六
―――京都府京都市『穏芽城』の一角、天皇の住居地『風霞』にて。
「おまえは残れ」
「嫌!」
梢が連れ去られてからそう時間を経たずして、奈良から戻ってきて事情を聴いた柊は、口を一文字に結ぶ櫁に再度残れと告げた。櫁は大きく頭を振った。目には薄らと涙を浮かべられていた。
「叔母様が連れて行かれたのよ。どうして此処に居られるのよ」
「天皇と天皇補佐の我らが「分かってる!」
櫁は肩を上げて声を荒げた後、くしゃりと顔を歪ませた。
「分かってる。分かってるけど…待ってばかりじゃ嫌!」
「櫁」
「私としてはお二人とも残ってもらいたいのですけど」
柊の傍らに居た遊山は口を開いた。同じく傍らに居た閣玄も彼に同意した。
「立場を弁えて頂きたい」
閣玄は不満を含ませた物言いでそう厳然と告げた後、遊山を一瞥して、瞼と共に口も閉ざした。遊山は肩を揺らして口を開いた。
「市井回りも大事ですが、そろそろ書類に集中してもらいましょうか」
「遊山」
子供をあやすような物言いが癪に障った柊は遊山を睨んだ。されど遊山は全く意に介さず飄々とした物言いで告げた。
「岸哲が後を追っていますし、妖怪退治は『平安の雫』に任せるべきかと。違いますか?」
柊は遊山の瞳を真っ向に見つめて十数秒後、そうだなと、掠れた声音で告げた。
「兄様!」
非難と恐怖と、それでも小さく諦めも滲ませた声音。そう感じた柊は、櫁のその震わせる肩に両の手を置いた。
「櫁。我らは叔母上のようにこの国を護る為に在る」
分かるなと、櫁は目で言われた気がした。
それ以上は言わすなと。
櫁は強く握りしめた拳を額に押し当て、低い唸り声を上げた。消え入りそうなのに、何時までも耳に残るような、そんな声だった。
胡散臭い笑みだと、柊と櫁は同じ感想を抱いた。
―――『穏芽城』天皇の日常業務が行われる紫宸殿にて。
あれから速急に『平安の雫』へ打診した結果、彼らの目の前に現れたのが二人の男だった。
一人は『平安の雫』の竹の紋が彫られている漆黒を基調とした正装を身に通した男の名は朱儒。年は四十ほどだろうか。菜の花色の短髪に、絶えず微笑を浮かばせていた。否、浮かばせていたと言うよりも、それが地なのだろう。
そしてもう一人は何故か。
「海燕殿は妖怪に精通していると聞きまして。櫁様とも親しい間柄とか。見知った顔が居られた方がお二方も安心すると思いまして、彼にも協力を仰いだ次第です」
柊に武官である海燕を何故一緒に連れて行くかと問われた朱儒は、ゆったりとした口調でそう告げた。
何処か気品を感じさせるその物言いに、貴族出かと推測した柊はそうかと告げると、朱儒の右斜め後方で頭を下げる海燕に視線を向けた。
「任せた」
「この命に代えましても梢様は必ず連れて帰ります」
淀みのない澄んだ声音だった。
櫁はずきりと胸に痛みが生じた。
「兄様。希羅。元気だった?」
海燕に何の言葉もかけられないまま、櫁は今、天守閣の回廊から小さくなっていく海燕の背を見つめると、彼の前に居る朱儒と、隣に居る閣玄も視界に捉えられる。
柊は櫁の隣に立って、ああと静かに答えた。
「零って名前をあげたんだってね」
「そうらしい」
櫁は手すりを強く握りしめた。
「希羅。死んじゃう?」
震える櫁の頭に、柊はそっと手を添えて後、その答えを告げた。




