由があった。
故郷を追われ、湖の北の村へ疎開してきてから二週間が経った。
すでに半ライスほどの消しカスが茶碗の中に埋まっていたが、そのいかにも大食漢な風貌からは〈大盛りにするまでは絶対に手を休めないぞ〉という確かな意志が感じられた。
「なあジェニー、もうすぐだよ。僕たちの晩ゴハンが出来あがる。まだ一人分しか作れていないからね、待っていておくれ……」
男は下宿している部屋の壁に染みついた妻の面影に、いっそう強く消しゴムを押し当て、再びごしごしと擦り始めた。
突然の爆風によって自宅のキッチンに生まれたのと同じ形の染みに、男は毎日語り掛ける。男の弔いに応じるかのように、染みは日にけに小さくなっていった。
そしてさらに二週間後、
「ああっもうすぐだよ!これでやっと僕は君に顔向けできる……」
興奮気味に男は最後の消しカスをひと掴み。
ようやく大盛になろうとしている茶碗に感嘆したその瞬間、二度目の爆風が男を襲った。。。
了
21/08/2017...