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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
七巻 泡沫の咆哮
91/135



















 小さな身体を抱え込んでいるあの人を見て。












 護らなければと、思った。

















――三重県鬼牙城。




「入出許可証をお願いします」

「はい」




 譲り葉の邸がある泰炬山から東へ五時間ほど歩いて辿り着いた其処に、譲り葉、宗義、道具屋、羅韋、零を肩車する修磨に続いて、希羅は出入許可証である自分の名前が彫られた円形の杉札を検査員に見せて門を潜り、彼女の後に洸縁、ゆずが続いた。




 日本と外国を繋げる唯一の出入り口であり、海に面する各県に設けられている重苦しい漆黒の門の内の一つを潜った一行の眼前には、穏やかに波立つ海が一面に広がっていたが、中を見せるのを拒むように海の表面は深緑色で覆われており、門を潜って数歩ほど歩けば、押し寄せて来ては返って行く波が足首に浸かるまでに迫る。




「さぁってと。んじゃあ、これから海の中に入るけど。その前に」



 一列に並ぶように告げた譲り葉は一人一人に白の丸い錠剤を手渡した。



「それを飲めば一週間は彼らと同じように海の中でも呼吸ができるから。ま。術でもいいんだけど、楽するに越したことはないしね」

「遊びは遊び。ってことか」

「そーゆーこと」



 修磨の独り言に、譲り葉はにんまりと笑みを浮かべて答えた。



(ま。今回は術使えないやつも居るからだろうな)



 照りつける日差しを浴びながらも、或る光景を思い出してしまった修磨は寒気を感じた。



(遊びじゃなく、かつ術使える奴だけだったら地獄の特訓を課してただろうな)



 自分と洸縁は無論のこと、希羅も例外ではなかっただろう。


 回避できてよかったと、修磨は胸を撫で下ろした。



「初めに向かうのは『海原うなばら国』を統治している夕嵐せきらん王のところね。確か、此処から一時間ほどだったわよね」

「はい」



 ゆずは譲り葉に呼応した。




 王は拠点を春夏秋冬の時期によって変え、またその位置を伝えるのも時期によって異なっていた為、海へ入る際の必要事項として王へのお目通りが課せられている以上、管理局が彼の位置を把握していないことには日本人は海への入出は赦されず、伝えられた時期に限定されていた。



 今回は夏と言うことで、海に入る日本人の数は多かったようだ。この日だけでも希羅たち以外に数百人ほどが居り、喧騒が鳴り響いていた。




「やはり夏は海に限るの~」

「そうじゃいの」


 道具屋と羅韋は腕を伸ばしたり屈伸したりと身体をほぐしていた。


「姉上。姉上。すごい。目の前全部水。しかもしょっぱい」

「そうだね」


 興奮していた零は両手で椀を作って海水をすくい舐めて、顔をしかめ、口を開けて笑った。希羅は微笑を浮かべて彼を見つめていた。


「なぁなぁ。あんたもあんたも相当強いよな。どう?いっちょ手合せしない?」

「…おまえさ。自分が場違いな人間だって分かってんのか?」


 宗義は修磨と洸縁に満面の笑みを向けたが、洸縁は彼を無視し、修磨は暑苦しいと手で扇ぎながら呆れ顔を向けた。


「なに?場違いって?」

「だから…説明すんのめんどくせ~」


 修磨は洸縁を一瞥した後、譲り葉に彼を追い返してくれと頼もうとしたのだが。


「居ねえし」

「譲り葉とゆずはもう海の中に入ったぞい」


 『い』の発音と同時に、道具屋と羅韋は海の中へと飛び込んで行った。


「あ。俺も俺も!」


 宗義もまた彼らに続くように海の中へ飛び込んだおかげで、盛大な水しぶきが上がった。


「姉上。姉上。俺たちも」


 零は希羅の手を握り奥の方へと向かおうとしたのだが、制止の声がかかり、急停止して後ろを振り返った。


「二人だけやと危ないから、僕たちも一緒に手を繋ぐわ。修磨は零と繋ぎ」


(洸縁、さん?)


 何時もと変わらない穏やかな笑み。柔らかい口調。なのに、希羅は違和感を覚えた。


「分かった」


 修磨は素直に洸縁の言を受け取って零の手を握った。これで左から修磨、零、希羅、洸縁が一列に並んで手を繋ぐ構図ができた。


「洸縁さん。その。私」

「…そないな顔やと楽しめんやろ」


 洸縁を見上げた希羅は彼にそう告げられ、はいと笑みを浮かべた。


(…大丈夫かよ)


 二人を見つめていた修磨だったが、握られた手に力が籠められるのを感じ、視線を下げた。


(こいつも)


 面倒なやつばっかだと、心の中で盛大にため息をついた修磨であった。




















 つんと、鼻の中に水が入るような刺激が目まで届き、思わず目を閉じる。



 そのままの状態で気持ちを落ち着かせて、水と共に酸素を身体の中に取り入れ、水と共に二酸化炭素を身体の外に出す。



 身に付けている着物にさして抵抗を感じず、浮遊感と流れへの抵抗にこそばゆさを覚えながら、硬く瞑っていた瞼を開けたその先の景色を目を凝らして見る。


 

 初めは深緑色の海藻が漂う世界。



 次は灰色の雪が吹雪く世界。



 其処を抜ければ。



 光りを浴びる透き通った世界が待っていた。



「綺麗」



 手を繋いだまま譲り葉たちの後を追う希羅は玲瓏な景色に目を奪われていた。



 思うままに泳ぐ魚は優雅そのもの。

 流れに身を任せる植物は静穏そのもの。



 風にたゆたう薄布のように海中を照らす光は地上よりも幽邃に輝いて、だが優しく見えた。



 進むにつれて、身体も心も少しずつ剥がれて、塵となって、海の一部になって、自分の存在が穏やかに消え去って行く感覚を抱いた。






(こんな)






 こんな想いで。






「希羅」


 沈んでいく意識が一気に浮上した。


「着いたぞ」

「はい」


 修磨に顔を向けた希羅は目の前の巻貝のような建物に視線を移した。











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