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枯れ木が花を咲かせます  作者: 藤泉都理
六巻 向暑の曙光
80/135




(……何でこんなことになってるんだっけ?)



「うわー。すげーすげー」



 弟のはしゃぐ姿を見るのに、厭いは断じてない。が。



「おじさんはいっつもこんな景色見てるんだね」

「うふふ。おじさんじゃなくて、お姉さんでしょ」



 男児を肩車している遊山に。



「希羅殿。鬼ごっこだろう。急がなくていいのだろうか?」



 心なしか、胸を躍らせているような柊に。



 希羅は何故こんなことになっているんだろうと、今一度、自分に問いかけてみた。




















 昨晩。遅い時分であるにも拘らず、嫌な顔一つせずに希羅と男児を家の中に通した草馬は、男児を和花と遊里に預けて、海燕と共に希羅と向かい合っていた。



 膝を正していた希羅は、床に両の手を付けて頭を下げて何事かを発そうとしたのだが、その前に草馬が口を開いたので、口を閉じた。



「『一人前の竹職人になる』。そう言ったのは、本心だったか?」




 過ぎ去りし三月。希羅が草馬に弟子にしてくださいと頼みに行った際に、そう告げた。


 希羅は頭を下げたまま、はいと答えた。


 草馬は腕を組んだまま、頭を下げる希羅を目を細めて見つめた。






 町では、希羅が『蛍火の儀式』に選ばれたとの噂が飛び交っていた。

 それほど話題になるのは、彼女が梓音と柳の子だったから。



『弟の為に命を差し出すなんて。さすが彼女たちの子よね』



 儀式に選ばれるのは、望んでいる者のみ。



 だからこそ。町のほぼ全員が前者のように彼女の行為を褒めちぎり、最後の括りには必ず彼女の親への敬意を述べた。



 もし、と思ってしまう。


 もし、儀式が失敗するようなことがあれば、彼女はどのように思われるのだろうかと。


 英雄の子から一変して、責め立てられる存在になるのではないか。






 命欲しさに弟を見殺しにしたと――。






 注目されているからこそ、美談にされているからこそ、町の者の期待が失望に変わるのは容易なことだった。






(どうでもいいか。そんなことは)



 らしくない。

 草馬は苦笑交じりの吐息を二人に知られないように吐き出した。



 彼女の気持ちは痛いほどによく分かっていた。それは妻である和花も同様である。



 もし亡くした子を生き返らせてくれるのなら、喜んでこの身を捧げた。



 だからこそ。分かってしまうからこそ、止めろとは口が裂けても言えなかった。




「ならいい。道具の手入れは怠るな」

「はい」



 顔を上げて欲しいと思った。これで、最期になるのかもしれないのだから。



「…夏だからって、はしゃぎすぎるんじゃないぞ」



 漸く顔を上げた希羅は、微笑を浮かべて、はいと答えた。












「希羅」



 草馬が出て行き、二人きりになった部屋の中で、海燕はその次の言葉を口にすることができずにいた。




 あの時のように、死ぬなと、言っても。





 また、止められない。






「希羅。俺は、おまえに死んで欲しくない」



 それでも。伝えずにはいられない。



「…海燕。さ。結局誰が好きなの?」

「…は?」



 思いもしない問い掛けに、目を丸くした海燕は希羅を凝視した。



「櫁じゃないんでしょ?でも、絶対誰か居るよね。もう気になってさ。で、誰?」



 先程草馬と接していた時とは一変した軽々しい態度に、海燕はふと、最期なんだと実感してしまった。



 だからこそか。違うと願いたいのか。あの時のように、涙だけは流したくはなかった。



「誰が教えるかっての」



 普段と変わらない態度を取る。別離を感じたくはなかった。感じさせたくなかった。



「いいじゃん。けち」

「けちで結構だ。つーか。希羅こそどうなんだよ?」

「私?」



 僅かに動揺の色を見せた希羅に、海燕はだが気付かない振りをして話を続けた。



「隼哉さん。傍目から見ても希羅に想いを寄せてんの分かる。で?希羅は?」

「私、は」






『僕は、希羅ちゃんが、好きだ』






 重苦しい雲が立ち込める空だったので。


 雷光にも似た瞳が一際目立った。






「隼哉さんとは料理友達で。多分。そういう想いになることはないと思う」

「ふ~ん。多分なら、なるかもしれないんだよな」

「…海燕。今日はしつこいね」

「男だって色恋沙汰に興味があるんだよ。友達なら尚更な」



 海燕はにししと歯を見せて笑ったが、希羅からの次の質問に真顔になった。




「人を好きになるってどんな気持ちって。何だよ。急に」

「いいじゃない。好きなんでしょ?恋話」



 海燕は首に手を当てた。



「どんなって。その人の笑顔が見られたら最高に幸せで、自分が笑顔にさせられたら、超幸せ。だってことじゃないのか?」

「にやけてますよ」



 希羅はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。

 海燕は頬を朱で染めて、そっぽを向いた。



「うるさい」

「よかったね。好きな人に会えて」

「…別に。幸せなことばっかじゃねぇし」

「…そう」

「そうだよ」



 希羅は口元を綻ばせた。



「世の中。大変なことばかりだ」

「そう言うこと」



 二人は顔を見合わせて笑い合った。



「そーだ。忘れてた」

「何を?」



 おもむろに立ち上がった海燕が希羅の問いには答えずに、隣の部屋に続く襖を開くと。



「おはよう」

「おはよう、ございます」



 気まずそうな笑みを浮かべて腕を上げる隼哉が居たのだ。












((気まずい))



 用事があるからと海燕がそそくさと出て行ったので、今度は希羅と隼哉が二人きりになるという状態になってしまった。



 お互いにその場から動かなかったので、距離は大分開いていた。




『隼哉さんのお気持ちは嬉しかったです。でも。私には、弟以上に大切な人は居ません』




 俯いていた希羅は全身に熱が帯びたように感じた。



(あんなこと言ったばかりなのに。儀式のことを抜きにしても、もう会えないでしょ。普通)



 一方の隼哉も。



(告白して振られたばかりなのに。よしんば会ったとしても、希羅ちゃんが好きな人と一緒に歩いている時でしょ。そして、僕は笑顔でおめでとうって言うんだ。うん)



 力強く頷いた次の瞬間、何を考えているんだと自嘲した。




『何を何時までめそめそと泣いているんですか?』




 笑顔でそう言うゆずに追い立てられるように此処に来てしまったが。



(…希羅ちゃん。迷惑だよね)




「あの。僕、用事があるから帰るね」



 隼哉は即座に立ち上がってその場を後にしようとしたが、背を向けた時点で足が止まってしまった。



「希羅ちゃん。僕は……」



 隼哉は固く目を瞑った後、勢いよく振り返って、希羅を直視した。



「僕はやっぱり希羅ちゃんが好きだから!」



 顔を真っ赤にさせてそう宣言するや、隼哉はその場から脱兎の如く逃げ出した。






















(……それから、遊里さんと和花さん。勉にも挨拶して、店の外に出たらこの二人と会ったんだよね)



『自分の力を認めさせられるのは、個人技だけじゃない。仲間と連携を取ってその個人技をどう生かすかも含まれている』



 珍しく真顔で告げた遊山だったが、次の瞬間、にっこりと笑みを浮かべた。ついて行けば面白くなりそうだとの期待が、ありありとその笑顔に書かれていた。



『と言うことで。私たちも行くからね。ゆずさんには許可貰ってるし』



 そう言われて渡されたのは、確かに。ゆずの手跡で遊山と告げたのと同じ内容が書かれた文であった。


 訝しむ自分をよそに、背の高い遊山の肩に乗ってみたいと男児がせがみ、遊山がそれを叶えてくれて、今に至る。



(何を考えているんだろう。遊山さんと柊さん)



 行動の意図が全く読めない。わけではなかった。



(櫁に頼まれた。儀式を辞退するように説得するように。なら。この勝負に勝てないようにする、とか)



 遊山の逞しい背中を注視していた希羅は、突然呼びかけられて、少し慌ててしまった。遊山は希羅の心を見透かしたかのように、懸念の余地もないほど溌剌に告げた。



「大丈夫よ。私と坊ちゃんと希羅ちゃんが力を合せれば、絶対に勝てるから」

「俺も居る!」



 男児は元気よく手を上げた。遊山はふふっと笑みを溢した。



「そうね。頼りにしているわ」

「うん!」

「と言うわけだから。希羅殿。頑張ろう」



 隣に居た柊に手を差し出された希羅は、戸惑いながらもその手を掴んだ。



「此処から譲り葉の邸がある泰炬たいこ山までは、一直線に行けば、大体四日程度ね」



 泰炬山は奈良県最南端、和歌山県との境にある妖怪たちが棲む山であった。



 そう告げた遊山は地図を胸元に戻した。



「本当ならのんびり行きたいけれど。勝負だし。本気で駆け走るわよ。そうじゃなくちゃ、あの二人には勝てないわ」

「はい」「はい!」「ああ」



 気合いの入った返事をした三人にそれぞれ目配せした後、遊山は行くわよと地面を蹴った。











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