始業式
そうして講堂に着くと、入口の前には人集りができていた。高等部における級が貼り出されているのだ。
「『集まる水は連なり』『光を曲げ』『遠方映す導となる』」
ぼそりと呟くと、空気中から水の素が集まり、連なった水が望遠鏡の代わりとなる。これで近くに行かなくても貼り紙が見えるだろう。
「わっ! 独特な詠唱ですね……。なら、あたしも! 『集い映せ』《光の道》」
隣で呟いたのはクロユリさんだった。鮮やかなまでの詠唱だ。この様子を見るに、クロユリさんは光魔法が得意なのだろう。
そうして見えた貼り紙の最優秀級の欄には、ちゃんと僕の名前があった。もちろん、リナリアや王子、クロユリさんの名前もある。
「貴方は変な詠唱を会得しているのね、ココノエ。装飾語のみで魔法の体を作るなんて異常だわ。それで、最優秀級に名前はあったのかしら?」
隣でうんうん唸るクロユリさんをちらりと見つめ、リナリアは閉じた扇で僕を指した。
「もちろん、リナリアの名前はあったよ」
「……はぁ。そんなことわかってるわよ、貴方の名前があったのか問うてるの」
リナリアは呆れた様にため息を吐き、苛立たしげに踵で地を叩く。早く答えないと、本当に怒らせてしまいそうだ。
「……あったよ。僕も、高等部では最優秀級に入れたよ」
自らそう言いながら、叫びだしたい様な気持ちになる。悲しみや恐怖ではない、それは嬉しさだ。予想していたとはいえ、実際に自分の名前を見つけた時の喜びは格別だった。
「そう、おめでとう」
リナリアは小さく呟くと、扇を広げながら口元を隠して、さっさと講堂の中へと入ってしまった。何故かその歩みは軽快だったが。
「うむむむ。あたしの名前、あたしの名前」
僕の隣ではクロユリさんが未だに自分の名前を探している。どうやら最優秀級の部分をそもそも探していないらしい。まぁ、気持ちはわかるけど。
「クロユリさん、君も僕と同じ最優秀級だよ。早く行こう」
「はい。……はいっ!? 最優秀っ!? え、うそ。……あ、本当だ」
自分で確認するなりクロユリさんの動きが止まった。呆然とした表情で紙を見つめながら、わなわなと震える。
「っ〜〜〜〜〜〜〜!」
クロユリさんは飛び上がらんばかりの嬉しさを滲ませながら、大声で叫んだ。他の生徒らが何事かとこちらを振り向くが、クロユリさんは気にも留めない。
とはいえ、僕も叫びたい気持ちはわかる。僕の中等部時代は優秀級止まりだったのだ。今度こそ、僕はリナリアと同じ級で学園生活が送れるのだと思うと高揚感があふれて止まらないのだから。
「落ち着いた? それじゃ、行こうか」
「あぅ、えっと。は、はいっ!」
興奮もやや冷め、冷静になったからであろうか。途端に頬を赤く染めたクロユリさんに声をかけて講堂の入り口を抜ける。
講堂に入ると最優秀級の席を目指して僕らは歩いた。最優秀級は一番演台に近いところに座る。つまり入口から一番遠い場所まで、下の級の人達を超えて向かうのだ。
そして皆から尊敬や嫉妬の混じった視線を浴びる。
「わわっ、みんな見てますよっ。なんだか、あたし恥ずかしいです」
「ははは、まぁ今回最優秀級に行けるのは上位三十名までだからね。総数三百以上の生徒数を誇る僕ら高等部一年の中では、そこにいるだけで名誉なことなんだよ」
場違いに感じているのか、クロユリさんは辺りをきょろきょろとしている。そんな彼女に僕は笑いかけると、自分の席を目指した。
席順は出席番号と同じで、最初の試験の成績順になっている。入口の貼り紙には順位が書かれておらず、椅子に貼られている自分の名前と出席番号を見つけることで、初めて自分の順位がわかる仕組みになっているのだ。
これもあって、始業式が始まるよりも大分早くに生徒達は動きださねばならない。
「さてと、僕の席は……。あった、あった。四番目か、上々だな」
今回の試験はいつも通り筆記・武術・魔法の三つの試験があった。そして偶然だが、筆記は得意分野が、武術は得意な剣のみの戦闘であったため有利、魔法はいつも通りと、大分僕に有利な試験だったのだ。
合計点数は三百点中、二百七十五点と自己最高得点を叩き出した。ちなみに失点は、筆記で十、武術では無し、魔法で十五だ。
さて、それで僕の隣は誰だろう。そう思って見つめた先には天使がいた。ではなくて、リナリアが座っていた。……隣が、リナリア。
「リナリアっ!?」
「にゃっ!? ……はぁ、ココノエですか。いきなり大きな声を出さないで欲しいですわ。貴族たるもの、何時も冷静にありなさい」
僕が大声で叫んだばかりに、リナリアが驚いて椅子から跳び上がってしまう。そして原因が僕と見るや、ため息を吐いて、すぐさま扇で口元を隠すと椅子へ優雅に座りなおした。
僕が驚いた理由は単純だ。隣がリナリアだとは全く思っていなかったからである。
というのも、リナリアは何時も成績において不動の二番であったからだ。それがまさか三番であるとは思わず驚いた。
ではいったいリナリアの上は誰なのかと奥を覗き込んで、椅子に貼られていた名前に僕は絶句した。
「あうー、席が見つからないよぅ。あたしの席どこー!?」
僕の後ろからクロユリさんの声が聞こえた。彼女が席を見つけられないのも無理は無いだろう。成績開示があったのは前年度においてタリア学園中等部に通っていた者だけだ。
先ほど、最優秀級に入れたことで驚いていたくらいだ。椅子も見つかるまい。なんたって、彼女が成績二位なのだから。
「クロユリさん、こっちだよ、こっち!」
「えっ? あっ、ココノエさん! 凄いですねぇ、四番目ですか!」
僕が呼ぶと花の咲いた様な笑みを浮かべてクロユリさんがとててっと軽快に走り寄ってきた。僕の席を見てクロユリさんは尊敬に瞳を輝かせている。
「ははは、それ場合によっては嫌味だからね? 君は二番目だよ、ほら、急ぎな?」
「……へ? あっ、あたしの名前が二番目にっ!?」
自分の名前をやっと見つけたクロユリさんは驚いて、わなわなと震えながら自分の席を指差した。でも、その気持ちはわかる。
二番目ということは、王子とリナリアの間に座るということだ。僕なら重圧によって胃が音速で潰れる自信さえある。僕の師匠風に言うのならストレスで胃がマッハってやつだ。
「おい、そこの小娘。俺の隣なんだろ。なら、早く座れ」
王子は未だ震えているクロユリさんをちらりと睨めつけた。びくっとクロユリさんの肩が震える。
「ハイド様、平民には貴族の隣に座るのは恐ろしいことなのですわ。可哀想じゃありませんの」
「貴様は黙っていろ、ノンテ」
ノンテとはリナリアの家名である。自分の認めた人以外、王子は基本的に人を家名でしか呼ばない。それは、普段彼が人を家柄でしか見てないことを意味している。
この二人のやりとりを見てクロユリさんは余計に緊張してしまい、もはや涙目のありさまだ。
「リナリア、クロユリさん怖がってる、怖がってるから!」
僕が慌てて耳打ちすると、リナリアは怪訝な表情になってクロユリさんを見つめた。クロユリさんの瞳には既に涙がたまっている。
「……あら? 失礼しましたわ。クロユリさん、お座りになって? 少し話でもしましょうか」
リナリアは微笑みながら二番目の椅子をぽんぽんと叩き、クロユリさんに着席を促した。
けれどリナリアの笑みは個性的なので、なんと言えばいいか、一般からするとちょっと怖い。むしろ脅迫しているようにも見えるのだ。
話でもしましょうか、なんて言われた日には話し合いという名の尋問が始まるのかとまで思ってしまうほどである。僕はその気が全く無いのを知っているけれど。
「は、はいっ! 座らせていただきますでございます!」
「うるさい、小娘。ノンテもその笑みは大概にしろ、見ていて不快だ」
慌ただしく叫びながら着席するクロユリさんを睨めつけた王子は、そのままリナリアへと視線を移し眼光を尖らせた。
「……これは失礼しましたわ」
リナリアは王子の言葉にほんの少しだけ眉をひそめ、少し俯きながら手にはめた簡素な指輪を小さく撫でると、扇で口元を隠した。そこでリナリアはクロユリさんと会話を始めようとしたのだが。
『さて、これから始業式を始める』
ちょうどその頃、頭に老人の声が直接に響いてきた。言わずもがな、タリア学園の学園長である賢者ロワンの声だ。
かつて魔の化身を打ち倒したと言われる勇者一行の一人であり、彼の前には王でさえも強く言葉を発せないという。
『我々は皆平等である。励みなさい、子ども達よ。以上だ』
それだけだ。それだけの言葉を述べて、始業式が終わった。実質、始業式で重要なのは出席番号と自分の能力に近しい人を知ることであるので、これで問題は無い。賢者ロワンは多くを語らないのだ。
そして次はそれぞれの級での自己紹介に移る。僕は少しばかり催したので鼠狩りに寄ったのだが、席は早い者勝ちなので、あまりに遅いと良い席がなくなってしまう。早く僕も教室に向かわないと。