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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
七巻 泡沫の咆哮
99/135

「おい。俺の陣地でなに勝手なことしてやがる。磯女」




――『海原国』中国地域。




 磯女はびりびりと軽い静電気が身体を覆っているように感じた。



「これはこれは、夕映様ではありませぬか」



 ゆるりとお辞儀をした磯女のその行動とは裏腹の不遜な態度に、夕映は答えろと凄味を増した視線を向けた。



「俺の陣地で許可なく何をしていると訊いている?」

「食事を取っている最中でございますが。何か不都合でもおありか?」

「あー。大ありだな」

「何故でございましょうか?」



 夕映は磯女本体から彼女の一部、髪の毛で作られる球体を一瞥した。



「大きいな」

「久方ぶりの食事故、大物を狙った次第です」

「あの分じゃ、中のは死んでるな」

「いえいえ。生きのいい獲物故」

「生きてるってか?」

「腹が苦しくて堪りませぬな」



 磯女は腹の辺りを円を描きながら擦った。

 夕映は眼光を強くさせた。



「もう獲物は要らないって顔だな。そいつだけで十分だと」

「ええ」



(ああ。気に食わねぇな)



 自分の陣地で勝手な行動を取っていることが。


 自分を見下している態度が。



(大きさからして、鮫。か。人か)



 人を襲ったら即罰する。魚貝類に関しても一定量を超えたら同様の処罰を下す。


 これは海原国が妖怪に対して課した不文律。


 罰を恐れたのだろうか。ここ最近は妖怪による被害は低下の一途を辿ってはいたが。



「人じゃねえよな」

「はい」



 僅かな動揺さえ見せずに余裕のある答えを返す磯女。終始、高揚を滲ませる言葉を発していた。



「量は?」

「一体でございます」

「中身を見せろ」

「はい」



 気味が悪いほど素直な磯女に、反吐が出ると悪態をついた夕映の瞳に映るのは。






 崩れゆく球体から姿を見せた。






「…あれは、何だ?」






 一人の娘。






「極上の獲物でございます」






 の皮を被った何か。






(なるほど。人じゃねえな)



 共食いならばもう放って置けばいい。の。だが。





「何をなさいますか?」



 初めて声音に感情を滲ませた磯女が、その髪で巻き付けて掴んだのは。



「殺す」



 三日月の形をした刃を持つ、夕映の愛矛『領乂れいがい』であった。



「どんなんでも首を落としたらしめえだ」



 夕映は矛の首に括りつけ、今の今まで手に掴んでいた紐を引っ張り、『領乂』を磯女から取り返して刀で言う柄の部分に当たる袋部を掴み、得体の知れない何かを殺そうと一気に距離を縮めたのだが。












「退け」



 対象の前に腕を真横に上げて、攻撃を阻止せんとした舞李は、夕映の威圧に一度大きく肩を跳ね上がらせるも、数度頭を振った。


 夕映は舌打ちした。


 全く身動ぎしない対象が何時動き出すか。気が気ではない。



「てめーも感じるだろ。こいつはやばい。野放しにしたら最後。殺戮を繰り返す。永遠にだ」



 それでも説得しようと行動よりも言葉を選んだのは。




 肩書だけでも妻だからか。




 身体を小刻みに震わせ蒼白な顔をしているくせに、全身で譲らないと語っている為か。



「優しい、人、です」



 途切れ途切れに加えて震える、何時もと変わらぬ聞き取りにくい声音。


 苛立ちを増させるものだった。



「大切なやつか?」

「大切、です」



 背中を優しく押してくれた。


 たった一度しか言葉を交わしてはいないけれど確かに。


 かけがえのないと自負できるほどの出会いだったのだ。




 それに―――。








 逡巡のない答えに目を細めた後、夕映は矛を持っていない手で舞李の肩を掴み、自身の後方へ払い飛ばし、息つく暇なく孤を描く刃を対象の後ろ首へ回して、躊躇なく自身の方へ引き寄せようとした時だった。



(おい)



 夕映はこの不可思議な現象に疑問を抱かずにはいられなかった。



 自分の身体が遅く動いている事実に。



(何だこれは?)



 硬直しているとさえ思われる中、瞬きで視界が隠れることのない夕映の瞳に映ったのは。






 自身の額を貫かんと、今まさにそれ目掛けて突き進む。 






(俺は)






 胸に押し当てられていたはずの若竹色の短刀の刃先。






 視界の端で捉える磯女は大口を開けて笑っていた。






 どちらが。それともどちらともか。






(くそ)






 視界の中央で捉える対象は全身から血を流していた。






 まるで涙を流すように。






 まるで血を拒むかのように。






 血とは誰の?対象自身の?






 否。






(あやつの血まで飲み下せるとは)



 磯女は笑いが止まらなかった。止めようがなかったのだ。



 これほど愉快で、これほどまでに、狂喜乱舞することはないのだから。






「殺せぇえぇ!」






「止めてぇ!」






 二つの声が重なり合って数秒も経たず、刃が確実に貫いた。














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