クロユリ対ハイド
「せいやっ!」
クロユリさんが無手でハイドに殴りかかる。跳躍しての飛びかかり。体重のままに押し倒せればクロユリさんに有利となるであろうが、ハイド相手には難しい。
「邪魔だぁっ!」
苛立たしげなハイドの一喝に合わせて剣が振るわれる。それは過たずクロユリさんの身体を引き裂いた。
次の瞬間、切られたクロユリさんが掻き消え、そこに有ったのは何かしらの粉が入った袋。当然それはハイドの剣に裂かれ、撒き散らされる。
「くそが! 『毒を打ち消せ』《光の癒し》!」
ハイドが叫んだ言葉からして、今のは毒であるらしい。ではクロユリさんは何処に行ったのか。見渡して驚愕する。クロユリさんはハイドに再び迫っていた。ーー四人で、だ。
「どうせどれも偽物だろう! 何処にいる、クロユリ!」
ハイドは左手に持つ盾で四人のクロユリさんを薙ぎ払った。先ほどと同じくクロユリさん達の姿は掻き消え、盾が弾いたのは四本の長い針だ。むしろそれは杭に近い。
「えっと、ここです!」
「なにっ!?」
クロユリさんの声が響くも、僕らには見えない。しかし、ハイドは何かに気づいた様に盾を振り上げると、ギリッと金属の擦れる音が響き渡った。
「ココノエ、水でクロユリさんを感知してみなさい。何処にいるか、わかるはずですわ」
リナリアが頭から獣の様な副耳を生やし、それをぴょこぴょこ動かしている。どうやら音で感知しているらしい。
僕も水への感知を深める。すると、クロユリさんであろう存在を感知することができた。そちらに視線を向けると、クロユリさんの姿は見えない。どうやら、魔法で姿を消したらしい。
「凄いですわね。姿を消す魔法なんて初めて見まわしたわ」
「そうだね。それに自分の幻を増やす魔法も凄いな。詠唱してないよね、あれ」
今もハイドは見えないクロユリさん相手に剣を振り回している。互いの攻撃も当たらず拮抗状態だ。
けれど、ここで動けぬハイドではない。
「面倒になった。『全てを照らせ』《閃光》」
瞬間、戦場全てを覆い尽くす程の光が発生する。その中でもクロユリさんの幻は消えず、同時に光の浸透しない妙な空間が生まれる。僕はわかる。それが本物のクロユリさんだ。
そうか、きっとあれは光魔法の応用なのだ。おそらくは自分を認識させる光をずらす様な、そんな魔法。
「種は割れたぞ。《光の道》!」
何らかの魔法が使用されたのだろう。ハイドは次の瞬間、本物のクロユリさんへ向けて駆けた。勢いに乗せた斬撃がクロユリさんへと迫る。
「わわっ!? もうばれちゃいましたか! なら、『映せ』!」
クロユリさんが叫ぶとその姿が露わになる。こうなってしまえばクロユリさんに勝ち目は無いだろうと、見学している生徒全員が思ったことだろう。
しかし、実際は違った。素早く、されど力強く振るわれるハイドの剣。見ているだけの僕でさえ、本気を出さねば避けられない程の攻撃だとわかる。高等部一年内で接近戦のみならば最強の自負がある僕でさえそうなのだ、他の人から見れば必殺の剣に映ることだろう。
しかし、当たらない。クロユリさんはハイドの初動とほぼ同時にして回避行動に移るのだ。むしろ回避しながらに攻撃を、しかも僅かな隙を突く様はハイドの上を言っている。
そこからしばらく、二人の攻防が続いた。膠着状態とも言える状況。体力勝負になるであろうことからも女の子であるクロユリさんが不利かと思えば、疲労度は互いに差が無い。
このまま決着がつかないのでは無いかと心配し始めたのはバンダ講師だった。
「んっんー。とぅーろんぐだよ! 次が詰まってるんだよ! 次に攻撃を直撃させた方が勝ちね!」
勝敗条件がバンダ講師によって変えられる。その瞬間にハイドが後ろへ数度跳躍し、クロユリさんと大きく距離をとった。
「離れるなら! 《光玉》!」
距離をとられたことでクロユリさんは攻撃魔法への繋がりとなる生み出しの魔法を唱えた。
「悪いが、終わりだ。『光よ友であれ』《刹那一閃》!」
刹那一閃、聞いたことも無い呪文体系。それはこの魔法がハイドの創造魔法であることを示していた。その作用は正しく刹那の出来事。離れていたはずのハイドが、次の瞬間にはクロユリさんの後方へと過ぎ去っていた。
「あっ……。えっ? 」
過ぎ去っていたと表した理由は一つ。ハイドが元いた場所からまるで軌跡をたどる様に現れた一文字の光。
「あっ、あぁぁぁあぁっ!」
ハイドの剣を辿るソレはクロユリさんの右腕を切り落としていた。クロユリさんが不意に奔る激痛に悶える。僅かな恐怖か、赤黒い靄が彼女に滲んだ。
「ぐっ、これだからあまりこの魔法は使いたくないんだ」
膝から崩れ落ちたのはハイド。しかし、それは攻撃を喰らったからではない。青ざめた顔を見ればすぐわかる。魔法使いならば誰もが一度は経験したことのある物、魔力の枯渇だ。
「はいはーい! うぃなー、ハイド! これで今日の戦闘訓練は終わり! みんな集まって!」
ハイド達の試合が終わるやいなやバンダ講師が集合を促す。その頃にはハイドもクロユリさんも元に戻っている。見てる側からすると、なんとも余韻が無いものだ。
ハイドとクロユリさんは互いに見つめあうと、不意にどちらともなく笑みを浮かべた。
「クロユリ、見直したぞ。お前は強い」
「あ、ありがとう……。でもでも、ハイドさんも凄かったよ!」
「ふん、当たり前だ。王子たるもの、国一の強さを得ねばならんからな」
どうやら二人は戦いによって打ち解けあった様だ。夢でも何故二人が仲良くなったのか不思議だったが、納得した。ハイドはクロユリさんの強さに興味惹かれたのだ。
しかし、そうだとすると初対面時におけるハイドの対応に違和感がある。もしかしたらハイドも同じ夢を見ていたのかもしれない。
「はいはーい! それじゃあ一度れすとたーいむ! お花摘みやら鼠狩りやらすませて来てね! 服濡らしちゃった子は着替え着替え! 次は青空の下で反省会だ!」
バンダ講師はみんなにそう声をかけると足取り軽やかに去っていってしまった。何だか自由な人だなぁ、と少し呆れてしまう。
「あっ、ココノエさん! あたしの戦い見てました!? けっこー頑張ったんですよ!」
元気な声が響く。振り返れば、クロユリさんが駆け寄って来ているところだった。朝に声をかけてからというもの、どうやら僕は彼女の中で話しかけやすい人物に認定されてしまったらしい。
「やぁ、クロユリさん。見てたよ、凄かったねぇ。嫉妬しちゃうくらいだ」
「えへへー、そんな褒めないでくださいよ! あたしもココノエさんの戦闘見てましたけど、全力って感じでかっこよかったですよ!」
驚いた。彼女はどうやら戦闘中に他の人を見る余裕さえあったらしい。しかも、おそらく朝の望遠鏡代わりの魔法を使って見たのだろう。凄まじい実力だ。
「あはは、それでも負けちゃったからね。その程度の実力でしかないよ」
「それを言ったらあたしもですよー。ハイドさん凄かったですもん、創造魔法なんて初めて見ましたよ!」
創造魔法。それは既存の呪文にとらわれない魔法のことだ。そしてつまるところ、呪文とは本来装飾語の集まりである。装飾語で生み出す事象を短い言葉にまとめた物、それが呪文なのだ。
よって装飾語のみで事象を生み出していることからも、ある意味で僕の魔法は創造魔法に近い。まだ僕には呪文としてまとめる程の想像力は無いが、いずれ創造魔法を生み出したいとは思う。
「《セツナイッセン》だっけ? どんな装飾語をまとめたんだろうね」
「んー、多分ですけど……。『友と歩むは刹那』『剣の軌跡よ一閃に』。とかじゃないですかね? 適当ですけど!」
適当で意味ある装飾語を生み出せたら苦労はしないんだが、これだから天才という人達は困る。とはいえ、クロユリさん自身が光に適性を持っている、というのも予測しやすい要因ではあるのだろうが。
「いやでも、それだと語呂が……」
「確かにそうですね! なら……」
そうしてハイドの魔法について考察していると、ぴょんぴょん跳び跳ねながらバンダ講師が戻ってきた。
「はいはーい! 反省会の準備はできてるー? それじゃあまず、対戦相手に思いついたことをれっつせいなう! 来週の対戦は二対二だから、今日の対戦相手が次はゆーのふれんどだ!」
どうやら休憩が終わったらしい。クロユリさんと別れリナリアの元へと向かう。次は反省会の始まりだ。