7.関係の終わり(クリの視点から)
終わった。
俺はぼんやりと思う。
目の前には、あいつの死体が転がっている。
さっき、首を絞めて殺した。
殺したことで、俺は死ぬまで罪悪感に苦しめられなければならない。
俺は別れようと言った。
ところが、あいつは嫌だと言った。
俺はもう耐えられなかった。
殴るという事は精神を削る行為だ。罪悪感に首を絞められ、殺されそうになる。
俺だって本当は殴りたくなんかない。
でも感情はコントロールできないのだ。
感情に身がコントロールされ、気がついたときはあいつが泣いている。
そんな場面が何度あったことか。
俺の場合は、殴るという事は優越感を得るための行為だった。
あいつからおびえられることが快感だった。
もっと俺におびえてほしい。
まるで自分がすごい人間になったかのような気になるのだ。
「お前が離れたくないって言うなら、殺す」
全てを終わりにしたかった。
なかったことにしたかった。
そうすれば、この苦しみから解放される。
それと同時に、あいつを苦しめてしまった過去も消したかった。
全てをリセットしたい。
「それでもいいですよ」
無表情であいつは言う。
「死ねばこの苦しみから解放されますよね」
「そうだな」
「ずっとあなたに殺されたいって思っていたんです」
あいつは微笑む。
「やっぱり好きな人に殺されたいじゃないですか」
「本当に殺してもいいのか?」
あいつが了承したことに驚きを隠せない。嫌だと言って欲しかった。この状況で殺したらすべて俺の責任になる。少しくらいは責任を背負って欲しかった。
「死にたいと思っていたんです、ずっと。私は生きている価値がない人間なんです。そんななか、あなたと出会えました。あなたに好きだと言ってもらったとき、とても嬉しかったんです。こんな私を好きになってくれる人がいるんだって。幸せでした。私はずっとあなたが好きです」
「死んでも、俺のことが好きか?」
「はい!」
あいつは最上級の笑みを浮かべた。
「死ぬ前に最後に一つだけいいですか?」
あいつが無邪気に尋ねる。
「好きだと言ってもらえますか?」
俺は迷った。
言うべきか言わないべきか。
結局言うことにした。
「お前を苦しめる俺は、お前に好きとは言えない」
「いいですよ」
あいつがにっこり笑った。
「全部許しますから。クリが私を好きなのは知っています。感情のコントロールがきかないだけなんですよね。殴ってしまうのはクリのせいじゃないんです」
そうしてゆっくりと俺の手をつかんで握手する。
「好きだと言ってもらえますか?」
あいつに許されたような気がして、少し気が楽になった。
本当は許してはいけないのだろうが。
大好きな人を苦しめた罰はそれだけ重い。
それでも、あいつがそれを望むなら。
それで気が楽になるのなら。
俺は何度だってあいつに「好き」を伝えるだろう。
「好きだよ、ずっと。お前が死んでも俺はずっとお前だけが好きだ」
お互いに認め合った。
お互いがお互いにとって大切な存在であるということを。
「永遠にしよう。二人の関係を」
そして、震える指でゆっくりとあいつの首に手をかけて、首を絞めた。
脱力感があった。
とうとうやってしまった。罪悪感は重すぎて、到底俺には背負いきれない。
俺も死のうかと思った。
生きている価値がない人間はユキではなくて俺だ。
俺のほうが何十倍も何百倍も死んだほうがいい人間だ。
罪を償っても償いきれない。
償っても、あいつはもうこの世に帰ってこないのだから。
「死なないで」
あいつがこちらを見つめて言う。
「生きて」
あいつがゆっくりと俺に手を伸ばし、俺の手を優しく包む。
「お願いです」
あいつがそう言うから、俺は生きることにした。
生きることが罰なのだと思った。
生きることが俺の罪滅ぼしなのだと。
ずっと罪を背負って生きていくことが罰なのだと。
おえはゆっくりと立ち上がり、携帯電話をつかむ。
そして警察へと電話する。
「もしもし、人を殺しました」