二
「さてと」
午前五時に目が覚めた修磨はさっと床に足を付けて起き上がった。
希羅に竹の籠に閉じ込められてから一日掛けて竹の籠を破り、二日目はひたすら寝まくって、三日目の今日。自分たちが動く日であった。
「よう」
客間の戸を開けば、朝食の準備をしているゆずの姿と、丸い卓袱台を前に瓦版を読んでいる洸縁の姿があった。
「修磨さん。おはようございますの簡単な挨拶もできないのですか?」
「うるさい」
「朝から不機嫌な顔を見せんでくれんかな」
「そーゆーおまえも言えた顔じゃないけどな」
修磨は乱暴に洸縁の隣りに腰を落ち着かせた。
「洸縁。手加減するなよ。あいつらも居るんやからな」
「分かっとるわ」
まるで、耳を塞ぎたくなるほど大きく、それでいて鋭い音を出して、存在を強調する針時計の針。
何時もなら全く気にしない時計の針が進む音が、今日に限って、二人の耳についた。
それから朝食を食べ終え、各々自由に過ごした修磨と洸縁は今、希羅の家の前に立って身体をほぐしており、ゆずは彼らの傍らで静かに佇んでいた。
約束の八時まで、残り五分だった。
「空っぽだな」
修磨は背筋を伸ばした後、家を見てそう感想を述べた。
「全部希羅ちゃんについて行ったからな」
「…命が二個在ればいいのにな」
ぽつりと呟いた修磨。洸縁は彼の後頭部を叩いた。修磨はじろりと睨むも、覇気はさほどない。
「…何すんだよ?」
「気合いを入れたんや。有難く思い」
「そりゃ……どうも」
(素直に受け取るなや。気持ち悪い)
洸縁はらしくない修磨に心の中で毒気付いた言葉をありったけ浴びせ続けた。
それから三分後。約束の時刻は訪れた。
ゆずの開始の合図を受けた二人は、地面を蹴り上げ、宙に身を乗り出し、大切な者の元へと向かったのだ。
「どうや?希羅ちゃんたちの匂い、嗅ぎ取れたか?」
「だーかーらー。何度も言ってんだろ?希羅はおろか、遊山も柊もがきも。ついでにあいつの匂いも嗅ぎ取りにくいんだよ。無臭っつーか。周りと同化するっつーか」
声も然り。半径三十丈以内であれば、克明に把握できるのだが。術を使っているというよりも、そもそもそういう体質なのだろう。
修磨は再度、意識を鼻と耳に集中させた。
奈良県の中心都市。奈良市。京都市から人でおよそ一日掛けて辿り着くそこに、修磨と洸縁は二時間程度で足を踏み入れていた。
「君のその無駄に長けた超人的身体も駆け走ることにしか有効に使えんようやね」
淀みなく告げ終えた洸縁はケッと息を吐き出した。
修磨は額に青筋を立てた。
「てめーだって獣の分際で匂いも嗅ぎ取れないのか?」
「強烈な異臭を放たれたおかげで、とうの昔に鼻がいかれたんや」
「あ~。だから飯が不味いんだな。納得だ」
「阿呆やね。君。味覚が無事な限り美味しいものは作れるやろうが」
睨み合いを続けていた二人は同時にそっぽを向いた。が、即座にこんなことをやっている場合ではないと再度向かい合った。
「遊山とあの子はともかく、希羅ちゃんと柊が居るから、通りにくい獣道を使うとは思えん。道路を通ってくるはず。と思ったんやけど」
あれから丸二日と十時間。夜通し歩いていたなら、もしくはもう。
「兎に角。走るぞ」
「分かっとるわ」
瞬間、気を入れ替えた二人はその場から消え去っていた。




