見学
「はいはーい! 戦闘訓練始めます! すてーじはこのバンダが作っちゃうよー! 《土塊の舞踏》!」
決意を固めた僕の目に、バンダ講師の姿が映った。呪文に合わせバンダ講師が腕を一振りすると、腹の底に響く様な重低音を響かせ学園庭の土が蠢き始める。
それは生徒達の魔法練習で歪んだ地面を元に戻しながら、大きな正方形状の戦場を五つ作り出した。
凄い。装飾語無しで、ここまで複雑な魔法を使いこなしている。やはりバンダ講師は只者では無いのだろう。
そう感動していると、ハイド達の方からリナリアがこちらに向かって来ているのが見えた。
「あの、ココノエ?」
「どうしたの、リナリア?」
すぐ側までやって来たリナリアは小さな声で僕を呼んだ。会話を周りから隠すためにだろうか、彼女の口元は僕以外に対して扇で隠されている。
「その、先ほどは急に怒ってしまい申し訳ありませんでしたわ。きっと大丈夫と言ったのは私ですのに」
少し苦笑い気味に彼女の頬が弧を描く。その様はどこか自嘲にも似ていた。
「あぁ、うん。僕の実力不足と、……そうだね、少し舞い上がっていたのがいけないんだよ。リナリアは悪くない」
彼女の笑みに引きずられる様に、僕も自嘲めいた言葉が口から零れた。平時と変わらぬ弱気な調子。
でも、このままでなんて終われない。
「あのさ、リナリア。次の戦闘訓練見ていてよ。僕が成長したところ、今度こそちゃんと見せるから」
「……ええ。楽しみにしてるわ」
彼女は牙を覗かせて小さく笑うと再びハイドの方へと向かって歩き出す。けれど、ふとその歩みが緩くなり、彼女は振り返った。
「だけど、無理しないでね」
ふわりと花が開く様な優しい笑みを浮かべ、それでいて心配気に小さくそう告げた彼女は足早に、されど優雅に去って行ってしまった。
いつだってそうだ。彼女はずるい。誰に対しても冷たそうに見えるくせして、彼女は誰に対しても優しいのだ。
ただ僕が幼なじみだから、少し気を許してくれているだけに過ぎないのに。それがたまらなく嬉しいのだ。
「少しの無理くらい、許してね」
彼女に届かないのはわかっていながら、虚空に向けて呟いた。そんな間にも、戦闘訓練の準備が終わった様でバンダ講師が生徒達に集合を促している。
少し離れていた位置から僕も生徒群に近づいていくと、みんなの視線が僕に集まった。やはり怒っているだろうか。
「なぁ、えっと、ココノエだっけ? さっきのは気にすんなよ、誰だって失敗もあるさ。怪我しても治るしな」
「そうそう。今もリナリア様に何か言われてたみてぇだが、みんなそこまで気にしちゃいねぇーからな!」
僕が周りを気にしながら歩いていると数人の生徒が僕に声をかけてくれた。みんな、怒らずに笑いかけてくれる。それに僕は安堵して、それと同時にリナリアに感謝した。
リナリアが強く怒ったおかげで、みんな同情的なのだ。
「はいはーい! それじゃあ対戦相手だけど、まずは出席番号の下から順に二人ずつ、五戦同時に戦ってもらいまーす!」
つまり、最初は出席番号三十対二十九から二十二対二十一までといった様に戦うということだろう。だとすると、僕の相手はリナリアということになってしまう。
僕の成長を見せるのには最適だろうけど、リナリア相手は厳しいなぁ。
「ひぇぇ、あたしハイドさんと戦うんですかぁ!?」
「なんだ、俺と戦うのは不満か?」
講師の説明にクロユリさんも戦々恐々としている様だった。それを眺めてハイドが不機嫌に呟く。
「あっ、いえ! ただハイドさん凄く強いでしょうし……」
「はっ、強いか弱いかは努力と才能で決まるんだ。お前が負けたのなら、お前にはそれが足りなかったということだろ。逆も然りだ」
少し怯え気味のクロユリさんを見下ろして、ハイドが嘲る様に笑った。けれど、一応貴族である僕だからこそ、ハイドの態度が普段とは全く違うことがわかる。
そもそも、興味のない人間には話しかけないのがハイドの普通なのだ。つまり、彼はかなりクロユリさんに興味をひかれている。
「ココノエ、対戦相手よりもクロユリさんばかり眺めていて楽しいかしら? ずいぶんと余裕があるみたいですわね」
凛と澄ました声に振り向くと、呆れた目をしたリナリアが僕を見つめていた。少し熱気を感じる。やはりハイドに近づくクロユリさんに対して嫉妬でもしてるのだろうか。
「あはは、どうも戦闘をすると思うと落ち着かなくてね。リナリアを見つめていたら、余計落ち着かないだろう?」
そんなことしたら鼓動が音速を超えてしまうかもしれない。少なくとも魔力の波長は乱れるだろうな。
「……そう。気持ちはわかりますわ。私も、昂ぶってくるもの」
彼女の瞳が冷酷さを含む物から獲物を狩る者のソレへと変わる。それは正しく変わると表現していいだろう。円形だった彼女の瞳孔は、縦に引き絞られていた。
戦闘に意識が向いたせいか、彼女の発する熱気は完全におさまっている。
「っと、少し試合でも眺めてようか」
「そうですわね」
僕が地べたに座ると、彼女も同じ様にして隣に座った。これが私服であったのなら土を払う魔法でも使うところなのだが、運動服は汚れること前提の服だし良いだろう。
「『纏い』『舞い踊れ』《風刃の舞踏》!」
「なんのー! 『阻め』《木壁》!」
自らを中心として空気を圧縮させた刃を散らせながら突進したのは大剣を持った青年だ。それに対し、弓を持った少女は周囲に木を乱立させることで風の刃を防ぐ。
爆発する様な音を響かせ風の刃は木を半ば切り裂くが、それだけだ。その間にも少女は木を増やしながら距離をとり、弓を射続けている。
これは完全に少女の独壇場だろう。魔法は確かに攻撃的な使用法もあるが、同時に戦場を自分の都合に合った形に変えるためのものでもあるのだ。
木や土の属性魔法は特に戦場を変えることに長けている。例えば、今回木が乱立する戦場において大剣を振り回すのは困難になる様に。要は、相性的に少女の方が有利であったということだ。
「ココノエはどちらが勝つと思いますの?」
隣でリナリアがぽつりと呟く。ふとそちらに視線を向けると、彼女は食い入る様な視線で戦闘を見つめていた。彼女は、努力を忘れない人だ。観戦においても、きっと学びとり得る物を探しているに違いない。
「んー、このままだと女の子の方が勝ちそうだけど」
「確かに、現状においてマツバさんの方が有利なのは確かですわね。けれど相手の男性、火の属性が得意ですわ」
なるほど、あの女の子はマツバと言うらしい。そういえば自己紹介でそんな子がいた。森人のマツバ・ランプ・スペクタビリス、三音節の貴族だ。
青年の方は、リナリアが名前を知らないことからも貴族で無いことがわかる。それにしても、あの青年は火の属性が得意なのか。
「リナリアはよくわかったね」
「私も火の魔法は得意ですから、当然ですわ」
そう言ってリナリアは人差し指に火を灯した。無詠唱で魔法を発現できるのは、本当にその属性に習熟している証だ。
でも、リナリアの得意魔法は特殊属性でもある氷だと思うのだが。
「もちろん、氷も得意ですわよ」
次の瞬間、人差し指に灯る火が凍った。氷の特性は事象の停滞。それは物理法則さえ無視し、火という事象そのものを停滞させたのだ。
「……対戦が不安になってくるよ」
「あら、大丈夫ですわよ。貴方には貴方の強さがあるはずだもの」
リナリアは優しく微笑みながら指先の火を氷ごと消すと視線を先ほどの対戦に戻した。
そこではリナリアの予想通りとも言うべきか、木々が火で燃えている。
「うー、あー。『射よ』《枝矢の舞踏》!」
「甘いぜっ! 『阻め』《火壁》!」
マツバさんが燃えていく木の枝を矢として飛ばすも青年の火魔法により容易に燃やされる。どうやら相性的に有利だったのは青年の方だったようだ。
「んじゃ、ごめんな。おらっ!」
距離をとっていたマツバさんに青年が謝ると、遠くから大剣を振り切る。次の瞬間、マツバさんの首が爆発する様に何かに切断され、熟れすぎた果実の様に地面へと落ちた。
どうやら最初の風魔法は遠距離から大剣に纏った風の刃を飛ばすために使っていたらしい。いくつか風の刃を舞い散らせたのは、それを隠すためだったということだ。
こうして、僕らの見ていた対戦は青年の勝利となった。