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悪役令嬢?いいえ彼女は--  作者: 歪牙龍尾
第一学年 ・ 春 ・ 出会い
1/30

夢か、それとも


「『光と闇はいずれ影を生む』『進む光の見る世界に、闇は焦がれ、そしてその身で世界を映し出した』」


どこからか声が聞こえる。それはまるで呪うような歌声だった。けれどその声は美しくもある。


知らず知らずのうちに、その声に耳を傾けていた僕は、気づけば教室の様な場所にいた。いや、教室の映像を眺めていたと言うべきかもしれない。


「あの、あたしの名前はクロユリ・トリエって言います。二音節しかない平民ですが、この学園で頑張っていこうと思ってます。よろしくお願いします!」


少女は自らの真っ黒な短髪を恥ずかしげに撫でながら、小さく笑顔を浮かべた。黒い瞳を何度も瞬かせ、慌てた様にお辞儀をする。おどおどとした調子だが、どこか可愛いらしい。


きっとこれは夢なのだろう。知らない少女はいるが、その面々は馴染み深い。ただ、どうしてか。この夢は異様な現実感を持っていた。


「俺はハイドだ。お前ら全員が知っているとは思うが、この国の王子である。安心しろ、学園では同等の存在だと認めてやる。それが規律なのでな」


何度も見たことのある見目美しい王子の顔。淡い青にも似た銀の髪と透き通る青の瞳は、まるで儚い花の様にも見える。けれど、その表情は尊大にして冷淡だ。


今見ている夢は、どこかでの自己紹介なのだろうか。話す面々が着ている服は、見覚えがある。指を覆わない手袋や腕を防護する布、動きやすく統一された服装、つまり学園服だ。ならばこれは、きっと明日から始まるタリア王国学園高等部での出来事に違いない。


「僕はココノエって言います。一応四音節の貴族だけど、普通に扱ってくれると嬉しいかな。才能は無いけど、努力します。よろしくお願いします!」


真っ白な髪に一房の朱。淡い雪の様な銀の瞳も合わさって少し気弱そうな青年。これは僕だ。


才能が無いと語るあたりが僕らしい。王子と一緒の教室にいるとなると、最優秀級にどうにか入ることができたみたいだ。


ならば、きっと彼女がいるはず。そう思うと、夢なのにも関わらず、早く彼女が登場して欲しいと思わずにはいられなかった。


「私の名前はリナリアですわ。五音節の貴族ですが、規律上皆と平等ですので気になさらず。ハイド様の許嫁をしております。以後お見知りおきを」


そう言って優雅に一礼をした少女に合わせて、長い金色の髪がゆらりと揺れる。顔を上げた彼女の瞳は燃える様に赤く、されどその視線は冷たい。


僕の初恋の相手にして、幼なじみのリナリアだ。彼女を想う気持ちは昔からずっと変わらない。残念ながら彼女は王子との結婚が決まってしまっているため、望みは薄いだろうけれど。


とはいえ、それも仕方の無いことだ。僕の身分はリナリアよりも低い。リナリアの親が、僕を彼女の夫にしようなどと思うはずも無い。もちろん、今のところは、の話だが。


いずれ成り上がって認めさせてみせる、などと意気込んで教室を眺めていると、景色が突然ぐにゃりと歪んだ。


夕焼けが淡く照らす学園に、一組の男女が笑い合う。


「ふむ、クロユリだったか。なかなかに愛らしいな。良い、俺の側にいることを許そう」


「そんなっ、恐れ多いです! あたし、敬語も使えませんし……」


「許すと言っている。二度も言わせるな」


どうも、察するに王子がクロユリという名の平民を気に入ったようだ。身分差を気にする王子にしては珍しい。


しかし、リナリアを許嫁にしておきながら他の女性に目を移すのはいただけない。確かに王子ともなれば妻は沢山いておかしくないけれど、リナリアを愛する身としては不服だ。


ぐにゃり、また景色が歪む。包帯を巻いた姿のクロユリさんが痛々しい様を晒す中、リナリアが心配気に近寄った。


「あら、クロユリさん。お怪我の程は如何かしら?」


「これは、あなたがっ!」


「違うと言っているでしょう。偶然貴女が怪我をした時に私が側にいた。それだけのはずよ?」


突然場面が移り変わってまっているため、前の状態はわからない。けれど、一見するとクロユリさんの怪我がリナリアのせいである様にも見える。


例えばそう、夢の流れからするに許嫁の座を奪おうとしたクロユリさんにリナリアが嫌がらせをした様な。


そんなことあるはずも無い、と思うけど。


「リナリア、貴様クロユリに手を出したそうだな。元から好ましくは無かったが、失望したぞ」


ぐにゃりと捻れる世界が寒空の下へと移り変わる。ちらちらと雪が舞い、どこか寂しさを覚える情景に冷淡な声が響いた。


「手を出してなどいないわ。誤解よ」


「はっ、貴様の言葉など信じられるか。婚約は破棄させてもらう」


「そ、そんな……。そんなことされたら私はっ!」


「知ったことか。せいぜい路頭に迷え、下衆げすが」


王子からリナリアへ、婚約破棄が宣言された。いや、そんなまさか。リナリアがクロユリさんに手を出すわけがない。


リナリアは勘違いされやすいが、凄く優しい人なんだ。王子、リナリアを捨てないでやってくれ。僕ではきっと彼女を幸せにはできないんだ。王子でなければ。


そう思っても、夢の中の王子は現実とたがわずに冷淡で、もはやリナリアに振り返ることすらせず去ってしまう。


「どうしてだ。どうしてこんな大事な場面に僕がいない? リナリアを愛してるんじゃなかったのか。こんな時でさえ、僕は弱いままなのか?」


違う、駄目だ。そんなこと許されるはずがない。この場面で何もできない自分を、僕は決して許せない。


異様な現実感、それはこの夢が未来の出来事であるかの様にさえ思わせる。もし本当にそうなら、僕はこれを正夢になどさせない。リナリアと結婚できないのは、まだいい。けど、彼女が苦しむのは許さない。


「私は……。こんなことなら、わたしはぁっ……!」


膝を折って俯くリナリアは、まるで儚い花の様で、触れただけで手折たおられてしまいそうな弱さが見えた。こんな彼女の姿を見たのは、久しぶりだ。


「もう、わたしに生きる意味なんて……」


諦めたかの様に、リナリアはぽつりと呟いた。その瞬間、彼女を中心に空気が揺らいだ。リナリアの吐息が白く染まる。薄氷うすらいが、少しずつ彼女の身を包み始めた。


「待って! リナリア!」


あからさまに異常なその姿に慌てて声をかけるも、僕はそこにいない。悲しくも、僕の前でリナリアはその姿を氷像へと変えてしまった。


何が起きたのかも、わからない。けれど、リナリアがもう動き出さないであろうことはわかった。


「違う。こんな夢、未来の出来事なんかじゃない。僕が、許さない」


誰も聞いてなどいないだろう。僕が誰に向かってそう言っているのかもわからない。けれど、言わずにはいられなかった。そうでもしないと、全てに絶望してしまいそうで。何もかもを諦めてしまいそうで。


「君の幸せは、僕が守るから」


そう決意と共に、届かないと理解していながら夢の中の彼女、その氷像へと呟いた。


それとほぼ同時に、眼が覚める。窓から漏れる光が僕の顔を照らし、朝の訪れを伝えていた。


「あぁ、そっか。夢、だよなぁ。なんて寝覚めが悪いんだ」


伸びをしながら起き上がり、一度深呼吸をする。顔を洗おうと鏡の前に立てば、頬には涙の跡が残っていた。


「……本当にあれは夢か? もし、リナリアがああなったら。僕は、どうすればいい?」


いっそ、全てを壊してしまおうか。全て殺して、【魔王】となって……。それから、僕も命を絶ってしまおうか。


「なんて、ね」


嫌な考えを流そうと、勢いよく顔を洗う。今日は高等部の始業式だ。準備を整えて早く向かわないといけない。


まず、昨晩から用意してあった鞄の中身を確認する。必要なのは、武器と魔法書、それと筆記用具くらいだ。


鞄の中は薄暗く、中を見ることはできない。というのも、空間系の魔法により中身が拡張されているからだ。


手を入れれば何が入っているのかは脳裏に浮かぶ様になっている。確認すれば予定通り、得意武器である片刃の剣と魔法書、それに布で包んだ筆記用具が入っていた。


筆記用具に混じって覚えのない指輪があるが、これは筆記用具一式を買った時のおまけか何かだろうか。よく見ると、簡素ながらちょっとした付与道具の様だ。不思議と、大切にしないといけない気がした。


「それじゃあ、少し水浴びしたら入学式に行かないとね」


タリア王国学園寮の一室、他に人のいない僕の部屋で誰にともなく呟く。少し寂しく感じるけれど、貴族の部屋は無用ないさかいを避けるためにも大抵一人部屋なのだ。


水浴びを終え、防護印の刻まれた学園服に着替えたら寮を出る。周りを見れば多くの学生が講堂に向かっていた。


その中に、ふと黒髪の少女を見つける。その姿に僕は見覚えがあった。クロユリさんだ。


あの夢が現実となるのかどうか、試してみるのもありかもしれない。ふと、そう思った。


「やぁ、おはよう。今から向かうところ?」


「ふぁっ! あ、はい! えと、どちら様ですか?」


僕からの突然な挨拶に驚いて、その少女の肩が跳ねた。慌てて振り向いた少女の顔立ちは整っていて可愛らしい。


その顔は、やはり夢で見たものと一致している。


「僕の名前はココノエ。ココノエ・カズラ・ブーゲン・ビリア。君は?」


「き、貴族様っ!? あ、あたしはっ、クロユリですっ、でございます! クロユリ・トリエ、二音節の平民でありますですっ!」


あたふたとしながら、酷い有様の敬語をどうにか使ってクロユリさんも自分の名前を教えてくれた。


やはり、クロユリさんで間違いなかったか。だとすれば、あの夢も。そう思わずにはいられなかった。


ならばリナリアが王子から縁を切られる未来を避けるために、その原因であろうクロユリさんを気にかけておくのが最善の選択だろうか。


しかし驚いた。クロユリさんがリナリアや王子、加えて僕と同じ級にいるということは、平民であるにも関わらず優秀な成績をおさめたということになる。


「あはは、僕に敬語は必要無いよ。学園において貴賎きせん無し、だからね。偶然の巡り合わせだけど、よろしくね」


「はいっ、よろしくお願いしますっ!」


顔を真っ赤にして叫ぶ彼女は純真無垢じゅんしんむくにも感じる。だとするならば、リナリアとのいさかいは偶然によるものなのかもしれない。


「あら、ココノエ。朝から平民にご挨拶とは、貴族らしくないわね」


ふと聞こえてきたのは鈴の音よりもりんとした声だった。わかっている、リナリアの声だ。気になるのは、声音が少し不機嫌そうなところか。


「おはよう、リナリア。んー、まぁ僕はあまり貴族の矜持きょうじも無いからね、君ほど礼儀良くもあれないよ」


「ふふ、お世辞をありがとうございますわ。そちらの平民さんもおはよう。朝から会話を楽しむのも結構ですけれど、身の程をわきまえないと酷い事になるわよ?」


リナリアが手に持つ扇で笑みを隠しながら、クロユリさんを見つめた。リナリアの瞳はまるで弓矢の如くクロユリさんを射抜く。


「あっ、えっと、はい! 申し訳ありません!」


威圧された様に感じたのだろう。クロユリさんは地に平伏ひれふす勢いで頭を下げた。


「礼もなってないわね。直角、もしくはそれより深く頭を下げるのは王家に連なる者に対してのみよ」


「す、すいません!」


クロユリさんは再び頭を深く下げる。それを視線は冷たいままに見下ろしながら、リナリアは呆れた表情をしていた。


見るからに幸先さいさきの悪い出会いだ。これは良くない。できることならば、この二人には仲良くなって欲しいのだ。そうなれば二人の間に問題が生じることもないだろうから。


「あっ、ほら二人とも、始業式始まっちゃうよ! 行こ行こ!」


「む。それもそうね、行きましょう。もちろん、ココノエも最優秀級に来るでしょうね?」


「ははは、頑張りはしたよ」


「そう、それならいいわ。そちらの平民も急ぎなさい、遅れてしまったら面倒ですもの」


「は、はいっ!」


優雅ゆうがに歩き出すリナリアとそれを慌てて追いかけるクロユリさん。どうにか二人の意識はお互いから始業式へと外れたようだ。


「ひとまず、正面衝突は避けれたかな?」


二人の後を追い僕も講堂へ向かいながら、小さく安堵の息を漏らした。

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