6.現在(ユキの視点から)
クリが近づいてきたり、見つめられると身体が震える。
最近のクリは、よく殴るようになったから。
クリの機嫌を損ねるのが一番怖かった。
これじゃ、私が実家にいたときと同じじゃないか。
お母さんは大丈夫かな。
お母さんは私がいなくなったこと、絶対に憎んでいる。
私という生贄がいなくなったこと。
父親はどうなんだろう。
少しは心配してくれているのだろうか。
「いい加減にしろよ。お前」
クリがまた怒っている。
「俺がイライラするのは、お前のせいだからな」
「はい」
私が悪いんだ。クリがイライラするのも殴るのも。全部、私のせい。
「どうしたらイライラしなくなりますか?」
「お前の存在自体が、イライラするんだよ」
クリは目をそらして言った。
「お前さえいなければ、俺はこんなにイライラしないんだよ」
それは嘘だなと思った。
クリは私にいなくなってほしいとは思っていない。それなら力ずくでも、私を家から追い出すだろう。
クリも私が好きなのは分かる。暴君じゃないときのクリはとても優しいから。
いつも殴った後は優しくなる。罪滅ぼしのつもりなんだろうと思った。
私はクリにこれだけ乱雑に扱われても、まだ好きだった。
本当のクリは優しい人間だから。
だから、私を殴るクリは別の人間なんだ。
父親という悪霊がクリに憑いているんだ。
私はクリから離れられない。
どんなに罵られても、殴られても。
私がいなくなったら、クリは一人ぼっちになってしまうから。
だから、私はそばにいると決めた。
「ゆるしてください」
あなたをイライラさせる私を。
あなたを好きな私を。
許してほしい。
あなたにまた笑ってほしい。
好きだよ。