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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
六巻 向暑の曙光
84/135

「それが希羅ってわけだの」

「…はぁ」



 紙芝居を終えた天狗、またの名を道具屋はニッと笑みを浮かべた。



「どうじゃ?分かり易かったじゃろ?」

「はい。まぁ」



 曖昧な希羅の態度に、道具屋はむっと眉根を寄せた。



「何じゃ?言いたいことがあるなら、ばすっと言いんさい。ばすっと」



 じゃあと、希羅は至極当たり前な疑問を投げかけた。



「地球って、言葉を話すんですか?」

「当たり前じゃろ」

「何で地球は月と太陽と話せないんですか?」

「波長が合わないんじゃないんかの。もしくは、月と太陽が話したくないか。そうだとしたらあいつら意地悪だの」



 しかめっ面になった天狗に、希羅はさらなる疑問を投げかけた。



「何で地球が起きている時に鬼が眠って、鬼が起きている時に地球が眠るんですか?そもそも、地球って眠るんですか?」


「生きてりゃ、どんなんでも睡眠は必要になる。鬼はそん時の為の代替物ってわけだ。例えば気象じゃ。風とか。雪とか。雨とか。どれも気温の変化によって生じるじゃろう?その気温の調節をしていたのが地球じゃ。が、鬼はそれができん」


「何でですか?」


「それは知らんが。鬼は調節する代わりに、個々の気候を直接生じさせられたわけだの」


「私は何なんですか?」


「よく分からん」



 間も置かずにそう言われた希羅は、何でも知っている天狗じゃないんですかと告げた。



「河童も全てを知る妖怪だとか言われているが、知らんじゃろ。それと同じじゃ。大体わし、天狗じゃないし」


「じゃあ、何ですか?」


「鬼。だの」



 道具屋が人差し指を天井に向けると、天井からはらはらと牡丹雪が舞い降りてきた。



「わしは雪を降らす鬼。あ。そうじゃ。真ん中に穴の開いた山から雨とか雪とか降らすのは地球だからの。余興が好きなようじゃ」


「……じゃあ、修磨さんのことも知っているんですか?そもそも鬼って、ずっと同じ鬼なんですか?」



 道具屋は上げていた人差し指を曲げて顎に添えた。雪はもう降っていない。



「人間のように生まれ変わりはないでの。こう見えても八十億歳じゃ」


「八十億」



 余りにも桁の大きい数字に開いた口が塞がらない。



「見えんじゃろ?まぁ、年も取らんし。当たり前じゃがな」



 お茶をこくりと飲んだ道具屋はそうそうと口を開き直した。



「修磨は知らん。多分、最近生まれたんじゃないかの」



 八十億歳の言う最近とは一体どれくらいの期間を言うのだろうか?希羅はふと疑問に思ったがそれは訊かないでおいた。



「あの、修磨さんに会ってもらえないですか?ずっと仲間に会いたかったみたいで…じゃあ、譲り葉さんは?修磨さんの母親だって。譲り葉さんが修磨さんが鬼だって知らないわけないし。偶々修磨さんが気に入って息子にした」



 訳ないと言いたいが言えない希羅。寧ろ、そんなことをしそうだと思った。



「質問の多いやっちゃの」



 道具屋はもう勘弁してくれと言わんばかりに手を振り始めた。



「分かりました」



(全部話してくれるんじゃないんですか。全く)



 まだまだ訊きたいことは山ほどあるが。やるべきことが分かっているからいい。



「つまり、私は地球を捜せばいいわけですか?」



 なんて珍妙な質問をしているんだろうと、希羅は心底思った。



 今まさにこうして地球の中に居るのに、その地球を捜すなんて。一体全体どうすればいいのか。疑問が募る。



「……今、地球って眠っているんですよね。じゃあ、私が聞いているのは寝言ですか」



 希羅は一人ごちた。



 目の前に居る道具屋や修磨など。鬼は起きている。つまり地球は眠っていることになる。



(何で私なんだろう?)



 最初。自分は鬼かと思ったが、鬼でも地球の声は聞こえないと言う。聞こえるようになった鬼だと考えれば納得もできるが、道具屋は自分の正体を分からないと言う。此処まで話しておいて嘘をつく必要などないし。分からない。分からない。



「結局私って分からない存在なんですね」



 正体の分からない怪しさ満載の自分の命を弟に渡すのか。そう思うと、希羅は気が滅入ってしまった。



(ああ、でも。地球に会えたら答えが見つかるかも)



「私。兎に角、譲り葉さんのところに行ってきますね」



 このまま考えても埒があかなそうだ。兎にも角にも。この勝負に勝たなければ話にならない。一筋の光を見出してやる気の出た希羅は立ち上がって、道具屋に頭を下げた。



「話してくれてありがとうございました。多分、譲り葉さんは、話してくれなかったでしょうから」



 それとこの機を逃してもきっと。この刻だから教えてくれたのだろう。



(気紛れだからな。このひ…とじゃなくて、鬼)



 ふらりと姿を現しふらりと姿を消す。約束はほぼ守らない。気紛れ選手権があれば確実に優勝する。予想ではなく決定事項だ。希羅は強くそう思った。



「必ず戻って来るので、一緒にどうすればいいか考えましょう」

「弟は諦めろ」



 瞬間、希羅の表情は険しくなったが、道具屋は構わずに続けた。



「この一か月で地球を捜せると思うか?誰も彼も捜しているのにちいっとも見つからん。無理じゃの」


「それは一か月後に言ってください」


「一か月も共に居れば、情も深まる。居なくなれば失意の念も深まる。そうすれば、地球の声に耳を傾ける余裕すらなくなる。そうしたら、地球はひとりぼっちのままじゃ」



 希羅の耳には後半の件は入っていなかった。


 ただ、一か月後。地球を見つけられなかった場合、弟を殺すと言う道具屋の言葉しか、耳に入っていなかったのだ。



「…兎に角。私は行きます」



 背を向けた希羅の手首を、道具屋はがしりと掴んだ。



「行かせるわけには、いかんでの」



 その重厚な気迫に。希羅は口を結んだ後、掴まれていない腕を胸元に伸ばして、笹を取り出して、掴む手に力を籠めた。瞬間、道具屋は竹の籠に閉じ込められていた。



 が、道具屋を閉じ込めたのは目の粗い竹の籠。その隙間に希羅の腕が挟まっている状態で、竹の籠の中では、道具屋が希羅の腕を掴んだままであった。


 希羅は掴まれている腕を空いている手で掴み、足に力を入れて引っ張った。



「痛い思いをするだけじゃ。諦めろ」

「もう、二度と」



 希羅は顔を真っ赤にさせながら、引く力を緩めなかった。



「もう二度と。離さないって。決めたんです」



 この地から。絶対に。一度は絶対に、繋ぎ止める。



「死んでもいい。でも、生きてから決めて欲しいんです。だから」

「一か月。あいつはこの世で生きる。それじゃあ、不満か?」



 静かな口調に、希羅は顔を歪めた。



「たかが一か月で、生か死かを選べると思いますか?」

「姉上。俺は要らない」



 ふと、希羅が視線を声がする方へ向ければ、やはりそこには、男児の姿があった。希羅はともすれば抜けそうになる力を留め、引くことを持続させた。男児は一歩一歩ゆっくりと希羅に近づき、掴まれている腕に添える程度に優しく掴んだ。



「姉上。俺、姉上の命は要らない。生き返りたいと思わないんだ。こんな、自分を棄てた世界なんかに」



 希羅は咄嗟に口を開くも、何も言葉が出て来なかった。



 自分の命だから要らないと。そう言われた方がまだ弁解できたはずなのにと、瞬くほどの僅かな時間、顔を歪ませた。



「それでも。姉上が俺を生きらえらせようって思ってるって、神様に教えてもらったから。神様に頼んだんだ。一日だけでも姉上に会わせてほしいって。生き返らせなくていいんだって、伝える為に。でも神様。太っ腹で、一か月やるって。だから、本当は儀式の日に伝えようとしたんだ。それまでは、姉上と楽しもうって思ってて。ごめん」


「…そう。そっか」



 希羅は明るい声音を出し、おどけるような笑みを浮かべた。



「お姉ちゃん。早とちりしちゃったね。ごめん、ごめん。あ。でも。一か月なら、居てもいいって思えた?」



 男児は小さく頷いた。



「一か月なら、姉上と一緒に暮らしていいって、思えた」



 希羅は胸を撫で下ろした。



「そっか。うん。なら一か月、楽しもう。ね?」



 男児は白い歯を見せた。



「うん」

「うん。じゃあ、遊んでおいで。子天狗さん。よろしくお願いします」



 二人が去った後、希羅は再度、足を踏ん張らせて後、道具屋を見つめた。道具屋は希羅を見つめて、嘆息をついた。



「ああ言われても諦める気零じゃの」

「…一か月生きてみて気が変わるかもしれない。ならやっぱり。私のやることは変わりません。今は。そのことだけ考えます」



 道具屋は自分が掴んでいる所為で充血している希羅の腕を見た。



 ひとえに、根負けである。



(一か月の間で、心変わりするのはあの子だけとは限らんしの)



 道具屋は手を離した。希羅は隙間から腕を引き抜いて、駆け走った。



 二日目は残り、およそ、十一時間。それに八時間を加えると、十九時間。



(大丈夫。休息をそんなに取らなければ、修磨さんたちが追いかける前に辿り着ける)













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