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クリとユキ(改)  作者: 鈴音
4/7

4. 出会い~現在(ユキの視点から)

二人は電車に乗り、駅を出ると、大通りを歩いていく。親しげに会話しながら、ラブホテルへと吸い込まれていった。

私はそこで尾行をやめて帰ることにした。


「クリ。昨日の女性は誰ですか?」

日曜日の朝、帰ってきたクリに、いてもたってもいられなくて思わず私は聞いてしまった。

クリはじっと私を見つめた後、目をそらした。

「尾行してたのか」

「はい」

「見てたんだな」

クリは深いため息をつくと、こう言った。

「全部話すから」


クリは昨日見た女性は恋人でもなんでもなくただのセフレなのだと語った。

クリはセックス依存症なのだという。

他にも何人かセフレがいて、日ごとに違った女性と出会ってセックスするらしい。

「何がそんなにセックスが好きなんですか?」

「満たされるからだよ。寂しいって気持ちが、セックスしている間だけは忘れられる。俺みたいななんにもない、空っぽな人間の心を満たしてくれるから」

「生きていても何も楽しいこともない、そういった絶望っていうのかな。絶望から目を背けていられる。一種の現実逃避だよ、セックスは」

クリはそう語った。

私は何も言えなかった。

「ま、お前に見られた以上、やめることにする。お前がいるしな。俺はもう寂しい人間じゃないから」

クリはにやっと笑った。


そのすぐ一週間後のことだった。喧嘩をしたのは。

きっかけはささいなことだった。やめるといっていたセフレとの逢瀬をまだ続けていることが発覚したのだった。

ショックだった。

嘘をつかれていたということが。

この間、あんなに笑顔でやめるといっていたのに、どうして?

私よりその女性のほうが大事なの?

「ごめんな」

クリが申し訳なさそうに謝る。

「許せないです」

私はショックを隠せなかった。

「何でもするから」

「なら・・・」

私は深く息を吸い込み、ゆっくりとこう言った。

「私に好きと言ってもらえますか?」

それはずっと思っていたことだった。

いつからか、いつも私に対して優しいクリに恋していた。

買い物のとき、夕ご飯は何にしようか二人で話しながら棚を見て回るとき。

二人で添い寝するとき。

たとえ失敗した料理でも、おいしいといって食べてくれるとき。

私の洋服を選んでくれるとき。

様々な思い出が脳裏を駆け巡った。

私の人生のうちで一番幸せな瞬間はクリと一緒にいたときだった。

だから好きと言って欲しかった。

たとえ付き合えなくても、大好きな人に好きだと言われたら、それだけで私は生きていける。

「好きだよ」

クリが私の目を見つめて、そう言った。

私はとても幸せな気持ちになった。

そう言ってもらえるだけでクリの嘘を許せそうな気がした。

セフレのその女性より、私のほうがクリに愛されているんだと。

そう思えたから。

「もう嘘はつかないでくださいね」

そう言って、それ以上とがめることはしなかった。


ところが、まだセフレの女性とは続いているようだった。

尾行して発見したのだ。

「私じゃだめなんですか?」

「違うよ」

クリはゆっくりと首を振った。

「俺が弱いから。セフレの女性が別れたくないって言うから、今までずるずるしてきてしまった。もう終わりにするから」

「嘘つき!」

今日の私は傷ついていた。

嘘はつかないって言う約束をしたのに破ったこと。

クリには私という人間がいるのに、セフレとも会っているということが、浮気をしているかのように見えて私はクリをなじった。

クリはしばらく「ごめんな」と繰り返していたが、一向に私がなじるのをやめないと知ると逆切れした。

私に向かって手を上げる。この光景・・・

「どうして?」

私は目を見開いて固まる。

まさか。

まさか。

逃げたはずだったのに。

また同じなの?

「どうしてなの!?」

私は既視感のある光景にめまいがしそうになる。

お父さんと私の関係と同じだ。

お父さんも酒を飲んではよくお母さんと私に手を上げるのだった。

酒さえ飲まなければ、いつもの優しいお父さんなのに、酒が入ると暴君と化すのだった。

それが一番怖かった。

どっちが本当のお父さんなんだろう。

いつもの優しいお父さんが本当なのだと信じたかった。

好きだったから。

信じたかったけど、信じられなかった。

言動も行動も、いつもの優しいお父さんとは違いすぎて。

人間不信って、たぶんこういうことが原因なのだろうと思う。

それが嫌で、本当は家出してきたのだった。

クリに恩返しをしたいというのは嘘ではなかったが、家出したいというのが本音だった。

思い出す。

家出する二日前の出来事。

酒を飲んで暴君と化した父親は、お母さんに馬乗りになり、罵り殴りつけていた。

私はそれをドアの隙間からじっと見つめていた。

何も感じなかった。

普通なら可哀想とか思うのだろうが、殴られることに慣れてくると、感情が消える。

だって何を感じても辛いだけだから。

それなら何も感じなくなればいい。

私が標的にならなくて良かったと思った。

「ユキ」

びくっとする。

父親がこちらを向いている。

「ごめんな。俺が悪かった」

よく見てみるとクリだった。振りかぶった手をゆっくり下ろし、申し訳なさそうに謝る。

「お前、虐待されてたか?」

「どうして分かるんですか?」

「顔を見たら分かる。殴られるってなったら、普通は怖いって顔するだろ。お前の場合は無表情だったから。やっぱりそうだったんだな」

「それが嫌で家出したんです。本当は」

「恩返しは嘘って事か」

「まったくの嘘ではないですが、50パーセントくらいは嘘です」

「お前、面白いな」

「私は面白い人間ではないです」

「いや、面白いよ。お前は」

クリは深く息をつく。

「料理ではレシピ見ても料理失敗するし、一度出かけたら寄り道するしな」

「それは普通だと思います」

「普通なのか?」

「普通です」

「ま、お前が言うなら普通って事にしてやるよ」

クリはにやっと笑った。

こんな会話をした次の日だった。

また喧嘩した。理由は私がよく行くお店の店員の男の子と連絡先を交換したことだった。

怒ったクリには、私の言葉は何も届かなかった。

私がいくらその男の子に恋愛感情を抱いているわけではない、と言っても。

私が好きなのはクリだけなのに。

クリと一緒に暮らしているうちに、私にはクリを好きになっていった。

クリを好きになるにつれ、クリは孤独な人間なのだと知った。

クリ自身が自分で言っていた。「俺には友達はいない」と。

私も友達はいない。お互い一人ぼっちな人間で、一緒に暮らすことでお互いの孤独を埋めあっている、とても不思議な関係。

私は今の関係が好きだ。壊したくない。

クリが手を上げる。

衝撃が身体全体に伝わる。

殴られたんだと冷静に考える。

殴られるのは初めてじゃないけど、痛みが心地よい。

罰なんだ、と思った。

家出した罰。

私は結局父親からは逃げられない。

一種の呪いみたいだと思った。


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