友達作り
まず始めるのは友人作りだ。とはいえ、この場合で言う友人とは主に情報交換の相手である。貴族たるもの情報を素早くかつ正確に集める能力は必須だ。そして、そのためには噂話が有用である。
このことはかつて魔の化身を打ち倒した勇者ライトの冒険譚でも示されている。なんでも、勇者は町に入るや否や、情報収集のためにまず住人全員に話しかけていたそうだ。
……が、勇者は奇特な人だったそうなのでやっぱりあてにはならないかもしれない。平民から勇者として成り上がる冒険譚は子ども達の憧れで、僕も大好きだ。けれど勇者ライトの行動は特殊で、他人の家に無許可で入り、壺や物置を漁っては良さげな物を取っていくという話さえある。
翼族の勇者ライト、森人の賢者ロワン、魔族の暗殺者ダーク、獣人の魔導師カーネーション、それに加えて彼らをまとめ上げた人王の血族タリア。この五人が勇者一行と呼ばれており、多種族が手を取り合った奇跡とも呼ばれている。
勇者一行好きの僕からすれば、もっとこの思考に浸っていたいところだが、そうもいくまい。
「あっ、そこにいるのはマツバさんかな? こんにちは」
「はいー? あー、ビリア家の方ですかー。何か御用ですー?」
ふと視界に入ったのはマツバさん。森人らしい優しげな印象と、それに加えてのんびりとした調子が独特の彼女がこくりと首を傾げる。
「あはは、ちょっと噂話でも聞こうかな、とね? それと名前で呼んで大丈夫だよ」
「あー、情報交換ってやつですねー? ココノンもやっぱり貴族様なんですねー」
ココノンって僕の呼び名なのだろうか。普段森人は穏やかだとは聞くが、もはやこれは穏やかというより呑気と言っていいと思う。マツバさんが賢者ロワンと同じ人種だとは思えないくらいだ。
とは言え、森人は穏やかさと冷酷さの二面性を持つらしいのでマツバさんをこれだけで判断するわけにもいかないが。
「あー、まぁ、僕は貴族らしく無いことで有名らしいもんね。それで構わないんだけどさ」
「貴族様らしくないって素敵なことだと思いますよー。わたしはですけどー」
のんびりとした眠そうな瞳で僕を見上げながらゆったりとマツバさんは微笑んだ。
わざわざ貴族様と呼ぶあたり、彼女は貴族が嫌いなのかもしれない。本人も貴族とは言え最下級であるのだから、貴族の嫌なところはたくさん見てきたのだろう。
「ん、ありがとね。っと、良い噂話は無いかな?」
「あー、噂ですかー? んー、そう言えばー……」
マツバさんが話してくれたのは、今日の戦いで彼女と戦っていた男子についてだった。
彼は名も無い最下級民なのだそうだ。しかし、冒険者として活躍し、冒険者名としてフウカ・リョウダンという二音節の名前を得ているらしい。
世界契約上の名前、一般名。冒険者として活躍した証、冒険者名。学者として名を馳せた証、学者名。どれもが同等の価値を持つ中で、一般名が無いフウカは冒険者として二音節まで成り上がったということだ。
正直に言って、かっこいいと思う。正しくは、羨ましい、だろうか。リナリアと同格になるために成り上がりたい僕としては、冒険者となることも考えた。けれど、リナリアと同格になるためには五音節の冒険者名を手に入れないといけない。
熟練者で三音節と呼ばれる冒険者界でそこまで成り上がれる自信は無かったのだ。
「凄いね、フウカは」
「すごいですー。二音節の冒険者は立派に一人前ですからー」
呟くマツバさんの瞳はどこか輝いて見えた。それもそうだろう。生まれながらに持つ名前では無く、正真正銘勝ち取った名前。かっこ悪いはずもない。
「他には噂ってあったりするのかな?」
「んー、怪談とかですー?」
「怪談?」
「はいー。例えばー……」
マツバさんが続いて語り出したのは、今タリア学園で流行し始めているらしい怪談についてだった。
怪談その一、【夜泣き姫】。美しい女性の声が女子寮から時折響いているという。今のところ本当に誰かが泣いているのかもしれないとされているが、特定はできていないらしい。
「この噂は最近できたばかりですー。でも確かに聞こえてきますよー。悲しみに満ちた声ですー」
「誰かが泣いてるんだとしたらかわいそうだね」
「んー、そうですねー。幽霊とかじゃなければ、ですけどー」
怪談その二、【忘れられた騎士】。これは学園のあちこちで毎夜火の玉が出現するという怪談が進化したものらしく、ある生徒が火の玉をよく見たところ、何者かが火の玉の中心で奇妙な動きをしながら走っていたのだという。
剣などを持っていたのが確認されており、かつて戦争で死んだ騎士が今も彷徨っているのではないかと噂されているらしい。
「わたしも見たことありますけどー、あの時はうっかりちびっ……、腰を抜かすかと思いましたー」
「あはは、そうなんだ? 僕は見たことないなぁー」
「なんでそんな乾いた笑いなんですー?」
「ん? いや、ちょっとね」
怪談その三、【森の唸り声】。学園は森に囲まれているのだが、その森の一定の範囲で、奇妙な唸り声が響いているという。こちらも確認した人は多数いるのだが、原因は不明らしい。
もしかすると、かつての戦争による怨念が怨嗟の声をあげているのかもしれない、なんて言われているようだ。
「わたしは森に関しては専門家さんなので、少し調べたんですけどー。生体反応はありませんでしたー」
「じゃあ確かに生き物はいない、ってことになるんだね」
「やめてくださいよー、幽霊とか怖いんですからー」
自らの身体を抱くようにしてマツバさんが僅かに震えた。まるで口調からすれば冗談のようにも聞こえるのだが、その瞳は確かに怯えを含んでいた。赤黒い靄が滲んでいることからも、本当に恐怖を感じているのだろう。
ふと、リナリアも幽霊とか怪談が苦手だったことを思い出した。凄く泣き虫で、それでいて優しい笑顔が素敵な小さい頃の彼女。何時からか、強気で冷淡にも見える雰囲気になってしまったが、それでもその優しさは変わっていない。
「っと、危ない危ない。意識が飛んでたよ」
「んー? ココノンは変な人ですねー。えっと、次はー……」
怪談その四、【封印の間】。かつて魔の化身と戦った跡地とされるこのタリア学園には、賢者ロワンが魔の化身を封印している場所があるのだとか。
そこには誰も近づかない様、意図的に空間が操られているらしく、立ち入ることはできないらしい。この話が本当かどうかは知らないが、実際に空間の歪みともとれる現象は起きているようだ。
「頻繁にあったのがー、花摘みに行こうと厠に向かった女子が延々と巻き戻されたかの様に廊下に戻される事件ですー」
「えっ、それ大変じゃない!?」
「大変でしたよー。水系統や風系統を得意とする方々に後処理してもらいましたー」
もはや怪談とか言っている場合の事件じゃないと思うのだが。いや、確かにタリア学園生においては花摘みもとい鼠狩りに失敗するのはよくある話だから実害は少ないかもしれないけど。
……戦闘中にそんなことを気にしていられないのが当たり前だから、ある意味良い経験なのかもしれないな。
「あはは、なんというか災難だねぇ」
「本当ですよー。一回二回じゃないですからー。多分全女生徒が経験していると思いますよー。仕方なくリナリア様がロワン爺に直談判してくださいましたがー」
「へぇ、リナリアが?」
確かにリナリアならみんなのために動きそうだもんな。そんなところは、昔から変わっていない。困っている人がいたら放っておけないのだ、彼女は。
「はいー。リナリア様が聞いたところによると、空間魔法のせいではないらしいですー。ですので、今もその現象は続いてるんですけど、もうみんな慣れてしまったので問題無くなりましたー」
どう問題無くなったのだろう。気になるが聞いたら変態の様なので聞かないでおいておこう。紳士たるもの話題選択は慎重に、だ。
しかし不思議な現象もあるものだ。空間魔法以外で大規模に人を動かす魔法なんて聞いたこともない。あるとすれば、特殊属性だろうけど。
「あっ、この話は女子だけの秘密でしたー。忘れてくださいー」
「あっ、えっと、うん」
「よろしくお願いしますねー? それじゃあ次が、わたしの知る最後の怪談ですー。その名も……」
怪談その五、【踊る影】。これだけはマツバさんの知る中で唯一昼間に起きる怪談らしく、学園に踊る影が現れるというものだ。
しかしこの怪談の恐ろしいところは、その影が踊るだけでなく、人を襲うということだろう。どうやら、影に触れられた人物は気絶するらしいが、詳しいことはわかっていないみたいだ。
「以上ですかねー?」
マツバさんは他に何か無いか思い出すように首を傾げた後にそう言った。残念ながら、リナリアのために役立ちそうな情報は得られなかったが、その代わり、マツバさんとは友達になれたので上々といったところだろうか。
いざというとき、友達は多い方が助かるのだ。例えばそう、派閥争いなんかの時には。
「それにしても、話に付き合ってくれてありがとね。僕が提供できる噂も少ないのに」
「んー? いいんですよー。わたしは貴族様みたいに情報交換をしたいとも思いませんしー。ただ、貴族様らしからぬと噂のココノンと話してみたいとは思ってましたからー」
どうやら、マツバさんは元から僕に興味があったらしい。だとすれば、互いに有意義な時間を過ごせたので、まぁ良かったのだろう。
後はさり気なくリナリアの味方になってくれる様に誘導できたらいいのだが。いや、誘導なんて言ったら失礼か。純粋に、マツバさんがリナリアと仲良くなってくれたらと思う。
「あー、ココノン? 大丈夫ですよー。リナリア様が悪いことをする人では無いと、わかってますから」
「えっ?」
ふと、マツバさんが妖艶な眼差しで僕を見上げた。口から紡がれた言葉は、間延びの無いもので。森人の二面性とは、これを指すのだろうか。
どうやら、彼女には僕の意図が筒抜けだった様だ。
「わたしは種族柄、人の感情を悟ることには慣れてますからね」
森人の特性、俗に【悟り】とも呼ばれるそれ。彼らは森での狩猟をするにつれ、互いにほぼ無言で意思疎通がとれるまでになったと言われている。
半森人である僕だけの特性、恐怖の読み取り。それを容易に超えるであろう森人の特性は、精度こそ不明だが、確かに存在する。
森人に決して嘘を吐くな、とは僕の師の教えだ。だとすれば、彼女が貴族を嫌う理由もわかるだろう。貴族界は、嘘と虚栄に満ちているのだから。
「あはは、森人には敵わないね」
「よく言われますー」
マツバさんはふわりと咲く花の様な優しい笑みを浮かべて、のんびりとした調子に戻る。
「わたしは応援してますからー。何かあったら頼ってくれてもいいですよー? その代わり、貴族様関連で問題が起きたら、助けてくださいね? では、またー」
マツバさんは小さくそう囁くと、踵を返して去って行ってしまった。
もしかしてこれ、リナリアへの恋心も気づかれてたのかな。だとしたら、凄く恥ずかしい。けれど、マツバさんはとても心強い味方となってくれそうだ。
歩き去るマツバさんを見て、自然と笑みが浮かんだ。高等部になって初めての友達ができた。それが、妙に嬉しかったのだ。
とはいえ、まだ味方が足りない。夢からしてまだ問題は起きないだろうけど、自由に動けるのは次の週までだ。次回の対戦後、班が組まれ、それからの放課後は班で行動することが増えてしまうからだ。
「だから、それまでにもっと友達をつくっておかないと」
小さく独り呟いて空を見上げれば、春を象徴する様に爽快なまでの青い空が広がっていた。
やっと多少の区切りに辿り着きましたので後書きを少々。ここまで読んでくださりありがとうございます。もしよろしければ、感想・ブクマ・評価等いただけますと励みになります。