ブス! ブス! ほんと、ブス! あーあ、ブス! 非常にブス! 永遠にブス!
ああ、羨ましい。
こんな気持ちは自分を苦しめるだけだとわかっているのだが、向き合わずにはいられない。
なんで、あの子が、彼女なんだ。私よりも絶対に可愛くない。毎日ゲボ吐いてそうな唇にたるったるのシワ、爪楊枝みたいに細い目とひん曲がったケツ顎。ねえ、ねえ、ねえ、あの子のどこがいいんですか?
誰かの後をつける時は、むやみに物陰に隠れるより、自然と街に溶けこむのがいい。長年のストーカー経験から導き出した結論に従って、私は普段よりもちょっぴり露出の多い服装に陽気なハートがついたサングラスをかけて、玉木くんとブスのデートを追った。待ち合わせは渋谷のハチ公前。玉木くんにさりげなく聞いて仕入れた情報だ。玉木くんはまさか私が来ているとは微塵も思っていないだろう。へへへ、来ちゃった。
只今の時刻は、待ち合わせ時間ちょうど。ブスはまだ来ない。ちなみに、私は待ち合わせよりも2時間先にスタンバっていて、玉木くんは1時間も前からここで待っている。服装に迷っているのか?髪型に気を使っているのか?それとも、メイク?はっ、どんな言い訳も通用しない。人の時間を奪うなんて死刑だ。
「ごめーん、お待たせ」
はい、斬首〜。結局30分も遅刻して来たブスはなんの反省もなさそうに平謝り〜。挙げ句の果てには、玉木くんの二の腕をへし折るが如くがっしりつかみやがった。ちきしょう、ずるい。私も玉木くんの細くてすぐ折れそうな二の腕にしゃぶりつきたい!
「じゃ、行こっか」
リードするのは玉木くん。渋谷を出発して、まず二人がたどり着いたのは、赤いMでお馴染みマクドナルドだった。ブスの顔が曇りだす。
「え? ここで昼?」
「そうだよ、マックならみんな好きかなって、嫌い?」
「嫌いじゃないけど……」
嫌いじゃないけどなんですか? え? 言ってごらんなさいよ。やっぱりこのブスは玉木くんの魅力に全然気がついていない。そこをかわれ。
「え? ここで昼?」
「そうだよ、マックならみんな好きかなって、嫌い?」
「嫌いじゃないよ、それに玉木くんと一緒なら……どこでも好きだよ。てへ」
はい、これ。これが私。気づいて玉木くん、私の魅力に! さあ、このブスをゴミ箱に捨てて、一緒にチーズバーガーを食べようじゃないか!
バーガーが届いたら包みを開けてアーンもする。玉木くんはただそこで座ってさえいればいい、口を開けて、あーん。口を広げた玉木くんはなんとも哀れで、愛おしくて、私はそのままあーんしないでずっと見つめてしまうのだ。すると玉木くんが
「ちょ、早くいれろよー」
なんて言うから私が
「わかったよ、あーん」ってもっかいやって、でもやっぱり見つめてしまって
「はーやーくー」
「やっぱり、あーげないっ! ぱくっ」
なんてやりとりをする。
て、せっかく私が気持ちよく妄想をしているというのにさっきからくちゃくちゃくちゃくちゃうるせえんだよ、クチャラーが!!
口閉じてかめやブスこら!それともあれでちゅうか、顎が曲がりすぎて口を閉じられないんですか。なら仕方がないでちゅね〜。
死刑!
「くちゃくちゃ、なんやかんやマックはおいしいね、くちゃくちゃ」
「気に入ってくれてよかった」
せめて、そこで不機嫌になってろよ!なんで持ち直すんだ!好感度下げとけ!
ちきしょう、どこを見ても嫌なところばかりだ。
「あのさ、話があるんだけど」
一足先にバーガーを食べ終えた玉木くんは、紙で口についたマヨネーズを拭きながら言った。
「くちゃくちゃ、なに?」
食べ物を口に含みながらも通常の声量を維持するクチャラーのブスは、不思議そうな顔を浮かべる。
これは...、もしかして私の願いが届いたのか?この空気、この感じ、間違いない。
「別れよ」
「え...?」
キターーーー!!!待ってました玉木くん!さすが玉木くん、わかってるじゃないの。やっぱりこんなブスとはやってけないって話ですよね。ブスだし、待ち合わせには遅刻するし、昼飯には文句言うし、ブスだし、クチャラーだし、そりゃあ別れるって話ですよね、ブスだし!
「俺がお前に告白したの、あれ、嘘なんだよ。仲間内での罰ゲームっつうかノリ?だからここで終わりにしてくれ。お前と彼女になったことが他の人に知れたら俺の評判下がるし」
「え?」
ブスの目に涙がたまり、やがてとめどなく溢れる。
「おいやめろよ。俺が泣かしたみたいだろ、ほんと気持ち悪いな。じゃ、もう行くわ」
自分のトレイをさっと片して店を出て行く玉木くん。なんだ、やっぱりそういうことだったんだ。通りでおかしいと思った。でなきゃ、あのブスが告白されるわけないもんね。ざまあみろ。
「なんで、なんでよ...。わたし、何か悪いことした...?」
ブツブツ、ブツブツうるせえな。悲劇のヒロイン気取りかよ。そうやって弱々しい女演じてればモテると思ってんの? 顔が無理だから。
しばらくしても泣き止まないブスとの間にはいつのまにか周りとの壁が出来上がっている。みんな関わりたくないのだろう。可愛い子が泣いてるならまだしもブスは別だ。声をかけてもなんのメリットもない。
...ほんと、薄情な人たちばっかり。
「大丈夫? 詩織」
気がついたらわたしは詩織に声をかけていた。同情じゃない。なんでかはほんとわかんないけど、たぶん、わたし、優しいんだと思う。
「え? まりちゃん? どうしてここに?」
「たまたま、マックに来てさ。さっきの話聞いたよ。酷い話だよね」
「黙れ、ブス」
「え?」
席を立ち、オレンジジュースをわたしにぶっかける詩織。それから、ひっくひっく、と酔ったおっさんが吐く寸前にあげるような雄叫びを上げて、詩織は店を出ていった。
わたしは、あまりの出来事に身体が動かず、呆然と立ち尽くした。いや、正確にはそのふりをして誰かの助けを待っていた。しかし、誰もわたしに近寄らない。
当然だ、わたしを助けてもなんのメリットもない。だってわたしも
「ブスだからねぇぇぇぇえ!!!ああ、ちきしょうコラ、あのブス、ぜってえ許さねえ!」
せめてものストレス発散に店内の椅子という椅子を蹴りまくる。
「死ね、ブス!爆ぜろ、ブス!もげろ、ブス!」
わたしの心にも突き刺さる言葉を叫びながら、なりふり構わず暴れまくる。誰にも止めることはできない。今のわたしは、ゴリラよりもゴリラだろう。ウホッ。