五
「それが希羅ってわけだの」
「…はぁ」
紙芝居を終えた天狗、またの名を道具屋はニッと笑みを浮かべた。
「どうじゃ?分かり易かったじゃろ?」
「はい。まぁ」
曖昧な希羅の態度に、道具屋はむっと眉根を寄せた。
「何じゃ?言いたいことがあるなら、ばすっと言いんさい。ばすっと」
じゃあと、希羅は至極当たり前な疑問を投げかけた。
「地球って、言葉を話すんですか?」
「当たり前じゃろ」
「何で地球は月と太陽と話せないんですか?」
「波長が合わないんじゃないんかの。もしくは、月と太陽が話したくないか。そうだとしたらあいつら意地悪だの」
しかめっ面になった天狗に、希羅はさらなる疑問を投げかけた。
「何で地球が起きている時に鬼が眠って、鬼が起きている時に地球が眠るんですか?そもそも、地球って眠るんですか?」
「生きてりゃ、どんなんでも睡眠は必要になる。鬼はそん時の為の代替物ってわけだ。例えば気象じゃ。風とか。雪とか。雨とか。どれも気温の変化によって生じるじゃろう?その気温の調節をしていたのが地球じゃ。が、鬼はそれができん」
「何でですか?」
「それは知らんが。鬼は調節する代わりに、個々の気候を直接生じさせられたわけだの」
「私は何なんですか?」
「よく分からん」
間も置かずにそう言われた希羅は、何でも知っている天狗じゃないんですかと告げた。
「河童も全てを知る妖怪だとか言われているが、知らんじゃろ。それと同じじゃ。大体わし、天狗じゃないし」
「じゃあ、何ですか?」
「鬼。だの」
道具屋が人差し指を天井に向けると、天井からはらはらと牡丹雪が舞い降りてきた。
「わしは雪を降らす鬼。あ。そうじゃ。真ん中に穴の開いた山から雨とか雪とか降らすのは地球だからの。余興が好きなようじゃ」
「……じゃあ、修磨さんのことも知っているんですか?そもそも鬼って、ずっと同じ鬼なんですか?」
道具屋は上げていた人差し指を曲げて顎に添えた。雪はもう降っていない。
「人間のように生まれ変わりはないでの。こう見えても八十億歳じゃ」
「八十億」
余りにも桁の大きい数字に開いた口が塞がらない。
「見えんじゃろ?まぁ、年も取らんし。当たり前じゃがな」
お茶をこくりと飲んだ道具屋はそうそうと口を開き直した。
「修磨は知らん。多分、最近生まれたんじゃないかの」
八十億歳の言う最近とは一体どれくらいの期間を言うのだろうか?希羅はふと疑問に思ったがそれは訊かないでおいた。
「あの、修磨さんに会ってもらえないですか?ずっと仲間に会いたかったみたいで…じゃあ、譲り葉さんは?修磨さんの母親だって。譲り葉さんが修磨さんが鬼だって知らないわけないし。偶々修磨さんが気に入って息子にした」
訳ないと言いたいが言えない希羅。寧ろ、そんなことをしそうだと思った。
「質問の多いやっちゃの」
道具屋はもう勘弁してくれと言わんばかりに手を振り始めた。
「分かりました」
(全部話してくれるんじゃないんですか。全く)
まだまだ訊きたいことは山ほどあるが。やるべきことが分かっているからいい。
「つまり、私は地球を捜せばいいわけですか?」
なんて珍妙な質問をしているんだろうと、希羅は心底思った。
今まさにこうして地球の中に居るのに、その地球を捜すなんて。一体全体どうすればいいのか。疑問が募る。
「……今、地球って眠っているんですよね。じゃあ、私が聞いているのは寝言ですか」
希羅は一人ごちた。
目の前に居る道具屋や修磨など。鬼は起きている。つまり地球は眠っていることになる。
(何で私なんだろう?)
最初。自分は鬼かと思ったが、鬼でも地球の声は聞こえないと言う。聞こえるようになった鬼だと考えれば納得もできるが、道具屋は自分の正体を分からないと言う。此処まで話しておいて嘘をつく必要などないし。分からない。分からない。
「結局私って分からない存在なんですね」
正体の分からない怪しさ満載の自分の命を弟に渡すのか。そう思うと、希羅は気が滅入ってしまった。
(ああ、でも。地球に会えたら答えが見つかるかも)
「私。兎に角、譲り葉さんのところに行ってきますね」
このまま考えても埒があかなそうだ。兎にも角にも。この勝負に勝たなければ話にならない。一筋の光を見出してやる気の出た希羅は立ち上がって、道具屋に頭を下げた。
「話してくれてありがとうございました。多分、譲り葉さんは、話してくれなかったでしょうから」
それとこの機を逃してもきっと。この刻だから教えてくれたのだろう。
(気紛れだからな。このひ…とじゃなくて、鬼)
ふらりと姿を現しふらりと姿を消す。約束はほぼ守らない。気紛れ選手権があれば確実に優勝する。予想ではなく決定事項だ。希羅は強くそう思った。
「必ず戻って来るので、一緒にどうすればいいか考えましょう」
「弟は諦めろ」
瞬間、希羅の表情は険しくなったが、道具屋は構わずに続けた。
「この一か月で地球を捜せると思うか?誰も彼も捜しているのにちいっとも見つからん。無理じゃの」
「それは一か月後に言ってください」
「一か月も共に居れば、情も深まる。居なくなれば失意の念も深まる。そうすれば、地球の声に耳を傾ける余裕すらなくなる。そうしたら、地球はひとりぼっちのままじゃ」
希羅の耳には後半の件は入っていなかった。
ただ、一か月後。地球を見つけられなかった場合、弟を殺すと言う道具屋の言葉しか、耳に入っていなかったのだ。
「…兎に角。私は行きます」
背を向けた希羅の手首を、道具屋はがしりと掴んだ。
「行かせるわけには、いかんでの」
その重厚な気迫に。希羅は口を結んだ後、掴まれていない腕を胸元に伸ばして、笹を取り出して、掴む手に力を籠めた。瞬間、道具屋は竹の籠に閉じ込められていた。
が、道具屋を閉じ込めたのは目の粗い竹の籠。その隙間に希羅の腕が挟まっている状態で、竹の籠の中では、道具屋が希羅の腕を掴んだままであった。
希羅は掴まれている腕を空いている手で掴み、足に力を入れて引っ張った。
「痛い思いをするだけじゃ。諦めろ」
「もう、二度と」
希羅は顔を真っ赤にさせながら、引く力を緩めなかった。
「もう二度と。離さないって。決めたんです」
この地から。絶対に。一度は絶対に、繋ぎ止める。
「死んでもいい。でも、生きてから決めて欲しいんです。だから」
「一か月。あいつはこの世で生きる。それじゃあ、不満か?」
静かな口調に、希羅は顔を歪めた。
「たかが一か月で、生か死かを選べると思いますか?」
「姉上。俺は要らない」
ふと、希羅が視線を声がする方へ向ければ、やはりそこには、男児の姿があった。希羅はともすれば抜けそうになる力を留め、引くことを持続させた。男児は一歩一歩ゆっくりと希羅に近づき、掴まれている腕に添える程度に優しく掴んだ。
「姉上。俺、姉上の命は要らない。生き返りたいと思わないんだ。こんな、自分を棄てた世界なんかに」
希羅は咄嗟に口を開くも、何も言葉が出て来なかった。
自分の命だから要らないと。そう言われた方がまだ弁解できたはずなのにと、瞬くほどの僅かな時間、顔を歪ませた。
「それでも。姉上が俺を生きらえらせようって思ってるって、神様に教えてもらったから。神様に頼んだんだ。一日だけでも姉上に会わせてほしいって。生き返らせなくていいんだって、伝える為に。でも神様。太っ腹で、一か月やるって。だから、本当は儀式の日に伝えようとしたんだ。それまでは、姉上と楽しもうって思ってて。ごめん」
「…そう。そっか」
希羅は明るい声音を出し、おどけるような笑みを浮かべた。
「お姉ちゃん。早とちりしちゃったね。ごめん、ごめん。あ。でも。一か月なら、居てもいいって思えた?」
男児は小さく頷いた。
「一か月なら、姉上と一緒に暮らしていいって、思えた」
希羅は胸を撫で下ろした。
「そっか。うん。なら一か月、楽しもう。ね?」
男児は白い歯を見せた。
「うん」
「うん。じゃあ、遊んでおいで。子天狗さん。よろしくお願いします」
二人が去った後、希羅は再度、足を踏ん張らせて後、道具屋を見つめた。道具屋は希羅を見つめて、嘆息をついた。
「ああ言われても諦める気零じゃの」
「…一か月生きてみて気が変わるかもしれない。ならやっぱり。私のやることは変わりません。今は。そのことだけ考えます」
道具屋は自分が掴んでいる所為で充血している希羅の腕を見た。
ひとえに、根負けである。
(一か月の間で、心変わりするのはあの子だけとは限らんしの)
道具屋は手を離した。希羅は隙間から腕を引き抜いて、駆け走った。
二日目は残り、およそ、十一時間。それに八時間を加えると、十九時間。
(大丈夫。休息をそんなに取らなければ、修磨さんたちが追いかける前に辿り着ける)




